ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 夜の森は、想像していたよりも音のある世界だった。
 下草の辺りでは夏の虫が美しい音色を奏で、深部ではフクロウと思しき鳥が啼いている。
「無音じゃないのは嬉しいけど、視界は最悪だな」
 零治は懐中電灯で足下を照らしながら慎重に森の中を進んでいた。
「そうね。でも、ようやく目が暗闇に慣れてきたわ」
 翠の声は硬い。緊張と恐怖が彼女の全てを強張らせているのだろう。夜の闇に怯え、いるかどうかも解らぬ幽霊の存在を畏れているのだ。
「あっ、水神池へと続く道よ!」
 不意に、翠が嬉しそうに声を弾ませる。
 零治は彼女が指差す方に懐中電灯の光を当てた。下草の一部分が踏みしだかれ、獣道のようなもの作っている。昼間は易々と発見できる小径なのに、探すのに随分と手間取ってしまった。
「何だか可笑しいわね。通り慣れた道に、こんなに安堵を覚えるなんて」
 翠の声には安堵が含まれていた。見慣れた道を発見したことで緊張がいくらかほぐれたらしい。
「池への道さえ解れば、あとは楽勝だな」
 零治は小径へと向かって足を踏み出した。
 途端、『きゃっ!』と小さな悲鳴をあげ、翠が腕にしがみついてくる。
「大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい。ちょっと滑ったみたい」
 翠が照れたような笑みを浮かべ、慌てて零治から身を離す。どうやら夜露に濡れた下草で足を滑らせたらしい。
「下、濡れてるから気をつけろよ。ビジンじゃなくて申し訳ないけど――掴まれば?」
 零治はさり気なく懐中電灯を持たない方の手を差し出した。
 翠が控え目に腕に触れる。
 一瞬の沈黙の後、彼女の顔が勢いよく零治を振り仰いだ。
「今、なんて言ったの?」
「いや、だから、ホントはビジンとペアを組みたかったんだろうな、って」
 零治が素直に答えると、翠の顔は見る見るうちに真っ赤に染まった。
「やだっ……。どうして解るの?」
「そりゃあ、見てれば大体はね」
「そんなに解りやすいのかしら、わたし……。もしかして、前に好きだった人のこともバレちゃってる?」
「ああ、何となく。――隆生だろ」
 零治は幾分躊躇いを感じながらも正直に話した。
 翠のように心の変化が態度に出やすい人物は、何気なく眺めているだけでも誰に想いを馳せているのか察知できてしまうものだ。
 去年一年間、翠の目は隆生を追っていた。ひたむきに隆生だけを見つめていた。
「零治くんは全てお見通しか。やんなっちゃうわね。あっ、隆生くんには絶対に言わないでよ。隆生くんは鈍いから、わたしの気持ちになんて全然気づかなかったんだし、今のわたしは有馬くんのことが本当に好きなんだから」
 翠の頬の赤味がより一層深みを増す。
 彼女は照れ臭さを隠すように、止めていた足を動かし始めた。彼女に腕を引っ張られるような形で、零治も歩き出す。
「隆生にもビジンにも言う気はないよ。今のは、二人だけの秘密ってことで」
 零治がおどけた口調で言うと、翠の頬が大きく膨らんだ。
「もうっ、調子いいんだから。男の子ってホントに狡いわよね。わたしの秘密を知ったんだから、代わりに有馬くんのことを教えてよ」
 恥ずかしさゆえなのか、翠にしては珍しく理不尽な言葉を投げつけてくる。
「彼はいつもあんな感じなの? 神秘的っていうか、不思議っていうか――」
「何を考えてるか解らない、ってヤツだろ。ビジンは昔からあんな感じだ。おまけに初対面の真野たちには、しっかり『ですます』調で喋ってるから、余計取っつきにくく感じるんだろ」
「零治くんと喋る時は、あんなに丁寧じゃないの?」
 会話を交わす間にも、二人は水神池へと続く小径をせっせと歩き続けていた。
 気づけば、昨日美人が長々と解説していた椿の傍まで来ている。
「もちろん。あいつは俺に対して容赦はしないよ。――ところで、真野はビジンのどこに惚れたわけ?」
 零治は単刀直入に訊ねた。
 興味心もあるが、何より美人のことを好きになってくれたことへの嬉しさが勝った。
 零治が喜ぶのも妙な話だが、幼なじみが誰かに好意を抱かれていることを知り、心のどこかで安堵を感じている自分がいる。
「そんなの言葉にはできないわよ。全部含めて有馬くんが好きなの」
「好きになった契機は?」
「何だったかしら? ふと気づくと好きになってたの。きっと、人を好きになるのに理由なんて要らないのよ」
「ごもっともで」
「でも、一つ挙げるとしたら、あの切れ長の瞳かな。わたし、あの目に見つめられると訳もなくドキドキするの。だから、まともに顔を合わせられない。それでいて、あの不可思議な煌めきを放つ瞳に強く惹かれるんだから困ったものよね」
 語る翠の顔は、恋する乙女そのもののように嬉しげに輝いている。
「ふ~ん。ビジンは目で殺す、と。それで、ビジンに告白とかは――」
「零治くん。質問はもう受け付けないわよ。警察の尋問みたいに次から次へと、よくそれだけ思いつくわね。なんだか愛娘をとられる父親みたいよ」
「ビジンの父親になるのも困るな。じゃ、逆に質問は?」
 零治が問いかけると、翠はしばし逡巡するように足を止めた。
「有馬くんは、本当に霊能者じゃないの?」
 神妙な声で告げ、彼女は再び歩き始める。
「残念ながら。本人が主張するように、霊能者でも霊媒師でもない」
「そう……。有馬くんに見つめられると、心の奥底まで見据えられているような不思議な感じがするのよね。近寄りがたいオーラもあるし。彼はわたしたちと同じ人間なのかなって、時々疑問に思うのよね」
「同じ人間だよ。他人とはちょっと違うのかもしれないけど。特殊な環境で育ってるしな。あいつは幽霊の専門家じゃないけど、他のことに関しては恐ろしいほどの専門家なんだ」
「他のことって?」
「それは、あいつの家に纏わる血統というか伝統っていうか……。いや、俺も部外者だから詳しいことは言えないんだけど」
 零治は曖昧に言葉を濁した。
 いくら幼なじみとはいえ、有馬家の事情を本人の了承もなしに口外するのは気が引けた。
「有馬くんのお家って、外観から想像するだけでも大変そうだものね。きっと、わたしの考えが及ばないような大変なことが色々あるのよね」
 零治の心を汲んでくれたのだろう。
 翠はそれ以上の追及をしてこなかった。
「もう少し仲良くなったら、自分で訊いてみるわ。零治くんには負けられないしね」
「――は?」
「だって、今のところ零治くんが一番有馬くんと親密みたいなんだもん。目下のライバルは零治くんよ、間違いなく。零治くんを越えなきゃ恋愛には発展しなさそうだわ」
 拗ねたように呟き、翠は零治に笑顔を向ける。
「幼なじみって羨ましいわね。有馬くんの傍にいられるなら――わたし、男になってもいいかも。そうしたら、何が何でも親友の位置を確保するのに」
「変なこと考えるヤツだな」
「男同士の友情って絆が堅いような気がするのよね。下手にフラれるより、男になって、親友としてずっと傍にいられる方がよかったりして――なんて、冗談だけど。今のは現実には有り得ないことだから言えるのよね。でも、男の子の友情が時々羨ましくなるのは本当よ」
「女の友情だって捨てたもんじゃないだろ? さっきからビジンと俺のことを羨ましがるけど、おまえと古市だって似たようなもんだろ」
「わたしとユキか……」
 ふっと翠が立ち止まる。
「そっちの方が仲良しに見える」
 零治も足を止めた。
 池はすぐ間近まで迫っている。
 懐中電灯の光の中――木々の隙間から揺れる水面のようなものが垣間見えた。
「そう見える?」
「見える」
 簡素に応じ、零治は翠に視線を落とした。
 彼女は陰鬱な表情で零治を見上げていた。周囲を覆う闇のせいか、白い肌が殊更青白く見える。唇が小刻みに震え、双眸には鋭利な輝きが灯っていた。
「どうした?」
 翠の異変に気づき、零治は急に心配になった。
 翠の裡から発せられるもの――それは怒りに相違ない。
「何でもないわ」
 翠は小さくかぶりを振った。
「女の子同士の友情は、零治くんが思うように綺麗なものでも素晴らしいものでもないわ。綺麗な場合もあるかもしれないけど、そうじゃない場合もたくさんあるのよ。ほら、女の争いほど醜いものはない、って言うでしょ? 正しく、それよ。女は大切なもの――例えば好きな人とか自分の子供のためなら、鬼にも夜叉にもなれるのよ。当然、争いは熾烈を極めるわ。……恋愛が絡むと、女の友情なんていとも容易く崩壊するのよ」
「そんなもんなのか?」
「悲しいけど、そんなものよ。女の子は同性に対して厳しいし、妬心も凄まじいのよ。嫉妬と憧憬、劣等感に優越感――女は同性に対して色々な二律背反を持ってるの。そのバランスが崩れた途端、友情なんて成り立たなくなるのよ」
 辛辣な言葉の内容とは裏腹に、翠の顔には涼しげな微笑が刻まれていた。
「女って面倒臭いというか、面妖な生き物だな」
 零治が苦々しげに呟くと、翠はクスクスと笑い声を立てた。
「あまり真剣に受け止めないでね。零治くんが女性嫌悪症になったら困るわ」
「そんなことは一生ないから心配するな。――っと、立ち話してないで、そろそろ行くか。隆生たちが待ちくたびれてるかもしれない」
「零治くん」
 歩き出そうとした零治を、翠の硬質な声音が呼び止める。
 再度、零治は振り返った。
 翠はひどく思い詰めた表情を湛えている。
「わたし、有馬くんに打ち明けるわ」
「告白する気になったのかよ?」
「違うの。そうじゃないのよ……。わたし、嘘をついてたの――嘘の証言をしてたのよ!」
 不意に翠が声を荒げる。
 零治は眉間に皺を寄せ、翠を見返した。
 直ぐ様、それが佐渡黎子失踪事件についての証言だということに思い至った。
 翠は『警察に嘘の証言をした』と衝撃的な告白をしたのだ。
 翠が罪の意識に耐えかねたように瞼を閉ざす。
「あの日、本当はわたし――」
「きゃあぁぁぁぁぁっっっっっ!!」
 突如として、翠の声を凄まじい悲鳴が掻き消した。



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2009.08.02 / Top↑
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