ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 一行は隆生の先導で黙々と歩き続けた。
 十分ほど経過したところで、ようやく隆生が足を止める。
 釣られて零治も立ち止まった。
 荒れた山道を眺めるのを中断し、顔を上げる。
 目の前から鬱蒼とした森が消えていた。代わりに巨大な白い洋館が聳えている。
「着ついたぞ!」
 隆生が高らかと喜びの声をあげる。
 零治は乱れた息を整えながら、まじまじと別荘を見つめた。
 大きく切り開かれた森の中に、二階建ての白い洋館がひっそりと佇んでいた。
 建物の中央から六角形の高い塔が突き出ている。天辺の高さは二十メートル近くありそうだった。一瞬、別荘が『聳えている』と感じたのは、この塔のインパクトが強かったせいだ。塔の一階部分には両開きの扉が設えられている。それが正面玄関――別荘への入口なのだろう。
「凄いね。西洋のお城みたいだ」
 美人が素直に感嘆の溜息を洩らす。
「こんな山奥によく建てたよな」
 零治が呆気にとられながら呟くと、隆生は照れたように笑った。
「曾祖父さんが明治時代に建てたって話だ。西洋かぶれだったらしいね。建築のことなんかちっとも解らないくせに、洋館に憧れてここを造ったんだとさ」
「建築様式なんて俺もサッパリ解らないけど――森の緑に白が映えてるから、景観としてはいいんじゃないのか。何はともあれ、無事に辿り着けてよかった」
 零治の心は、別荘の姿形よりも目的地に着いた喜びに弾んでいた。もう歩かずに済むのだと思うと気が軽くなる。
「まるで別世界に来たみたいだね」
 普段和風のものに囲まれて過ごしている美人は、洋風建築物が珍しいのかしきりに感動している。
「オレにしてみれば、有馬家の方が別世界だけどな」
 隆生が別荘に見とれている美人を物珍しそうに眺める。
 直後、鋼鉄の軋みが響いた。
「隆生!」
 明朗な声が森林に谺する。
 見ると、別荘の玄関から二人の少女が飛び出してくるところだった。
 ポニーテールを揺らし、片手を元気よく振りながら駆けてくる少女が古市ユキ。Tシャツにホットパンツという出で立ちが、彼女の活発さを表していた。
「待ってよ、ユキ」
 ユキより少し遅れて走っているのが、真野翠だ。地を蹴る度に、癖のない黒髪が優雅に靡く。踝まである純白のワンピースが、清楚で可憐な彼女によく似合っていた。
「おっ、お出迎えだ」
 隆生が少女たちに向かって手を振り返す。
「遅いじゃない。あたし、待ちくたびれちゃったわよ」
 古市ユキは、隆生の前で立ち止まるなり不服げに唇を尖らせた。
「そんな言い方ないわよ。隆生くんは、わたしたちを心配して来てくれたんだから。感謝しなきゃ駄目よ」
 真野翠が軽くユキを窘め、隆生に向かって柔和に微笑む。
「ったく、翠は隆生に甘いんだから。――曽父江もよく来てくれたわね。ココ、恐ろしく遠かったでしょ?」
 ユキの視線が零治を捉える。零治は肩を竦めてみせた。
「いい運動になったよ」
「隆生と曽父江は、もっと身体を動かした方がいいのよ。二人とも不健全極まりない生活をしてるんだから。――っと、えーっと、有馬くんも遠路ご苦労様でした。あたしは隆生の従妹でD組の古市ユキよ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
「零治くん、久しぶりね。有馬くんは――はじめまして。わたしはD組の真野翠です」
 ユキの隣で翠が丁寧に頭を下げる。
「はじめまして。突然お邪魔してしまって申し訳ありません。しばらくお世話になります」
 美人が笑顔を向けると、少女二人は面食らったように顔を見合わせ、破顔した。
「気にすることないわよ。あたしたちは男手が多い方が嬉しいもんね」
「え? ええ、そうね。わたしも有馬くんが――みんなが来てくれて嬉しいわ」
 ユキが翠の肩を軽く叩き、翠が慌てたように言葉を添える。
 翠はチラと美人に視線を投げ、微かに頬を赤らめた。それから急に、見てはならないものを見てしまったかのように顔を俯けるのだ。
 ――へえ、なるほどね。真野はビジンに気がある、と。
 翠の態度を見て、零治は一人頷いた。
 これは絶好の機会かもしれない。
 美人も高校二年生だ。そろそろ女性に免疫をつけておいた方がいいだろう。
 ――頑張れ、真野!
 零治は胸中で翠にエールを送り、美人に視線を転じた。
 美人は翠の微妙な変化に気づいた様子もなく、怪訝そうに零治を見返してくる。
 ――相変わらず恋愛事に関しては疎い奴。
 零治は小さく溜息をついた。肝心の相手がこれでは、翠は苦労するに違いない。
「そうそう、気にすんなよ。有馬はオレが招待したんだから、大きく構えてろよ。ここはオレの別荘なんだしな」
 隆生が得意満面に告げる。
 隆生を横目で見遣り、零治はまた溜息を落とした。
 ――ここにも、自分の色恋以外に関しては鈍い男がいる。
 隆生も翠の態度を不思議に思わなかったようだ。彼の関心は、自分に群がってくる女性にしかないのだから無理もないが……。
「何言ってるのよ。ここは伯父さんの別荘でしょ。その前はお祖父様の所有物。ここが隆生の別荘だっていうのなら、同じ孫であるあたしにも『ここはあたしの別荘』って主張する権利があるわ」
 ユキが顔を引きつらせながら隆生を睨む。
「それはムリだろ。ここを建てたのは和泉の曾祖父さんで、古市家じゃないの。だから、別荘の所有権は和泉家の嫡男であるオレにある、と」
「いいじゃない。曾お祖父様だって、あたしと血の繋がりはあるんだから」
「二人とも話が随分と飛躍してるんだけど……。それに、とても低次元なレベルの言い争いだと思うわ」
 隆生とユキのやり取りを見かねたのか、翠が口を挟む。可憐な顔に似合わず、言葉の中身はなかなかに厳しい。
「まったくだな。身内の争いほど醜いものはない。別荘の所有権が欲しいなら、二人で結婚でもすればいいだろ」
 零治は翠に賛同し、呆れ混じりに言葉を吐き出した。
「オレがユキと? 冗談じゃない。結婚したら、一生尻に敷かれるのは目に見えてるだろ!」
「あたしだって隆生なんか御免だわ! 隆生と結婚したら、一生女問題で泣かされるに決まってるじゃない!」
 直ぐ様、隆生とユキが盛大に喚く。
「零治くん、煽っちゃ駄目よ。従兄妹だけあって、あの二人は思考回路が似てるんだから。喧嘩が始まったら中々終わらないのよ」
 翠が零治を見上げ、苦笑いを零す。
「二人とも喧嘩なら後にしてね。――さっ、いつまでも外で立ち話してないで中に入りましょう。昼食まだなんでしょう?」
「そういえば、昼メシ食わずに歩きっぱなしだったな」
 翠に指摘され、隆生がハッとしたように自分の腹部を片手で擦する。
「そうだ、忘れてたわ! あたしたち、午前中に麓で食糧を調達して来たのよね。みんなのお昼ゴハンもしっかり作ってあるんだったわ。翠の言う通りね。中に入って昼食にしましょう!」
 ユキが早口で告げる。既に隆生との口論は意識の彼方へと吹き飛んでいるらしい。彼女は促すように一同をザッと見回すと、軽やかに身を翻した。
 零治たちは無言で彼女に従った。
 長い道のりを歩いたおかげで体力は消耗しているし、腹も減っている。
 涼しいところで休息もとりたい。
 昼食に異議を唱える者はいなかった。


 玄関へと続く短い階段を駆け昇り、ユキが見た目にも重そうな両開きの扉の前に立つ。
 片側の把手を両手で掴んだところで、ふと彼女は美人を振り返った。
「ところで、有馬くん――何か感じる?」
「何が……ですか?」
 美人が返答に窮し、困惑気味にユキを見つめる。
「決まってるじゃない。霊よ、霊。この別荘、何かに取り憑かれてる感じとか、悪霊の気配とかするの?」
 ユキの好奇心に輝く双眸が美人を見返す。
 美人はますます困ったように苦笑いを浮かべ、静かに言を紡いだ。
「ご期待に添えなくて申し訳ないのですが、僕は霊媒師でも霊能者でもありません」
「えっ、そうなの? ちょっと残念かも。あたし、有馬くんって『悪霊退散!』とか言いながら霊を退治したり、霊魂を肉体に乗り移らせたりとか――そういうことができるイメージだったんだけど?」
「凄いイメージですね。でも、僕は本当に僧侶でもイタコでもないんです。ちなみに超能力者でもありません」
「じゃあ、例の幽霊が出ても、有馬くんには何もできないってこと?」
「ええ。それが真実幽霊ならば」
 美人が意味ありげに微笑む。
「幽霊よ。あれは――黎子なの」
 幽霊の存在を否定されたと感じたのか、ユキは渋い表情を湛えた。思い詰めたような眼差しが美人に注がれる。
「わたしもアレは黎子だと思うわ。だから、ちゃんと弔ってあげましょう」
 翠がユキの腕を軽く掴む。
 途端、ユキは弾かれたように数度目をしばたたいた。
「そうよ、あれは黎子なの。だから、あたしたちが供養してあげなきゃならないのよ。親友には、やっぱりちゃんと成仏してもらいたいから――」
 ユキが気を取り直したように微笑む。
 だが、その笑顔はどこか硬かった。


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2009.07.30 / Top↑
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