FC2ブログ
管理画面
ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.08.02[22:59]
 その話は、クラリスも識っていた。
 前アルディス聖王の直系は、たった一人の姫しか存在していなかったのである。
 度重なる血族婚の歪みが出たのだ。
 聖王家の中から幾人もの愛妾が選ばれたが、誰一人として王の子を孕むことは叶わなかったのである。
 結局、正妃が産んだ姫宮が跡を継ぐことになった。
 当然のことながら、アルディス聖王の座を狙って姫に求婚する男が殺到した。
 その中で、幸運を掴んだのが聖王家の遠戚――レノビアだったのである。
「父様のことは、母様が見てくれだけで選んだみたいよ。確かに、容姿は悪くはないし、母様も子供を三人も残せたからそれでいいんだろうけど……。でも、父様は――あんな変態、やっぱりアルディス聖王家には相応しくなかったんだわ」
 セリエが美しい顔をしかめて吐き捨てる。
 クラリスは好奇に満ちた眼差しでセリエを見返した。
 ラザァが咎めるような視線をセリエへ送ったが、気の強い彼女は魔法剣士の抑制を全く意に介さなかった。
「母様が亡き後、父様が仮初めの国王となったけれど――アルディス聖王の玉座に即きながら、あいつはマイセを信仰していなかったのよ」
 怒りに頬を紅潮させ、セリエが激白する。
 その真実が表へ流出しようものなら、千年王国アダーシャといえども民衆の批判と反発ゆえに脆く崩れ去ってしまうだろう。
 それほどまでに、この国にとって創世神マイセは偉大で神聖な存在であり、かの神の血を受け継ぐアルディス聖王家は誇りなのだ。
 国の頂点に立つ聖王がマイセを信仰していないなど、決してあってはならない背徳なのである。
「そんなこと赦されるの?」
 クラリスは続きを促すように質問を繰り出した。
「赦されるわけないじゃない。父様は、古代に滅んだ魔王をこそを唯一神と崇める暗黒宗教――ドチール教の信者だったのよ! もう、最悪! 熱烈なドチール信望者でありながら、よくもアルディス聖王の座に就いていられたわよね! 図々しいことこの上ないわ。兄様は、アルディス聖王家の歴史から汚点を取り除いただけよ」
 語るセリエの表情は、先刻のラータと同様に父親に対する憐れみすらなかった。彼女を支配しているのは、怒りと憎しみのみ。創世神の血を受け継ぐアルディス聖王家の誇り高き自尊心が、彼女を燃え立たせているようだ。
「……レノビア国王が美少年愛好家だということは、知っていますね?」
 セリエの後をラザァが引き継ぐ。お堅い魔法剣士もセリエのあけすけな暴露話を聞いてしまっては、これ以上クラリスに隠し事をするのも無駄だと判断を下したのだろう。
「もちろん。さっき身を以て経験してきたからね……。で、それが、どうかしたの?」
 思わずレノビアに迫られた時のことを反芻してしまい、クラリスは渋面でラザァを見返した。
「ドチール教の秘儀には必ず少年の贄が捧げられます。それは、邪神ドチールが頽廃と色欲――殊に男色を好んだからだと伝えられています。無論、教義でも男色を推奨しています」
「いくら思想は自由だ――って言っても、何か嫌な宗教だね。それって、邪神を崇めることを建前として教祖になったヤツが、ただ好き放題ヤりたかっただけじゃないか――」
「原初はそんなところだったのでしょうね。しかし今、ドチール教は大陸全土で密やかに信仰され、この聖都アダーシャまでもを呑み込もうとしています。レノビア国王の愚行ゆえに……。国王は罪深き咎人なのです。我ら魔法剣士に云わせれば、彼は死に値して当然。あの男は、我らが王太子殿下ラータネイル様を――実の息子すらも己の毒牙にかけたのですから」
 ラザァが忌々しげに言い放つ。
 クラリスは無言で瞠目した。
 大陸最大最古の国であるアダーシャ王宮の実情を聞いて、唖然とせずにはいられなかった。
 あのラータが実父に躰を弄ばれていたなんて、とても信じがたい出来事だ。
 しかし、これでラータがレノビアの死に対して哀悼の念すら抱いていない訳が判明した。
 そして、レノビアがアルディス聖王家に黒き汚泥――ドチール教という赦されざる悪徳を引き入れてしまったということも……。
「うわぁ……聖王家なのに、ちっとも聖なる感じがしないんだけど……」
「そうでしょ! だから、最悪なのっ!」
 クラリスのボヤきに、セリエが鼻息も荒く同意する。腕を絡める彼女の力が強まった気がしたが、クラリスは彼女の存在を無視してラザァを見遣った。
「魔法剣士なのに――気づかなかったの?」
「……不甲斐ないことに。私もシンシリアも気づくまでには時間がかかりました。ここしばらく殿下は、王宮から逃げ出すように遊郭通いをされていました。それを訝しんだシンシリアが無理矢理問い質し、ようやく殿下は真実を打ち明けられたのです」
 薄い水色の双眸に僅か一瞬、仄暗い憎悪の炎が灯る。魔法剣士の瞳には、レノビアに対する呪いと、ラータを護ることの出来なかった自責の念が混在していた。
「真相を知った我ら魔法剣士は、極秘裏に国王と祭祀長の行動を監視するようになり――ついには、ドチール教がアダーシャを本拠地として影で信仰されていることが判明しました」
「マイセのお膝元で堂々と邪神信仰――って……。レノビア国王が熱狂的な信者だったから出来ることだよね。――ああ、シンシリアが魔法剣士の位を剥奪されたのって、兄上のことだけじゃくてソレも絡んでるんだ」
 クラリスは合点が行き、ひとり頷いた。
 国にとっては物凄く有益な魔法剣士という存在――その一人を失ってまでレノビアが護りたかったものは、己が欲望とそれを思う存分に満たすことの出来る邪教の勢力と教義だったのだ。
 アダーシャの民ではないクラリスでも忌々しさを覚える。いや、怒りを通り越して呆れてしまうほどだ……。
「この忌まわしきドチール教をアダーシャから滅しなければなりません。しかし、王太子殿下に残された時間は僅か……。せめて、《黄昏の宝玉》があれば――」
 ラザァの表情がフッと翳る。声音には口惜しさがありありと滲み出いてた。
《黄昏の宝玉》
 その言葉には、クラリスも聞き覚えがあった。
 遙かな昔、ドチール教の神である魔王を斃した五大英雄の一人――今では遊郭に隠れ住まう占い師の老婆が、確かにその言葉を口にしていた。
 マイセから賢者シュタルデンに授けられた秘宝。
 死人を甦らせるという貴石は、シュタルデンの血を受け継ぐ者に自然と吸い寄せられ特質を持っているらしい。
 セイリア王家の祖となったシュタルデン。
 老婆の言うとおり、シュタルデンの血を引くクラリスの周りには《黄昏の宝玉》というものの影が見え隠れしているようだ。
「ラータに残された時間が僅か――って、どういう意味?」
「王太子殿下は心の臓に欠陥がおありになります。亡くなられた女王もそうでしたが……。これも先ほど述べたように、度重なる血族婚が生んだ歪みなのでしょう。先の女王陛下同様、ラータネイル様もおそらく短命かと――」
 ラザァの言葉に重苦しさが加わる。
 クラリスの腕を掴んでいるセリエが、微かに身を震わせた。
 どうやら、ラザァの告白は真実であるらしい。
 マイセの貴き血を護るために繰り返された血族婚が、返ってその聖血を後世に遺しにくくさせてしまったらしい……。
「《黄昏の宝玉》には、死者を甦らせる効力があるだけではなく、所有者に対して延命の魔法を発動させると伝えられています。それさえあれば、殿下は若くして生を閉じなくて済むし、王位継承権を巡って諍いが起こることもありません。かの宝玉ならば、マイセの神力が宿っていますから、マイセの血を引く殿下に必ず力を貸してくれるはずなのです」
 ラザァが切々と語る。
 世継ぎの王子が重い病を患っているのが発覚すれば、重臣たちが黙ってはいないだろう。国内安泰という名目の下、ラータを謀殺してでも健康体であるセリエを王位に即ける可能性がある。
 もしかしたら、セリエはその辺りを危惧して、クラリスと一緒にアダーシャを出ることを決意したのかもしれない……。
「《黄昏の宝玉》か……。見つかるといいね。僕はラータのことが嫌いじゃないから、彼には生きて欲ほしい。ラータが王位を継げば、兄上のことも何とかなるかもしれないしね――」
 クラリスは神妙な面持ちで告げた。
 ドチール教を殲滅しようとしているラータがアルディス聖王になれば、マイセ大神殿が発された生け贄云々の突拍子もない神託はきっと撤回されるだろう。
 ――兄上、どうかご無事で……。
 クラリスはしばらく顔を合わせていない兄の美麗な姿を脳裏に思い描いた。
 が、それはすぐに、
「シンシリアだわっ!!」
 セリエの鋭い叫びによって掻き消された。



 にほんブログ村 小説ブログへ  
← NEXT
→ BACK
スポンサーサイト



 
テーマ * BLファンタジー ジャンル * 小説・文学
Category * 黄昏の宝玉
編集[管理者用] このページのトップへ

 

 
Copyright © 2020 言葉のさざなみ, all rights reserved.