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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Wed
2009.07.29[08:57]
「マンションで一人暮らしなんて、羨ましいよな」
 ソファでくつろぎながら隆生が室内に視線を巡らせる。
「悠々自適。酒もタバコも自由。おまけに女を連れ込むのも好き放題」
「おまえと一緒にするな」
 零治はウーロン茶の入ったグラスを乱暴に差し出し、冷たく言い放った。不健全な生活を楽しむために一人暮らしをしているわけではない。
「親が不動産屋の社長だと何かと便利だよな」
 隆生は零治の言葉をあっさり無視して、心底羨ましそうに呟く。
「嫌味を言いに来ただけなら帰れよ」
 零治は溜息を落とし、隆生の対面にあるソファに身を落ち着けた。
 零治は、都内M市にあるマンションで一人暮らしをしている。
 マンションそのものが曽父江家の所有物なのだ。
 中学までは家族と共に最上階にある部屋に住んでいたが、高校進学を機に三階の一室へと追いやられた。
 零治には兄が三人、弟が一人いる。
 男ばかりの五人兄弟では最上階の5LDKは狭苦しい。
 そこで両親は、息子たちが高校生になったらそれぞれにマンションの一室を与える、という大胆な決断をしたらしいのだ。気前のいい両親のおかげで、零治は去年の春から2LDKの部屋で一人暮らしを営んでいる。もっとも、他の家族も同じマンション内にいるので純粋な一人暮らしとは言えないのだが……。
 それでも、ここが零治の城であることは間違いない。
 ただで贅沢するわけにもいかないので、毎月のアルバイト代から三万円を両親に支払っている。高校生の身には大金だが、一人暮らしをする上での必要経費として割り切っていた。
「俺のところより和泉家の方が裕福だろ。宝石商なんだから」
 零治はウーロン茶を一口啜ってから、改めて隆生に視線を向ける。
「成り上がりだけどな。聖華じゃ中の下くらいだろ」
 隆生が自嘲気味に口の端を吊り上げる。
 零治と隆生は、市内にある私立聖華学園に通っていた。
 資産家や旧財閥・旧華族などの子息令嬢が生徒として名を連ねている、伝統ある名門校だ。
 自宅から学園が近いということもあり、零治は幼稚部から聖華学園に在籍している。
 高等部に上がった時、同じクラスになったのが和泉隆生だ。
 彼は、入試を受けて高等部に編入してきた外部組だった。エスカレータ組が多いクラスだったが、隆生は持ち前の陽気さであっという間にクラスの男子に馴染んだ。端整な顔立ちと気さくさが幸いし、女子ともすんなり打ち解けた。
 そして一学期が終わる頃には、零治にとって彼は気の合う友人の一人になっていた。
 二年に進級してクラスは別々になったが、隆生は時折こうして勝手にマンションに転がり込んでくる。
「夏休みなんだから、鬱陶しい学校の話なんてやめようぜ。オレ、もっと明るくて華やかで色気のある話がいいな」
 ふと、隆生が気を取り直すように弾んだ声で告げる。
「女の話題なら即却下」
 すかさず零治は一蹴した。
 陽気な友人のことは嫌いではないが、彼の女癖の悪さにだけは辟易してしまう。顔の造作が整っているのでモテるのは当然なのだろうが、見る度に違う女性を連れて歩いているのは勘弁してほしかった。
 一年の頃から『隆生にフラれた』『隆生が浮気をしてる』などという女子たちの愚痴や泣き言を、『隆生の友達だから』という些細な理由で散々聞かされてきたのだ。
 正直、これ以上は隆生の目まぐるしい女遍歴など聞きたくもないし、知りたくもなかった。
「女の話は禁止ね。了解。――じゃ、本題に入ろうかな」
「本題? 何か真面目な話でもあるのかよ」
 零治は思わず目をしばたたいていた。
 隆生が遊びに来るのは暇を持て余している時だけだ。しかし『本題』と言うからには、今日は単なる暇潰しに来たわけではないのだろう。彼が明確な目的を持って自分を訪ねてきたことが意外だった。
「そっ、本題だよ、本題」
 零治がまじまじと隆生を見つめると、彼は幾分自棄になりながら頷いた。カラーコンタクトのせいでブルーに見える双眸が、珍しく真摯な光を宿している。何やら切羽詰まった事情があるらしい。
「おまえに頼みがあるんだ」
 隆生の真剣な眼差し。
 零治は友人の深刻さに応じようと居住まいを正した。
「……オレと一緒に来てほしいんだ」
 一拍の沈黙を措き、隆生が口を開く。
「は?」
 告げられた言葉の意味を掴み損ねて、零治は軽く眉根を寄せた。
「だから、ウチの別荘に来てほしいんだ」
「何だ、それ? 単なる遊びの誘いかよ」
 零治は拍子抜けして溜息をついた。
 真面目な顔をして何を言うかと思えば、別荘へのお誘いだ。姿勢を正した労力を返して欲しくなる。
「そ、そうなんだけどさ。避暑を兼ねて、奥多摩にあるウチの別荘に行かないかな、と。ホラ、零治が一緒だとオレも退屈しないし」
 隆生は笑顔でそう告げるが、どうにも言葉の歯切れが悪い。
「奥多摩――ね」
 零治は隆生の態度に不審なものを感じながら、思案するように目を細めた。
 奥多摩。東京都西端部に位置する自然溢れる大地。
 埼玉と山梨――二つの県と隣接する地点でもある。幾つもの急峻な山々が聳え、多摩川上流には小河内ダムで堰き止めた人造の奥多摩湖が広がっている。登山やハイキング目的で訪れる人が多い景勝地だ。
 八月上旬――夏真っ盛りの今、奥多摩の緑は美しく萌えあがっていることだろう。
「行ってもいいよ。休み中、これといった予定もないしな」
 零治はさして熟考しもせずに頷いた。
 都会の喧噪から離れ、奥深い山中で夏を満喫するのも悪くない。一日中家に籠もり、大量レンタルしてきたDVDに見入っているよりは遙かに健全だろう。
「じゃ、決まりだな! 零治が来てくれるなら心強い。ついでに有馬も誘ってくれると、もっと嬉しいんだけどな」
「ちょっと待て。何で、そこでビジンが出てくるんだよ?」
 唐突に話が思いもよらぬ方向へ飛んだので、零治は驚いた。
 説明を求めて鋭い視線を隆生に浴びせる。
「どうしても――有馬が必要なんだ」
 零治の険しい視線に射竦められ、隆生は僅かに怯んだようだった。それでも、意を決したように言葉を繰り返す。
 零治は隆生に睨みを利かせたまま再び思考を巡らせた。
 有馬美人(ありま よしひと)――零治の幼少時代からの親友だ。
『美人』という仰々しい名前を親から与えられた幼なじみは、その名に負けることなく容姿端麗に育った。男にしておくのが惜しいほどの美貌の持ち主なのだ。
 その幼なじみを別荘へ誘う理由が皆目解らない。同じ聖華学園の生徒だというだけで、隆生と美人の間に接点は見当たらない。あるとすれば、零治自身の存在だけだ。
「なるほどね。俺を誘ったのは、ビジンを引っ張り出すための口実か。――で、どうして別荘に行くのにビジンが必要なんだ?」
「奥多摩の別荘ってさ……黎子がいなくなった場所なんだよ」
 隆生の口から悄然とした声が洩れる。
 それを聞いて、零治は暗澹たる気分に陥った。
「そういえば佐渡が行方不明になったのは、おまえの別荘だったよな」
 一年前の夏、クラスメイトだった佐渡黎子(さわたり れいこ)が姿を消した。
 夏休みの数日間、隆生を含む数人の同級生が和泉家の別荘へ遊びに行っていた。
 零治は都合がつかずに不参加だったが、十人近くのクラスメイトが参加したはずだ。その中の一人が佐渡黎子だった。
 一行が別荘へ到着して五日後、黎子は忽然と姿を消したのだ。
 直ちに警察による捜索が開始されたが、彼女が保護されることはなかった。何らかの事件に巻き込まれた畏れもある、と警察は躍起になって別荘周辺や山中を捜し続けた。
 しかし、黎子が遺体として発見されることもなかった……。
 佐渡黎子は、神隠しに遭ったかのように消失してしまったのだ。
 夏が終わり、秋が過ぎ、冬を越えて春が訪れても、黎子が姿を現すことはなかった。
 黎子が行方を眩ました問題の場所というのが、和泉家の別荘がある奥多摩なのだ。



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