ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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三章



 空は快晴。
 開け放たれた巨大な窓から心地よい風が吹き込んでくる。
 別荘一階のリビングは、窓から射し込む眩い陽光に包まれていた。
 午前の陽射しはさほど強烈ではなく、適度に脳の活性化を促し、清々しさを胸に芽生えさせてくれる。
 天鵞絨のソファに深く腰かけ、零治はブラックのコーヒーを喉に流し込んだ。欠伸を押し殺すためだ。
 結局、眠りに就けたのは朝陽が昇った後の午前六時すぎ。起床は午前十時半。四時間ほどしか寝ていない。
 目覚めた時には既に隣のベッドに有馬美人の姿はなく、零治は眠い目を擦りながらリビングへと降りてきたのである。
 リビングでは、美人を含め翠とユキの三人がくつろいでいた。隆生だけは未だにぐっすりと眠りこけているらしい。
「そんなにがぶ呑みすると胃を悪くするわよ」
 一気にコーヒーを呑み干した零治を見咎め、正面ソファに座る翠が眉をひそめた。
 翠の様子は普段と変わらないように見える。心持ち常より顔色が悪いように感じられるが、仕種や言動に妙なところはない。
「コーヒーを呑むと胃が荒れるっていうのは嘘だ、ってテレビで言ってたぞ。コーヒーは消化活動を促進する有り難い飲み物だってさ」
「それは食後の話でしょ。まっ、どうでもいいけど、ブラック三杯も一気呑みするの止めてよね。見てるこっちの方が気持ち悪くなるから」
 零治の適当な蘊蓄をピシャリとはね除け、ユキが口元を引きつらせる。彼女は零治の手からコーヒーカップを引ったくると、そこに容赦なく牛乳を注ぎ込んだ。牛乳が並々と注がれたカップが、零治の手に戻される。
 零治は白い液体を一瞥してから、ユキを見上げた。彼女はソファの脇で仁王立ちしている。どうあっても、零治が牛乳を呑み干すのを見届ける気らしい。零治は溜息一つ落とし、半ば辟易としながら牛乳を口に含んだ。
 古市ユキもいつもと変わらぬように見える。少なくとも表面的には。
 翠もユキも昨夜の出来事など何事もなかったかのように振る舞っている。もしかしたら、それを口にするのを敢えて避けているのかもしれない。
「隆生が起きたら朝食にしましょう。――って、もう十一時だから昼食兼朝食だけどね」
 己の発言に肩を聳やかし、ユキが身を翻す。彼女の姿はリビングの外へと消えた。隆生を起こしに行ったのだろう。
 牛乳をちびちびと呑みながら、零治は翠に視線を馳せた。
 翠は穏やかな面持ちで紅茶を啜っている。
 美人は――と見ると、幼なじみはリビングの中をうろうろと徘徊していた。リビングに設えられた家具を興味深そうに眺めては、一人で頷いたりしている。荘厳さを漂わせる西洋のチェストや見事な彫刻が施された飾り棚、大理石のテーブルなどは、美人にとっては好奇心をくすぐられる代物であるらしい。
 リビングの出入口付近で、美人はふと歩みを止めた。
 ドアの横には高さ一メートルほどの飾り棚が置かれている。その棚の上を美人はしげしげと検分していた。
「真野さん。これ、中を見てもいいですか?」
 唐突に美人が振り返る。その手には木製の写真立てが握られていた。ブック型の写真立てのようだが、閉じられているので中の写真は見えない。
「えっ、ああ……ユキのだけど見てもいいと思うわよ」
 急に声をかけられて驚いたのか、翠が目を丸める。美人の手にあるものを確認して、彼女は微笑を湛えた。
 美人が写真立て片手に零治の隣に移動してくる。
 ソファに腰かけるなり、彼は写真立てを開いた。中に納められていたのは、別荘前で撮られた二枚の集合写真だった。
「これ、去年撮ったヤツか?」
 二枚の写真に視線を落とし、零治は苦笑した。
 どんな凄い写真が出てくるかと思えば、被写体は元一年C組の面々だ。去年のクラスメイトたちがカメラに笑顔を向けている。
「ええ、記念にみんなで撮ったのよ。ユキが自宅から持ってきたんだけど、黎子のことがあるから飾るのは躊躇ってるみたい」
 翠の顔に昏い翳りが射す。視線は写真の一点に据えられていた。
 左側の額に填められている写真には、隆生、ユキ、翠、そして黎子の四人が写されている。
 中央に隆生、その左にユキ、右に黎子、黎子の隣に翠という配置だ。
 翠の眼差しは黎子に向けられていた。
「じゃあ、この写真には佐渡黎子さんも写っているんですか?」
 黎子の顔を知らない美人が、当然の疑問を口に出す。
「ええ。隆生くんの隣にいる、この子よ」
 翠が弾かれたように瞬きをし、白い指を伸ばして佐渡黎子を示した。
 隆生の隣で微笑む黎子は、昨日の翠と同じく白いワンピースを纏っていた。
 もっとも、似たような服でも受ける印象は翠とは異なる。
 同じ白でも、黎子は清楚というよりも妖艶なイメージを見る者に与えるのだ。派手な顔立ちのせいかもしれない。長い黒髪に縁取られた顔は彫りが深く、どこか異人めいて見える。綺麗な弧を描く濃い眉の下には、茶色味を帯びた二重の大きな双眸。鼻筋はスッキリと通り、鼻頭は日本人の平均よりも明らかに高い。唇は大きく厚めだが、嫌味な感じはしない。薄化粧を施しているのだろう。派手な顔立ちは美しく、実際の年齢よりも彼女を大人びて見せていた。
「この人が、佐渡黎子さん……」
 示された黎子を食い入るように見つめ、美人が歯切れ悪く呟く。彼の秀麗な顔は訝るようにしかめられていた。納得のいかない様子で写真の中の黎子を眺めている。
「学校で見かけたのを思い出したのか?」
「見覚えはないけれど……。そうか。この人が佐渡さんか。綺麗な人だね」
 曖昧に言葉を濁し、美人が微笑する。
 そうかと思うと、彼は唐突に話題を切り換えた。
「ところで真野さん、昨夜は眠れましたか?」
「あれからユキの部屋で朝までぐっすりよ。心配かけてごめんなさい」
 如才ない笑顔で応じ、翠が写真立てに手を伸ばす。美人の手からそれを受け取ると、翠はしばし写真に視線を落とし、それから静かに写真立てを閉じた。
 間を空けずして、
「おまえら揃いも揃って早起きだよな」
 和泉隆生が姿を現した。
 彼は欠伸を噛み殺しながら翠の隣にドカッと腰を下ろす。
「あんたが惰眠を貪ってただけでしょ。ったく、一日何時間寝れば気が済むのよ」
 隆生の後ろを歩いていたユキが従兄に冷たい言葉を投げ、リビングを突っ切ってキッチンへと消えてゆく。
「何時間寝ても、眠いもんは眠いんだよなぁ」
 心底眠たそうにボヤき、隆生は大きな欠伸を洩らした。
「おはよう、隆生くん。今、コーヒー淹れるわね」
 隆生に微苦笑を向け、翠が立ち上がる。彼女がキッチンへ向かった途端、
「翠、甘やかしちゃダメよ」
 ユキがヒョイと顔を覗かせた。
「すぐに朝食だから自分でキッチンまで来なさいよ」
 ユキが有無を問わせぬ口調で隆生に告げる。
「ハイハイ……」
 零治たちに向かって肩を聳やかしてみせると、隆生は渋々と立ち上がり、キッチンへと足を向けた。
「朝食だってよ。行くぞ、ビジン」
 美人を促し、零治も立ち上がる。
「ねえ、零治。さっきの写真の人、間違いなく佐渡さんなんだよね?」
 零治の隣に並びながら美人がポツリと言葉を零す。
「確かに佐渡だ」
「そうなんだ。変だな。佐渡さんは、どうして水の神様になってるんだろ?」
「何だよ、それ」
「佐渡黎子さん、幽霊じゃなくて水の神様になってるみたい」
「ますます意味が解らん。要するに、やっぱり佐渡は死んでるってことか?」
「多分……。僕が一昨日和泉君の後ろに視たのと、昨日水神池で視た水の神様――佐渡黎子さんと同じ顔をしてた」
 硬い声音で美人が囁く。
 零治は渋い表情で美人を見下ろした。
 零治には視えない『何か』は、佐渡黎子と同じ姿をしているらしい。
 そうだとすれば、別荘周辺に出没するという女の霊はやはり佐渡黎子なのだろう。
 ただ、なぜ美人がそれを幽霊と言わずに水の神に喩えるのか、零治にはさっぱり解らなかった。
「どうして彼女は神隠しに遭ったんだろう?」
 釈然としない面持ちで美人が呟く。
 それきり彼は考え込むように口を閉ざしてしまった。



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2009.07.31 / Top↑
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