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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.08.02[20:39]
 朝食兼昼食は、フレンチトーストと野菜サラダとカボチャの冷スープだった。
 簡素な食事だが、レトルト食品ではなく手作りなのが嬉しい。ユキと翠が作った食事を零治たちは有り難くいただいていた。
「午後から、百尋の滝か日原鍾乳洞に出かけない?」
 いち早く食事を済ませた古市ユキが、皆に意見を求める。
「いいけどさ。どっちも見慣れた場所じゃないか」
 隆生がスープをすくう手を止めて、ユキを見返す。
「バカね。あたしたちが観光するためじゃないわよ。曽父江と有馬くんのためよ。折角奥多摩まで来てくれたんだから、名所を案内してあげようとか思わないわけ?」
 ユキの白い目が隆生に向けられる。
「りょーかい。奥多摩案内ならお手のものだ」
 素直に頷き、隆生がスプーンにすくったスープを口に運ぶ。
「あたし的には百尋の滝か日原鍾乳洞がオススメなわけよ」
「だな。その二つを押さえておけばいいだろ」
「じゃあ、鍾乳洞を観てから滝までハイキング――っとことで決まりね! 別荘に帰ってきたら、夜は肝試よ」
 ユキがてきぱきとスケジュールを決定し、陽気に宣言する。
「肝試し?」
 零治は驚きに目を丸めた。
 ユキには恐怖心や警戒心の欠片もないらしい。黎子を視た、という昨夜の翠の発言などすっかり念頭から抜け落ちてしまっているようだ。
「あたしたちの本来の目的は、黎子が生きている痕跡を捜すこと、もしくはあの幽霊が黎子かどうなのか確かめることよ」
 ユキが力強く断言する。その双眸と言葉には、他者の意見をはね除ける気迫が籠もっていた。
「昨日の今日で、よくそんなこと思いつくよな」
 零治が呆れ混じりに告げてもユキは全く動じなかった。強い視線で零治を見返してくる。
「昨日って、何かあったのかよ?」
 昨夜、翠の取り乱した姿を目撃していない隆生が不思議そうに首を捻る。
「何もないわよ。翠がちょっと嫌な夢を見ただけよ」
 すかさずユキが応える。
 隆生は『本当なのか?』と問うように翠に視線を流した。
 翠の顔に困ったような微笑が浮かび上がる。だが、彼女はユキの言葉を否定しなかった。
「ええ、悪い夢を見たの。それで夜中にみんなを驚かせちゃっただけよ」
 翠本人がそう言うのならば、零治が異議を唱えることはできない。
 零治は小さく溜息をつき、美人に視線を転じた。美人は無言でユキを眺めている。その顔は恐ろしいまでに無表情だった。
「翠だって、アレが黎子の幽霊かどうかなのか確かめたいでしょ?」
「そうね。確かめないことには落ち着かないわ。もし、それが黎子ならちゃんと弔ってあげないと……」
「幽霊がいつ出現するかなんて解らないけど、肝試しに触発されて出てくる可能性だってあるじゃない。みんなにもアレを見てもらいたいし、正体を突き止めたいのよ」
「興味本位で肝試しするのは、どうかと思うけどな。遊び半分で心霊スポットに行ったりすると、祟られたり取り憑かれたりする、って言うだろ」
 零治は、乗り気ではないことを強調するように憮然とした声音で告げた。
「零治は臆病だよな。心配するなって。何も出やしないさ」
 隆生がお気楽な調子で言う。彼も肝試し賛成派らしい。
「そういう脳天気なヤツが、真っ先に取り憑かれたりするんだぞ」
「どうして曽父江はそんなに否定的なわけ? いいじゃない。翠も隆生も反対してないんだから。――で、有馬くんはどうなの?」
 不服げな零治を軽く窘め、ユキが美人の意見を求める。
「別に構いませんよ」
 何の逡巡もなく美人が首肯する。
 零治は驚きの眼差しで美人を見つめた。信心深い美人が肝試しに同意するとは思ってもいなかったのだ。
「じゃあ、肝試しは決定ね」
 ユキが得意気に零治を見つめ、声を弾ませる。
「……解ったよ」
 零治は不承不承に頷き、美人に非難がましい視線を投げつけてやった。美人の一言で肝試しは決行されることになったのだ。少しばかり恨めしい気持ちが湧いてきた。
 美人が零治に苦笑を浴びせ、それからユキに目を向ける。
「肝試しをするのは構いませんが、何が起こっても――それは自分たちの責任です。それなりに覚悟はしておいて下さいね」
 意味深な言葉を紡ぐと、美人は口の端に微笑を閃かせた。


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