ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「黎子が失踪したのは、隆生のせいよ!」
 別荘に戻った途端、甲高い罵声が響いた。
「黎子は隆生のことが好きだったのよ」
 和泉隆生を罵る声は、古市ユキのものだ。
 零治と美人は、六角形の玄関ホールから左右に伸びる廊下を右手側に向けて歩いていた。
 一階右翼部分にはリビングが存在している。そこに辿り着く直前で、怒声を耳にしたのだ。
 零治と美人は驚いて足を止め、顔を見合わせた。
「うるさいな。あいつが勝手にオレを好きになっただけだろ」
 隆生が酷薄に言い返す。
 零治は顔を引きつらせ、廊下の先へと視線を馳せた。
 リビングの扉が開け放たれている。声はそこから洩れていた。
 いつの間にか、リビングでは従兄妹同士の口論が始まっていたらしい。随分と間の悪いところに帰ってきてしまった。
「オレは黎子に恋愛感情なんて持ってなかった」
「それが酷いって言ってんのよ! 黎子の気持ちを知ってたくせに、隆生のやったことは何よっ!?」
 激昂するユキの声が廊下にまで響いてくる。
「一年前と同じこと言うなよ。オレは女なんか嫌いだ。オレに寄ってくる女は、みんなオレの外見が好きなだけだしな」
「自惚れないで! 確かに、あんたに寄ってくる女は、あんたの外見が好きなんだろうけど――けど、黎子は違うわ。黎子は……隆生のことがホントに好きだったのよ!」
「うぜぇよ。オレは黎子を好きだったわけじゃない。友人としてつき合う分には、いい女だったけどな」
「友情で女が抱けるなんて最低。低俗だわ。あたしと血が繋がってるなんて、最悪っ!」
 口論はどんどん白熱してゆく。
 雲行きが怪しくなってきたことに気まずさを感じたのか、美人が無言で零治の腕を引いた。
 美人は背後の廊下を指差している。長い廊下の左端には、二階へと続く階段があるのだ。
 いつまでも、ここに突っ立ているわけにもいかない。盗み聞きしているようでいたたまれないし、二階に与えられた部屋へ戻るのが最善策だろう。
 零治は無言で頷き、身を転じた。静かに廊下を引き返す。
「最悪で結構。大体、黎子の方から誘ってきたんだぞ。あいつが望んだんだ。オレばかり非難するのも、どうかと思うけどな」
 入ってきたばかりの玄関ホールを通過し、洋館の左翼へと侵入する。
 それでもまだ怒鳴り声は聞こえてきた。
「一度寝ただけで恋人面されたり、勝手に思い詰められるなんて冗談じゃない。黎子だって、オレが誰ともつき合う気がないのは承知してたはずだ。当然、オレが女に冷たいのも知ってたはずだ。黎子がいなくなったのは、オレのせいじゃない」
「隆生のせいよ。それ以外、理由なんてないじゃない」
「何でユキに、黎子とのことを怒られなきゃならないんだよ? オレと黎子の問題だろ」
「あたしが黎子の親友で隆生の従妹だからよ。あたし以外に隆生を叱り飛ばせる人間なんて、いやしないじゃない。少しは反省しなさいよ。――あんたが黎子を殺したのよ!」
 ユキの物騒な叫びが館内に谺する。
 零治は極力口論の内容に耳を傾けないようにしながら、廊下の端に出現した階段を昇り始めた。
 隆生とユキが我を忘れて罵り合っている言葉など聞きたくないし、その姿を想像したくもなかった。
「誰も好きにならず、誰ともつき合う気がないなら、誰とも寝ないで。じゃなきゃ、可哀相だわ。報われないわ――」
 ユキの声が徐々に遠ざかり、二階に到達したところで聞こえなくなる。
 まだ何か言っているようだが、その内容までは把握できない。
 零治は溜息を連発しながら、貸し与えられた部屋へと歩を進めた。
 零治と美人に用意されたのは、二階左翼部分にある広い一室だ。
 左隣には、中央六角形塔の二階部分――塔の最上階へと繋がる階段の入口がある。
 右隣がユキの部屋。その向かいが翠の部屋だった。
 隆生は一人、一階にある主寝室を使用している。
「和泉君と佐渡さんは交際してたの?」
 部屋の前まで来たところで、美人が不思議そうに訊ねてくる。
「いや。つき合ってはいなかったらしい」
 曖昧に応え、零治はドアノブに手をかけた。
「隆生の女癖の悪さは天下一品だ。なのに、妙に女にモテる。『和泉隆生は女の敵だ』って噂が流れてるはずなのに、なぜか女たちは懲りないんだな。隆生の周りにはいつも女が群がってる。――で、当の本人は、そんな女たちを『自分と寝たいだけ』だと見なし、遊んでは捨てるわけだ。実際、隆生と遊びたいだけの女が多いのが、また難題なんだよな」
 説明しながら、零治は心が沈んでゆくのを感じた。自然と声音に苦々しさが混ざる。隆生の悪癖も女子たちの心理も、零治には到底理解できない。
「だから、古市の言いたいことも解る。隆生が誰とも遊ばなきゃ、それで解決すると思うわけだ」
「和泉君は女性嫌いなの?」
「どうだろうな? 古市の話だと、中学時代、年上のお姉さま方に散々弄ばれて酷い目に遭ったらしい。色男に生まれつくのも楽じゃないよな」
「零治だってイイ男だと思うけど」
「ビジンや隆生を見てると大抵の男は自信を失くす――そんなもんだ」
「そうかな……?」
 零治が苦笑すると、美人は解せないように首を捻った。自分の容姿が恐ろしく整っているという事実を全く認識していないのだろう。
「そんなもんなんだよ。――度重なる女性経験がトラウマとなったのか、モテるという意識を増長させたのか知らないけど、中学を卒業する頃には、隆生はすっかり性根の曲がった遊び人に成り果てていたんだとさ」
 もう一度美人に苦笑を浴びせ、零治は話の軌道を修正した。
「隆生は、軽薄な考え持って接近してくる女には軽薄な対応しかしない。けど、クラスメイトや友人には驚くほど優しい。それを知っていて、佐渡が隆生を誘惑したってのも信じられないんだけどな」
 半ば愚痴るように告げ、零治はドアを引き開けた。
 アンティークな洋風家具で統一された室内の様子が、視界に飛び込んでくる。
 壁際に豪華なダブルベッドが二つ並んでいた。それを目指し、室内を突き進む。
「それを知っていても一線を越えたかったほど、佐渡さんは和泉君を好きだった、ってことでしょう?」
「まあ、そうなるよな」
 ベッドの一つに腰を下ろしながら、溜息混じりに呟く。
 何気なくベッド脇の窓に視線を流すと、奥多摩の美しい森と山々が見えた。
 残念ながら、先刻見てきた池はこの部屋から望むことはできない。零治たちの部屋は洋館の表部分に面しており、背後にある池とは全く反対方向に窓は設えられているのだ。
「隆生は一度寝た女には冷たいからな。解っていたとはいえ、佐渡も辛かっただろ」
 ベッドに仰向けに倒れながら、またボヤく。
「けど、隆生に冷たくされたからって、佐渡が自ら失踪するとは考えられないな。佐渡なら隆生が振り向くまで傍に張りつき、自分が納得するまでアタックし続けるだろ」
 零治は脳裏に佐渡黎子の姿を思い浮かべた。
 目鼻立ちのはっきりとした、派手な美貌が思い出される。
 気が強い女の子だった。烈しい気性が彫りの深い顔に滲み出ているような美少女だ。
「佐渡さんは神隠しに遭ったんだ」
 ベッドの端に腰掛け、美人が真顔で告げる。
「意味の解らないこと言うなよ」
 零治は美人を見上げながら大きな溜息をついた。
「ところで、佐渡黎子さんってどんな人?」
「は?」
「僕は佐渡さんの顔も知らないんだけど? 写真とか持ってないの?」
「持ってない。古市か真野なら持ってるんじゃないのか」
 零治は適当に相槌を打った。
 同じ学園に在籍していたくせに、美人は黎子のことを全く知らないらしい。他人に興味を抱かない美人だから当然といえば当然のことなのだが、顔も知らないとは些か呆れる。
「じゃあ、後で見せてもらおう」
 零治の呆れた眼差しを歯牙にもかけず、美人は無邪気に微笑む。それから彼は徐に立ち上がった。ベッドに背を向け、ドアの方へ歩き始める。
「どこに行くんだよ?」
 零治は億劫なのを堪えて上体を起こした。
「隣だよ」
「隣って――古市の部屋か?」
「違うよ。反対側。塔に昇ってみる」
「じゃ、俺も行く。夕食まで暇だしな」
 素早く決断を下し、零治はベッドから飛び降りた。



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2009.07.30 / Top↑
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