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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Thu
2009.07.30[22:23]
 洋館の中心部に向けて廊下を進むと、すぐに六角形塔の一部に突き当たった。
 一階とは明らかに造りが異なる。一階は六角形部分が玄関ホールになっており、そこを突き抜けられるのだが、二階は通り抜けられない。正六角形の塔に添い、廊下は奇妙に折れ曲がっていた。
 少しばかり細くなった通路を壁伝いに進む。
 館の裏側に回ったところで、塔への入口を発見した。
 六角形を形成する一辺――その壁の中央に鉄扉が填め込まれている。
 零治は躊躇わずに把手に手をかけた。
 入口は施錠されておらず、いとも容易く引き開けることができた。
 中を覗くと暗闇が広がっている。
「電気……電気――っと、コレか?」
 零治は扉付近の壁に手を這わせた。すぐに小さな凹凸を発見する。スイッチと思しき突起を上へ弾くと、塔内部に明かりが灯った。
 六角形の壁に一つずつ洋燈を模した電灯が設置されている。洋燈は等間隔に上まで続いていた。
 塔の中心部には、長い螺旋階段が配されている。
「おっ、なんか明治っぽいな」
 物凄く杜撰な感想を告げ、零治は螺旋階段へと歩を進めた。
「変な感想」
 美人が忍び笑いを洩らしながら後をついてくる。
 その笑いを敢えて無視し、零治は手摺に掴まりながら階段を昇り始めた。昔めいた洋風建築物を見ると、文明開化の時代しか頭に浮かんでこないのだから仕方がない。それ以外の賛辞も感嘆も全く思い浮かばなかった。
 螺旋階段をグルグルと回り、しばらくすると塔の最上階に出た。
 塔の天辺部分だけはちゃんと床があり、部屋の形をとっている。
「何もないな」
 洋燈型の電灯に照らされた室内には、家具一つ置かれていない。
 壁の一部に大きな両開きの窓が一つあるだけだ。
「でも、窓があるよ。――ああ、そうか。ここは展望台なんだ」
 何か閃くものがあったらしく、美人が声を弾ませながら窓に駆け寄る。
「ほら、ここからだと池がよく見える」
「ホントだ」
 美人の言う通り、ここは池を眺めるためだけに造られた塔のようだった。
 窓から下方に視線を流すと、見える景色の中央に池が存在していた。西日を受けて水面は赤く染まり、時折キラキラと光を反射させている。
「あれ? 真野の奴、まだ池にいるんだな」
 池の畔に建つ小さな四阿に、白い人影らしきものが見える。
 翠は白いワンピースを身に着けていた。だから、あれは翠なのだろう。
「おっ、やっぱ、零治たちか!」
 不意に、背後で陽気な声があがる。
 零治が驚いて振り返るのと、和泉隆生が笑いながら姿を現したのが同時だった。
「何だ、隆生かよ。驚かすなよ」
「そんなに驚くなんて意外と小心者なんだな」
 からかうように笑い、隆生が接近してくる。
「うるさいな。何しに来たんだよ?」
 館の持ち主に対して『何しに来たんだ』とは妙な質問だが、零治は揶揄された恨めしさを込めて言葉を吐き出した。
「入口のドアが開けっ放しになってたから、気になって見に来ただけ」
 隆生がヒョイと肩を聳やかす。
 指摘されて、零治は鉄扉を閉め忘れていたことを思い出した。しかし、ここで謝るのも何となく悔しい。憮然と押し黙っていると、美人が隆生の相手を引き受けてくれた。
「和泉君、あの池は昔から在ったの?」
「ああ、水神池(すいじんいけ)のこと? ここを建てる時には在ったって、祖父さんに聞いたけど」
「すいじんいけ?」
「そうそう。水の神の池だってさ。曾祖父さんが勝手に命名したらしい」
 あまり興味のなさそうな口振りで隆生が説明する。
 水の神。
 その一言に美人の双眸が煌めいたような気がしたが、どうせ零治には理解できぬことを考えているのだろう。
「あの池、水が澄んでいて綺麗だろ。だから、曾祖父さんは『あの池には水の神様が宿ってるんだ』って決めつけたみたいなんだ。ただ、それだけさ」
「あれだけ美しい水なら、自然の神が宿っていてもおかしくないよ」
「爺さまどもは信心深かったからな。オレにはちっとも理解できないけどね」
 隆生が口の端を歪める。
 その隣で零治は大きく頷いた。
 池を見て『綺麗だ』とは思うが、『神様が棲んでいる』とまでは流石に想像を発展させることはできない。
「水神池はさ、地下から染み出す湧き水が窪地に溜まってできたものなんだ。水は今でも湧き出しているらしいね。だから、夏でも底の方は物凄く冷たいって話だ」
「へえ、泳いだら気持ちが良さそうだな」
 零治が率直な感想を述べると、隆生は記憶を遡るように遠くに視線を馳せた。
「子供の頃はよく泳いで遊んだな。――あっ、でも、あそこって結構水深があるんだよ。祖父さんがさ、池の全容を調べるために潜ってみたら、五、六メートの深さがあったらしいぜ。おまけに幾つか横穴があるのも発見したとかなんとか……。昔、ユキと泳いでいるのを祖父さんに見つかって『横穴に填って出られなくなったらどうするんだ!』って、こっぴどく叱られた覚えがあるな。以来、あそこで泳ぐのは禁止。つまんないよな」
「あの池は意外と深いんですね……」
 美人が窓の外を眺めたまま小さく呟く。
「あっ、転んだ!」
 突如として、その双眸が見開かれた。
 零治が何事かと思って窓外に視線を向けると、池の傍で白い物体が蠢いていた――真野翠だ。
 長い黒髪が白いワンピースの上で乱れている。
「何やってんだ、翠のヤツ?」
 呆れたように呟き、隆生が素早く窓を押し開ける。
「オーイ、翠! 大丈夫か!?」
 隆生の呼びかけに反応して、白い人影が動いた。
 立ち上がり、キョロキョロと周囲を見回している。
「ここだよ、ここ!」
 隆生が片手を振ると、翠はようやく顔を上向けた。彼女はこちらへ向かって片手を大きく振ってみせると、やにわに駆け出した。
 白い影は、あっという間に森の中へと消えてしまう。別荘へ戻ってくるのだろう。
「翠はドジなところがあるからな。怪我してなきゃいいんだけど。しょうがない。迎えに行ってやるか」
 苦笑しながら隆生が窓から離れる。下まで翠の様子を見に行くつもりらしい。
「ビジン、行くぞ」
 零治は隆生が放置していった窓を片手で閉めると、美人を促した。
 だが、美人は微動だにしない。
 硬質な美しさを放つ横顔は、窓の外を――水神池をじっと見据えていた。
「今、引っ張られたのかな……?」
 殆ど聞き取れぬような低い囁きが、美人の唇から零れ落ちる。
「嫌だな」
 今日、何度目になるか解らぬ同じ呟き。
 零治は一瞬、背筋に悪寒が走るのを感じた。
 美人の言葉に奇妙な不安を覚えたのだ。
 胡乱な眼差しで幼なじみを見下ろす。
 夕陽に照らされた美人の顔は、険しくしかめられていた。


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