FC2ブログ
管理画面
ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Thu
2009.07.30[21:48]
二章



 爽やかな森の薫りが満ちている。
 額から流れる汗を片手で拭うと、曽父江零治は天を仰ぎ見た。
 空は快晴――緑溢れる木々の隙間から太陽の光が燦々と降り注いでいる。
 初めて訪れる奥多摩の山中は、夏の陽射しに照らされて美しく輝いていた。
「オイ、いつになったら別荘とやらに辿り着くんだよ?」
 零治は空から視線を引き剥がすと、前を歩く和泉隆生に訊ねた。
 隆生が足を止め、こちらを振り返る。
「もう少しだよ」
「もう少し、もう少し――って、さっきからソレばっかりだろ」
 思わず、げんなりとした言葉が口から零れる。
 朝九時にJR吉祥寺駅に集合し、中央線に乗って立川駅へ。そこで青梅線に乗り換えて、奥多摩駅で下車。更に奥多摩駅から東日原行きのバスに乗り、川乗谷というところでバスを降りた。一緒に下車した観光客や登山客は百尋の滝へと続く林道に消えていったが、隆生が零治たちを導いたのは林道から逸れた細く険しい山道だったのである。
 一行は、人気のない森の中を西へ向かってひたすら歩き続けていた。
 腕時計に視線を落とす――時刻は既に正午を回っていた。
 バスを降りてから一時間ほど山中を彷徨っていることになる。
 普段からあまり身体を動かさないせいか、零治の疲労はピークに達していた。
 歩いても歩いても別荘の影すらも見えてこない現状に苛立ちも募り始めている。
「ホントに別荘なんかあるのかよ?」
 肩で息をしながら疑惑の眼差しを隆生に投げる。
「道はコレしかないんだから、間違いなく辿り着けるさ」
 隆生が気軽な口調で応える。
「焦ることはないよ。散策だと思ってゆっくり進めばいいんだ」
 隣で、有馬美人が笑い混じりに告げる。
 零治は美人に視線を流し、深い溜息をついた。
 長時間の徒歩や真夏の猛暑にもかかわらず、友人の顔は涼しげだ。汗一つ流さずに平然としている。
 華奢な見かけからは想像もつかないが、美人は武道の達人なのだ。剣道、弓道、長刀、空手、合気道――その他諸々の武道を幼い頃から嗜んでいる。ゆえに、零治より遙かに体力も気力も勝っているのだ。
「一時間も歩いて息切れしないなんて、信じられない奴だな」
「零治の体力がなさすぎるんだよ。夜更かしのしすぎだね、きっと。不規則で不健全で不摂生な生活を送ってるんだから、体力が低下していて当たり前――奥多摩に来たことは生活習慣を改善するいい契機かもね。神氣漂う森の空気を味わえば、夜明けと同時に目覚められるようになるかもよ」
 淡々と告げて、美人は歩き出してしまう。
 仕方なく零治も後に続いた。
 文句や愚痴をたれている暇があったら足を動かした方が賢明だ。
 別荘は、決して向こうからはやって来てくれないのだから。



 にほんブログ村 小説ブログへ  
← NEXT
→ BACK

ブログパーツ
スポンサーサイト



 
Category * 水幻灯
編集[管理者用] このページのトップへ

 

 
Copyright © 2020 言葉のさざなみ, all rights reserved.