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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Thu
2009.07.30[08:56]
    *


 有馬美人の唇から溜息が零れた。
 彼の視線は手にした麦茶のグラスへ落とされている。
 離れの一室に案内された零治と隆生は、そこで美人に別荘に赴くことになった経緯を掻い摘んで説明した。その間、美人は静かに話に耳を傾けていた。
 一通り話が終わったところで、彼は思案するように視線を落とし、溜息を発したのである。
「佐渡黎子さん、か……。一年の時、零治と同じC組だった人だよね?」
 美人が零治に視線を投げてくる。
 零治は無言で首肯した。
 一年C組――零治、隆生、ユキ、翠、黎子が在籍していた問題のクラスだ。
 美人とは今は同じクラスだが、一年の時は別々のクラスだったのである。
「あの騒ぎは覚えてるよ。あれが、和泉君の別荘で起こった事件だとは知らなかったけれど……。幽霊が出るというのは確かなの?」
「オレは視てないけど目撃者が何人もいる。――で、有馬は一緒に来てくれるのか?」
 隆生が結論を急ぐように早口で告げる。
 ――断れ、ビジン。
 零治は胸中で強く願った。
 途端、美人の視線が零治を捕らえる。
「零治も行くんだよね?」
「行くけど。単なる避暑だよ、避暑」
 ――断れ!
 もう一度、心で念じる。
 心の声が美人に届くわけもないのだが、それに呼応するように彼の柳眉がひそめられた。
 麦茶のグラスをテーブルに置き、更に顔をしかめる。怜悧な光を宿す双眸は、己の左手に向けられていた。左手の中指には銀細工の指輪が填められている。
 美人はしばしそれを眺めた後、顔を上げて隆生を正面から見つめた。
「僕は、みんなが噂するような霊能者でも霊媒師でもないです。それでも構わないなら、喜んで遊びに行かせてもらいますけど」
「ホントか! いや、来てくれるだけで嬉しいよ」
 隆生が喜色満面に笑う。美人の参加決定に心底浮かれている様子だ。
「じゃ、出発は明日っと――」
 不意に、隆生のはしゃぐ声を甲高い電子音が遮った。
 携帯電話の着信音だ。
「悪い。オレだ」
 隆生が簡潔に断りを入れて、ジーンズのポケットから携帯電話を取り出す。
 彼が電話を耳に当てた瞬間、
『ちょっと隆生、何やってんのよっ!? 今、どこなの?』
 部屋中に響き渡るような怒鳴り声が受話口から洩れてきた。若い女の声だ。
 その烈しい口調に、零治と美人は思わず顔を見合わせてしまった。
「いきなり怒鳴るなよ、ユキ」
 隆生が零治と美人に向かって申し訳なさそうに苦笑する。
 電話の相手は、彼の従妹――古市ユキであるらしい。
『何だ、じゃないでしょう。こっちに来るって話は、どうなったのよ?』
「それなら今、零治と話がついたところだ」
『曽父江も来るの?』
「零治だけじゃなくて、有馬もね」
『ありま? ……有馬って、B組の有馬くん? あの霊能者のっ!? ――ちょっと、翠っ! 何だか解らないけど、有馬美人もこっちに来るって!』
 ユキの声が室内に響く。
 零治と美人はもう一度顔を見合わせた。
 奥多摩にいる女性陣も美人のことを霊能者だと頭から信じ込んでいるらしい。
「とにかく明日にはそっちに行くから、今日は無茶しないで早く寝ろよ。じゃあな」
 ユキのテンションの高さに辟易したのか、隆生は携帯電話を耳から遠ざけると従妹の返事を待たずに通話を切った。
 携帯電話をポケットにしまい、隆生が零治と美人を見回す。
「まっ、そういうわけなんで、出発は明日の朝だからよろしく」
 隆生の顔には、肩の荷が下りた、と言わんばかりに清々しい笑みが浮かんでいた。


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Category * 水幻灯
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