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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Thu
2009.07.30[08:59]
     *


「泊まっていけば?」
 テーブルのグラスをお盆に載せながら有馬美人が告げる。
 零治は麦茶を呑むのを中断させて、幼なじみに視線を向けた。
 既に隆生は有馬家を辞している。和室には零治と美人しか残っていなかった。
「今日は帰る。夕方からバイトなんだ。明日の準備もあるし、DVDも返却しないといけないしな」
「そう。それで――何を怒ってるの?」
 美人が片付けの手を止め、顔を上げる。
 零治が黙っていると、整った柳眉が苛立ちを表すようにひそめられた。テーブル越しに白い手が伸びてきて、零治の手からグラスを奪い取る。美人はそれを幾分乱暴にお盆の上へ置いた。
 美人の黒曜石の瞳は、鋭く零治を射抜いている。
「……決まってるだろ。どうして断らなかったんだよ?」
 溜息を一つ落とし、零治は逆に訊き返した。
「断る必要がなかったから。それに、零治と旅行なんて久しぶりだしね」
「旅行って言っても都内だけどな。おまけに厄介事付きだ」
「厄介だからだよ」
 ふと、美人の言葉が真摯な響きを宿す。
「解ってるなら、断ればよかったんだよ」
 怒りを孕んだ眼差しで美人を見返すと、彼は零治から視線を逸らし、左手の指輪を見つめた。
「零治が和泉君の別荘へ行くのなら、僕は同行すべきなんだ」
「何でだよ?」
「視えたんだ」
 右手で銀細工の指輪をさすりながら、美人がポツリと呟く。
「水の神様」
「――は?」
「和泉君の後ろに水の神様が視えた。視えたからには、放っておくわけにはいかないよね」
 零治の困惑を無視するように告げ、美人は意味深に微笑む。
「幽霊は専門外だけど、神様なら僕の管轄だからね」
「嫌な予感的中か」
 零治は大仰に息を吐き出した。
 有馬美人は霊能者や霊媒師ではない。
 その点に関しては、零治は隆生に嘘をついてはいない。
 だが、真実を告げてもいなかった。
 有馬美人は霊能者ではないが、それとは異なる不可思議な能力を裡に宿している。それこそが有馬家の秘事――零治だけが知る美人の秘密だ。
「頼むから無茶しないでくれよ」
 懸念たっぷりの眼差しで美人を見遣る。
「零治こそ、万が一大事に至っても、僕を助けようとか馬鹿なことは考えないでよね」
「大事に至るのかよ?」
 零治が眉間に皺を寄せて尋ねると、美人は肩を聳やかした。
「さあ。僕は零治に厄災が降りかからないように、ついて行くだけだよ。本当に幽霊が出没するとしても、僕には何もできない。幽霊は専門外だから、出たら『成仏して下さい』って祈るしかないね」
「幽霊が視えても、何とかする気はないってだけだろ」
「どうかな? 奥多摩の景勝を観たら、気が変わるかもしれないけれど」
 美人は首を捻り、見当違いとしか思えない台詞を吐く。
「とにかく、僕は零治が心配だから一緒に行くだけだよ」
「隆生たちはどうでもいいのかよ? おまえって時々冷たいよな」
「零治には充分優しいと思うけれど?」
 飄々とした口調で美人が告げる。
 零治は、もう幾度目になるか解らない溜息を落とした。
 美人は穏和な性格の持ち主だが、時としてひどく冷淡に見えることがある。
 この幼なじみは、他人に対する興味心が極端に薄いのだ。
 昔から他人に関心を抱くことは殆どなかった。
 敢えて他人と深い繋がりを持つことを避けているのだ、と零治は理解している。
 身に宿る不思議な力が発覚した時、忌避されることを畏れているのだ。
 だから、彼は他人と距離を措いて接する。努めて特別な感情を抱かないようにしている。
 幼い頃から自然と身についた彼なりの処世術なのだろう。
 それが時折、美人を酷薄かつ非情に見せるのだ。
 そう理解していても、幼なじみとしては辛い。これから先も、美人が誰とも深いつき合いを持たないというのは考えたくない。美人は零治以外にも友人を作るべきだし、恋愛だってするべきなのだ。
「別荘周辺を彷徨しているものが何であれ、零治に害を及ぼすようなら容赦はしないよ」
 美人の双眸が冷ややかな光を宿す。
 零治は思考を中断させ、彼を見返した。
「和泉家の別荘に出るなら、危ないのは隆生だろ」
「解ってるよ。零治の友達も危険な目には遭わせない。気になることがあるから、和泉君には注意を払うつもりだし――」
「気になることって?」
「だから、水の神様」
 美人が笑顔で即答する。
 続けて、形の良い唇が不可解な言葉を紡いだ。
「もしかしたら、佐渡黎子さんは本当に神隠しに遭ったのかもしれないね」


     「二章」へ続く



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