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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Thu
2009.07.30[22:00]
 山は――山というだけで異界なのだという。
 再び訳の解らぬ蘊蓄を披露し始めた美人と肩を並べ、零治は森の奥へと向かった。
 美人の言葉は、右耳から入って左耳から抜けている。真剣に耳を傾けても半分も理解できないし、要らぬ頭痛を引き起こすだけだ。
 美人の方も零治が聞いていないのを承知で勝手に喋っている。
「昔の人は、山に超自然的な威力を認め、霊的存在と見なしたんだ。そこで生まれたのが、山岳信仰。それが後に仏教と融合して、修験道などが生まれて――」
「ハイハイ。おまえの頭には、俺には必要のない知識が山ほど詰まってるってことだな」
 零治は適当な相槌を打ち、視線を足下から前方へと移した。
 網目のように張られた枝葉の隙間に光るものを発見した。
 何かが煌めきながら揺れている――水面だ。
「おっ、着いたみたいだぞ」
 数メートル進むと森は唐突に途切れた。
 開かれた森の中に池が存在していた。
 陽光に照らされた水面がキラキラと輝いている。
 透明な水に反射する光は幻想的で美しかった。
「へえ、池というよりは小さな湖だな」
 零治から見て、池の横幅は二百メートル弱、奥行きは百メートルほどもあった。対岸には、休息のために造られたと思しき四阿が存在している。
「綺麗な水だね。東京にもこんな場所が残されているなんて嬉しいね」
 美人が素直に感嘆する。
「明澄で神秘的な水の輝き。和泉君の曾お祖父様が、この池に格別な想いを抱き、境木を立てたくなるのも解るような気がする。――っと、あれ……? 真野さんだ」
 池を眺めていた美人の視線が、不意に横に流れた。
 釣られて零治も首を巡らせる。
 池の畔に真野翠の姿を見つけた。
 翠は池の淵に屈み込み、水面を見つめていた。その手には花束が握られている。森で摘んできた草花なのだろう。
 徐に、翠は束の中から花を一輪引き抜くと、それを池へと投げ入れた。
 また一本掴んでは池へ投じる。
 彼女はその不可思議な行為を機械的に繰り返していた。
「何やってんだ、あいつ?」
 零治は小首を傾げ、翠の方へと歩を進めた。
 近づくにつれ、翠の表情が翳っていることに気づく。
 彼女は昏い眼差しで池を見据え、何かに取り憑かれたかのように花を池へ放ち続けていた……。



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Category * 水幻灯
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