ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑

 紫光が美人を直撃する。
 零治はあまりの眩しさに目を細めた。
 隆生とユキが驚愕に目を剥き、翠が小さな悲鳴をあげる。
 美人を直撃したはずの雷光は、今や彼を黄金色に輝かせていた。
 美人が刀を構え直し、ゆっくりと瞼を押し上げる。
 凛とした眼差しが水虎たちに向けられた。
 美人の姿は神々しいと言い表しようがない。
 裡から溢れ出る光が彼を包み、その美貌を更に際立たせている。
 剣と御雷の神――タケミカヅチとやらが、美人を憑代として降りてきたのだろう。
 美人に見据えられ、水虎の一群は怯んだように後ずさった。
 彼らは美人の裡に宿る神が何者であるかを知っているのだろう。
 タケミカヅチとは、水虎が束になっても敵わぬほど強大な神であるらしい。水虎たちはじりじりと池の方へ後退し始めている。
 美人が日本刀を一振りすると、水虎たちは畏れをなしたように一目散に池へと退避した。
 小柄な緑色の身体が、次々に池へ飛び込んでゆく。
 あっという間に水虎は姿を消した。
 時を同じくして、池の上を彷徨っていた鬼火もスッと闇に溶けてしまう。
 辺りには再び暗闇が戻り、その中で美人だけが燐光を発していた。
 清廉な神氣が美人を包み込んでいる。
 美人が何事かを小さく呟く。
 その途端、日本刀が指輪へと変化し、まるで意志を持っているかのように独りでに美人の左手へと納まった。
 美人を取り巻いていた眩い光が徐々に薄れ、やがて完全に消失する。
 その様を、零治は食い入るように見つめていた。
 美人が神降ろしをできる稀有な神祇官であることは知っていたが、実際に神を降ろした姿を見るのは初めての出来事だった。
 隆生たちは度肝を抜かれたのか、愕然とその場にへたり込んでいる。
「ビジン、大丈夫か?」
 零治は美人に駆け寄ろうと足を踏み出し、そこで息を呑んだ。
 美人の背後――水神池の水面に白い人影を発見したからだ。
「まだ終わってないみたいだね」
 淡然と告げ、美人が身を翻す。その視線の先には、一人の少女の姿があった。
 池の中央に白いワンピースを着た少女が浮いている。
 その派手な顔立ちや意志の強い眼差しには嫌というほど見覚えがあった。
「れっ、黎子っ!?」
 真っ先にユキが気づき、驚倒する。
「黎子……やっぱり黎子のなの?」
「なんで黎子がいるんだよっ!?」
 翠と隆生も口々に驚愕の叫びをあげる。
 池からじっとこちらを見据えているのは、佐渡黎子だった。
 彼女の全身からは凄絶な怒気が発せられている。
 黎子は無言でスッと片腕を挙げた。
 水虎が消え、静まり返っていたはずの水面がザワザワと揺れ始める。
 それを見て、美人が池の淵へと疾駆した。
 地面に膝をつき、左手を水中に浸す。
「やめろ、ビジンッ!」
 零治は焦燥も露わに叫んだ。
 美人は、二柱目の神を傷ついた身体に依り憑かせようとしているのだ。
「今の僕には時間も体力もない。だから荒療治――応急処置しかできない」
 苦痛を堪えているような低い声で、美人が告げる。
 その声が彼の負傷の大きさを如実に物語っていた。
「覡の血において願い請う」
 美人の口が簡素に、そして早急に祝詞を唱え始める。
「気高き水神、噴き出す清水の女神――弥都波能売神(みずはのめのかみ)よ、勧請白す」
「よせっ、降ろすなっ!!」
 零治が叫ぶのと、天から舞い降りてきた金色の光が美人の中に入るのが同時だった。
 僅かに遅れて、黎子が片手を振り下ろす。
 水面がパックリと割れ、そこを何かが凄まじい速度で駆け始めた。
 見えない真空の刃が池を疾走し、零治たち目がけて迫り来る。
「ミズハノメ、頼む!」
 黄金色の光に包まれた美人が小さく叫んだ。
 直後、池の四方から太い水柱が立ち上った。
 黎子の放った見えない刃は、水柱が隆起する烈しさの前に呆気なく掻き消される。
 頭上高く舞い上がった幾筋もの水柱は、螺旋を描きながら黎子へと襲いかかった。
 一瞬にして水柱は黎子を呑み込み――消えた。
 水柱が一気に崩れ落ちた衝撃で、水面が激しい飛沫をあげる。
 完全に水飛沫が消えた時、そこに黎子の姿はなかった。
 水面は微かに揺れているだけだ。
「ありがとう……ミズハノメ――」
 美人の喘ぐような囁き。
 零治が茫然自失状態から現実へ立ち返った時には、美人を包む輝きは薄れつつあった。
 荘厳な光が完全に消え失せた瞬間、唐突に美人が地に伏した。
「ビジンッ!」
 未だショックから抜け出せていない他の三人を尻目に、零治は地を蹴った。
 脇目も振らずに駆け、美人の傍に膝をつく。
「大丈夫か、ビジン?」
 零治は美人を助け起こし、その顔を覗き込んだ。
 返事はない。
 美人の顔は蒼白そのものだ。呼吸が荒く、唇が微かな痙攣を引き起こしている。
 短時間かつ強引に二柱の神を裡に宿した代償なのだろう。
「しっかりしろ!」
 美人の頬を何度か軽く叩いてみるが、やはり応えはない。
 完全に意識を失ってしまっているのだ。
 零治の胸に焦燥が込み上げてくる。そこには己に対する怒りも織りまぜられていた。
 何としてでも美人を止めるべきだったのだ。
 それができるのは自分しかいなかったというのに――何もできなかった。
 零治は悔しさと自責にきつく唇を噛み締めた。
 不規則に上下する美人の胸には、鉤爪の痕が残されている。
 傷はさほど深くはないのか血は止まっている。だがしかし、白い肌に刻み込まれたその傷がひどく禍々しかった……。
 刻印された生々しい傷痕は、零治の恐慌と忸怩たる想いを煽る。
 美人をこんな目に遭わせてしまった責任の一端は、間違いなく自分にあるのだ。
「オイ、ビジン……。ビジン? 頼むから返事をしてくれよ、ヨシヒト!」
 我知らず、掠れた叫びが喉の奥から洩れた。
 だが、期待に反して美人の声は聞こえない。
 重苦しい沈黙が訪れる。
 水神池の水面は何事もなかったかのように凪いでいた。


     「四章」へ続く



 にほんブログ村 小説ブログへ  
← NEXT
→ BACK
スポンサーサイト
2009.08.03 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。