ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 時の経過と共に薄れてしまった記憶を手繰り寄せ、零治は渋面を造った。
 隆生にとっても零治にとっても辛く哀しい出来事だ。
 黎子が自ら失踪したのか、不慮の事故に遭遇したのか、それすらも未だに判明していない。
 理由も原因も解明されることなく、零治たちは一人の友人を失ったのだ。
「その別荘にご招待ってことは、何か特別な訳があるんだろ?」
 零治が猜疑の眼差しを向けると、隆生は居心地が悪そうにソファの上で身体を揺らした。そうかと思うと急に煙草を取り出し、火を点けるるのだ。
 心を落ち着かせようというのか、彼は幾度か煙草を吹かし
てから零治に視線を戻した。
「言っても信じないだろうし、オレもホントは信じたくないんだけどさ――出るんだ」
「もっと要領よく話せ。何が出るんだよ?」
「出るって言ったら、アレに決まってるだろ。出るんだよ、幽霊が。奥多摩の別荘に」
 隆生が口にするのもおぞましいというように早口で告げる。
「……幽霊ね。そんな厄介なところに俺を誘うなんて、いい度胸だな。別荘へのお誘いは聞かなかったことにさせてもらう」
「オイ、零治! オレは誠心誠意、真剣に頼んでるんだぜ」
 隆生が焦燥混じりに言葉を繰り出す。
 心なしか彼の顔は青ざめていた。幽霊が出るというのは、冗談や笑い話の類ではないらしい。
「本当に出るのか?」
「奥多摩の別荘ってさ、夏と秋しか利用してないんだ。使ってない間は、不動産会社に空気の入れ換えや掃除を頼んでるんだよ。その不動産屋の管理人が、もう何度も目撃してるって言うんだよ」
「幽霊を?」
「そう、幽霊を。去年の秋くらいから出没し始めたみたいなんだ。白いワンピースを着た少女が別荘周辺を徘徊してるから、不審に思って声をかけたんだってさ。そしたら、空気に溶けるようにしてスーッて消えたらしい。それからも時々視るって言うんだよ」
 隆生が火の点いた煙草を指で弄びながら苦い表情で告白する。
「オレ、考えたんだけどさ――その幽霊、黎子じゃないかって思うんだ」
「佐渡は行方不明なだけだ。まだ死んだと決まったわけじゃない」
「けど、もう一年も発見されてないんだぞ。死んでいても……おかしくない。それに、ユキと翠も例の幽霊を視たらしいんだ。『黎子に似てた』って、電話で言ってた」
「電話って――まさか古市と真野は今、奥多摩なのか?」
 古市ユキ(こいち ゆき)というのは隆生の同じ歳の従妹で、真野翠(まの みどり)というのは彼女の親友だ。
 二人とも一年の時のクラスメイトであり、去年別荘へ赴いたメンバーでもある。
「あいつら黎子と仲が良かっただろ。ユキも翠も『黎子は生きてる』って信じてるんだ。今年も夏にあの別荘に行けば黎子に逢える――って、妙な希望を持ってるんだよ」
「希望を持つのは構わないけど、何をどう考えて別荘に行けば逢えるなんて結論に至ったのか、さっぱり理解できないな」
「オレが知るかよ。あいつら、警察も万能じゃないから捜査に見落としがあったのかもしれない、とまで言いやがった。黎子が生きている痕跡は何か必ず残されているはずだ、警察は当てにならないから自分たちで手がかりを捜すんだって……。それで夏休みに入ってすぐに奥多摩に行ったんだよ」
「止めなかったのか」
「とても止められるような雰囲気じゃなかったんだよ。翠はともかく、ユキは一度言い出したら実行しないと気が済まない質だからな。あいつが頑固なのは知ってるだろ」
「確かに……」
 零治は苦笑混じりに相槌を打った。
 古市ユキは明るく溌剌とした少女だが、少々我の強いところがある。その押しの強さに隆生は根負けしたのだろう。
「とにかく古市と真野は奥多摩の別荘にいて幽霊を目撃した、と。――それは、本当に佐渡だったのか?」
「さあね。遠目から見ただけだから黎子だという確証はない、って言ってた。何にせよ、別荘周辺に幽霊が出没するって話は事実らしい。あいつら、その幽霊が黎子かどうなのか真偽を確かめたいから、オレにも別荘に来いってさ」
「女二人じゃ心細いから男手が欲しいのか。それで隆生が駆り出されて、俺はおまけ、と」
「頼むよ、零治。オレ、幽霊なんて半信半疑だけどさ、やっぱり黎子のことは気になってるんだよ。黎子は――大事な仲間だったしな」
「何だよ、今の微妙な間は? おまえ……まさか佐渡とつき合ってたのか」
 零治が探るような眼差しを向けると、隆生は驚いたように動きを止めた。
「つき合っては……いない」
 短い沈黙の後、隆生が消え入りそうな声で呟く。
 零治は思い切り顔を引きつらせた。
 つき合ってはいなかったが、クラスメイト以上の関係ではあったらしい……。
「でも、放っておけないんだよ」
 隆生が黎子の失踪を気に懸けているのは事実なのだろう。
 自分が別荘に誘わなかったら黎子は行方不明になどならなかった――と、この一年間、悔やみ、己を責め続けてきたのかもしれない。黎子失踪の原因が、自分にあるような気がしてならないのだろう。
「別荘には行ってやってもいい」
 零治が改めて別荘行きを承諾すると、隆生はあからさまに顔に喜色を滲ませた。煙草を灰皿に捨て、嬉しさに輝く双眸を零治に向けてくる。
「やっぱ頼もしいよな、零治って!」
「行くのはいいけど、幽霊の正体を確かめて一体どうする気だよ?」
「その霊が黎子だったらさ、あいつは死んでるってことだろ? それなら供養してやりたいし、黎子じゃないなら気味が悪いからお祓いしたい。悪霊だったら困るだろ」
 隆生は冗談とも本気ともつかない飄々とした口調で告げる。
「幽霊――供養、お祓い。それでビジンか」
 零治は内心げんなりしながら独り言ちた。
 ようやく話が有馬美人へと繋がった。
 しかも零治にとっては非常に面白くない展開で。
「そうそう。有馬家って霊能一家なんだろ?」
「期待を裏切って悪いけど、ビジンは霊能者でも霊媒師でもない」
 隣の有馬家は、戦国時代から続く家柄であり、江戸時代から今の屋敷にずっと住んでいるという名旧家だ。
 連綿と続く家系という辺りに興味を引かれるのか、有馬家はしばしば生徒たちの噂に上る。
 有馬家の広大な敷地は、表門を有する正面部の幅が五百メートル強、奥行きがおよそ一.五キロメートル。それらを取り囲む築地塀は優に二メートルの高さがあり、敷地内は松や桜などの木々に遮られて容易に伺い知ることはできない。
 そんな巨大屋敷の外観が、人々に威圧感と好奇心を植えつけるのだろう。
 いつしか生徒たちの間では、有馬家は新興宗教の教祖、もしくは霊媒を生業としている、というとんでもない定説が出来上がってしまったのだ。
 誰が流したのかも定かではない噂が、真実として浸透しているのだから困ったものである。
 有馬家の嫡男である美人が、その噂を否定しないのもなお悪い。
 女生徒たちには『有馬くんのあの美貌は、裡に宿る神秘の力の顕れだ』とまで囁かれる始末だ。
「でもさ、有馬家が霊能を生業にしてるのは周知の事実だろ」
「事実じゃなくて噂だ、噂! 馬鹿げた噂なんて鵜呑みにするなよ。ビジンは霊能者じゃない。幼なじみの俺が保証する」
 零治は苦々しく言葉を吐いた。
 隆生も『有馬美人=霊能者』という噂を信じ切っている一人であるらしい。
「大体、ビジンの家は一部上場の貿易企業だって、みんな知ってるくせに。なんで霊能関係の噂が出てくるのか、俺には理解できないね」
「そりゃあ、有馬の綺麗な顔が人間のオカルト心をくすぐるんだろ」
「何だよ、それ」
「貿易会社はカモフラージュで、本業は霊媒かもしれないだろ。噂には、噂になるだけの根拠があるはずだ」
 妙に力説する隆生を零治は冷めた眼差しで見つめていた。
「馬鹿らしくて反論する気も失せた。ビジンは霊能者じゃないけど、それでも別荘に誘いたいなら自分で口説けよ」
 零治が投げ遣りに言うと、隆生はギョッとしたように目を丸めた。
「オレが有馬を? 冗談だろ。あの屋敷に一人で行けっていうのかよ? オレ、有馬と喋ったこともないんだぜ」
 直ぐ様、非難の言葉が浴びせられる。
 零治は大きく息を吐いた。
「……解った。隣にもつき合えばいいんだろ」
「やっぱり持つべきものは頼りになる友人だよな」
 予定通りに事が運んで満足したのか、隆生はにこやかな笑顔を浮かべる。
 そんな隆生に冷たい一瞥を与え、零治は不承不承に立ち上がった。
 ――できることなら、ビジンを厄介事に巻き込みたくないんだけどな。
 零治は胸中で幼なじみの身を案じながら、視線を窓外へと向けた。
 有馬家の広大な敷地は、都会の雑多な街並みとは一線を画しているように静謐な雰囲気を醸し出していた。


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2009.07.29 / Top↑
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