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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Thu
2009.07.30[22:30]
     *


 日が暮れてから屋外でバーベキューをし、ささやかな花火大会を催した。
 男性陣が移動日だったということもあり、花火大会終了後、自然と皆は自室へ引き上げる形となった。
 零治はベッドに転がり、漫然と天井を眺めていた。
 横になると、一日の疲労がゆっくりと全身に広がってゆく。日中、延々と山道を歩き続けたせいか、太股から脹ら脛にかけて筋肉痛を感じた。
「疲れてるのに、眠くならないのが辛いところだな」
 上体を起こしてサイドテーブルの時計に視線を流す。
 時刻は午後十一時を過ぎたばかりだ。
 夜型人間の零治にとっては、眠りに就くには早い時間である。
「この部屋、テレビがないのが欠点だな。今時テレビがないって、どういうことだよ? 何して時間を潰せばいいんだ?」
 零治は盛大な溜息を漏らした。こんなことならPSPかDS――せめてipodでも持参してくればよかった。山奥なので携帯電話も使えやしない……。
「あー、こんなに時間に余裕があるなら、モンハンで狩りまくれたのになぁ」
 ボヤいたところでドアの開閉する音が響く。
「お風呂空いたよ」
 美人の声が続いた。
 部屋にテレビはないが、なぜかバスルームは設置されているのである。
 バスルームへと続くドアは、部屋の出入口に近い位置にある。美人はそこから姿を現した。ブルーのパジャマを纏い、濡れた髪をバスタオルで拭いている。
「俺、まだいいや。寝る前にシャワー浴びる」
 零治の返答を聞き、美人が微かに眉根を寄せた。
「寝る前って、どうせ朝四時とか五時でしょ?」
「そうそう。おまえが起きる頃だよ」
「たまには暗いうちに寝たら? 別荘にお邪魔してる間は団体行動が基本。いつも通りにしてると、二、三時間しか寝られなくなるよ」
「眠くならないんだから、しょうがないだろ。おまえこそ、髪乾かして早く寝ろよ」
「夏だから、放っておけばすぐに乾くよ」
 苦笑混じりに告げ、美人が素早くベッドに潜り込む。
 彼はサイドテーブルの明かりを灯すと、床に置いてある鞄から何かを取り出し、うつ伏せになった。手には随分と分厚い文庫本を持っている。
 零治は顔を引きつらせ、横目で美人を眺めた。
 美人は真剣そのものの表情で文字を追っている。ページを捲るペースは速い。今夜中に読破しようと考えているのかもしれない。
「こんなところまで来て、読書するなよ」
「することがない人よりは、いいと思うけど? 暇ならコーヒーでも淹れてよ」
 文庫本から視線を離さずに美人が淡然と告げる。お願いというよりも命令に近い口調だった。
「ハイハイ。どうせ俺は、やることもない暇人ですよ」
 零治は渋々ベッドから滑り降り、部屋の隅に置かれたナイトテーブルへと歩み寄った。
 テーブルを挟むようにして二つのソファが置かれており、傍の壁に添って小さな食器棚と冷蔵庫が備えられている。飲み物に関しては、わざわざ階下のキッチンに降りなくても室内で調達することができるのだ。食器棚の上にはコーヒーメーカーまで置かれている。
 食器棚からフィルターとコーヒー豆を取り出し、コーヒーメーカーにセットする。冷蔵庫から出したミネラルウォーターを注ぎ、スイッチをオンにすると、零治はソファに腰を下ろした。
 幼なじみの気遣いが解るから、不平を言わずにコーヒーの完成を待つ。
 美人は、眠れない零治につき合ってくれているのだ。口に出さなくても、それくらいの意図は解る。
 出来上がったコーヒーを二つのカップに注ぎ、零治はベッドの方へ歩み寄った。
 美人側のサイドテーブルにカップを一つ置き、しばし逡巡してから自分のカップも置く。
 それからベッドの主に断りもなく、その隣に滑り込んだ。
「ちょっと零治、邪魔――」
 脇に押し遣られた美人が、迷惑そうに零治を横目で睨む。
「眠らないならさ、本なんて読まずに、もっと楽しいことしようぜ?」
 零治がからかうように告げ、唇をつり上げると、美人はあからさまに不愉快そうな表情を湛えた。
「嫌だ」
「だって、おまえ得意だろ? どうしようもなく硬くなったアレを手で揉みしだいて、蕩けさすの」
 零治はビジンの濡れた髪を指に絡め、その感触を楽しんだ。
「俺、ビジンの手で何度も天国を味わってるからな。他のヤツじゃ、あんなに気持ちよくならないんだよ。なっ、今夜も頼むよ、ビジン。ジーンズもキツイし、俺、もう限界――」
 零治は美人の耳に唇を寄せ、媚びるように甘く囁く。
 途端、美人の眉が険しく跳ね上がった。
「いくら僕が師匠直伝の気功術と指圧ができるからって、都合のいい時だけ甘えないでよ。運動不足による筋肉痛くらい、自分の手で揉みほぐしてよね」
 美人の冷ややかな眼差しが零治を射る。
「わざわざ僕が秘伝の技でコリを捉えて、解す必要はないと思うけど?」
 美人が髪を弄ぶ零治の手をピシャリと払い除ける
 決然とした拒否に、零治はガックリと項垂れた。
「オレ、ホントに肩から脹ら脛までガッチガチなんだけど……。動くのも辛いです、ビジン様」
「……しょうがないね。後で首と肩と肩胛間部を押圧するから、脚を自分でマッサージしながら待ってて」
 零治の縋るような眼差しに負けたのか、美人が溜息混じりに言葉を紡ぐ。
「えっ? 何で今すぐやってくれないんだよ?」
「ちょうど今、王子が目覚める感動のシーンなの。切りのいいところまで読み終えるから――」
 美人の視線は早くも零治から文庫本へと移っている。
「王子が目覚める? 幼なじみの俺を放置するほど面白いのか、ソレ?」
「うん。学園にある開かずの扉を何故だか開けられちゃった、うっかり主人公が異世界に迷い込むんだ。そこは魔王に支配された暗黒の世界で――世界を救うためには、魔王に封印された銀髪の王子を氷の柩から救出し、主人公と彼が恋に堕ちなきゃいけないんだって。でも、魔王は王子に恋慕していて――」
「は? 魔王が王子にレンボ? ――オイ、それのどこが面白いんだ? 訳解らんファンタジーだな」
 零治はうんざりしたように相槌を打った。
 何が楽しくて美人がそんなファンタジーに手を出したのか皆目わからない。
 彼の姉――智美と咲耶の双子のうち、きっと咲耶の影響だろう。
 アレは美大生を装った真性ヲタだ。
 有馬家に宿泊する際、油断して半裸で寝ようものなら必ずスケッチされている。しかも、咲耶創作の下半身まで描かれていることがあるから開いた口が塞がらない……。曽父江家の兄弟全員が畏怖する超美形腐女子――それが有馬咲耶なのである。
 美人は零治の呟きを無視して、すっかり架空の世界に入り込んでしまったらしい。
 視線が文庫本に釘付けになっている。
 零治はコーヒーを一口啜ると、後に訪れる至福の指圧タイムを脳裏に思い浮かべながら従順に脚のマッサージに取りかかった――


「零治――」
 ふと、隣から呟きが洩れる。
「何だ、コーヒーのおかわりか?」
 右の太ももを解しながら、零治はぞんざいに応じた。
「違う。今、声が聞こえた」
 硬い口調で美人が告げる。
「何も聞こえなかったけどな」
 零治は目をしばたたかせ、幼なじみをを見遣った。
 美人の態勢は先刻と変わらずうつ伏せのままだ。ただ、その手から文庫本が離れていた。意識が小説から他の対象へと移っているのだ。
「僕には聞こえた」
 美人が身を起こし、探るような眼差しを周囲に巡らせる。
「さっき、確かに誰かの声が――」
 不意に、美人の声が途絶えた。
 黒曜石のような双眸に鋭い光が灯る。
 刹那、
「きゃあぁぁぁぁぁっっっっっっ!!」
 耳をつんざくような悲鳴が谺した。



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