ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
 全身汗だくになりながら疾走し、診療所まで帰ってきた。
 莉緒は、荒い息を吐き出しながら自宅を見つめた。
 ここに帰ってくる間、誰にも逢わなかった。
 帰る道すがら確認したが、村役場も公民館も閉ざされていた。
 商店や食堂もシャッターが降ろされ、民家の窓には全てカーテンが引かれていた。
 診療所によく顔を出す牧野文江の家が途中にあったので、試しに玄関のドアを叩いてみたが応えはなかった。人の気配はするのに、いくら呼びかけても文江が姿を現してくれることはなかったのだ。

 みな、村長の指示通りに家に閉じこもっている。

 神栖倫太郎の支配力は村の隅々にまでしっかりと行き届いているようだ。
 莉緒は肩で息をしながら、診療所の敷地へと足を踏み入れた。
 亮介が帰宅していることを願って、自宅の方の玄関へと向かう。だが、彼の愛車は庭先に停まってはいなかった。
 微かな落胆を覚えながらドアを開ける。
 乱暴に靴を脱ぎ捨ててリビングへ移動するが、やはり亮介の姿はない。
 その代わり、登校前から変化しているものを発見した。
「あれ?」
 眉をはね上げ、白いクリップボードを注視する。
 メモが二枚に増えていた。
 一枚目は登校前に見たものだが、二枚目は初めて目にするメッセージだった。

『莉緒へ 東の武田聡子ちゃんが亡くなりました。今から武田家に行ってきます。どこに出かけたのか
知らないけど、帰ってきたら家で大人しくしてなさい! 亮介』

 メッセージを読みながら、莉緒は思わず双眸を眇めていた。
 亮介は一度帰ってきたらしい。往診から帰ってきた途端、武田聡子の訃報が飛び込んできて再び外出した、というところだろう。
 莉緒とは完全な擦れ違いだ。
「タイミング悪いな。くどいくらい『家にいろ』って言ってるし」
 莉緒は亮介を捕まえられなかったことに幾ばくかの悔しさを覚えて、歯噛みした。
 直樹も亮介も揃って『家にいろ』と注意を促しているが、その理由が皆目解らない。
「村長命令でも叔父さんだけは例外なのね。まっ、村唯一の医者だから、病人が出たら動かないわけにはいかないんだろうけど……」
 莉緒はブツブツと独り言ちながらリビングを出た。
 理由が明示されていないのに、村長の意に従う気にはなれなかった。
 ――東の武田家に行ってみよう。
 莉緒は咄嗟にそう判断を下し、玄関へ向かった。
 歩く距離を考慮して、ローファーではなくスニーカーに足を突っ込む。
 村を東西に走る舗装路を歩いていれば、必ず亮介の車に出会す。出会さなければ、亮介はまだ武田家にいるということだ。
 表へ出て玄関ドアに鍵を差し込んだところで、莉緒はふっと動きを止めた。
「武田の……聡子ちゃん?」
 今頃になって、死亡した武田聡子が何者であるのか理解したのだ。
 聡子は中等部の生徒だ。明るく活発な、瑞穂のような少女だという記憶がある。重い病気を患っているようには見えなかった。それに、昨日も登校時に元気な姿を見たはずだ。
「聡子ちゃんが――死んだ? 病気じゃないわよね。自殺も有り得ない。思い詰めるタイプには見えなかったし……。でも、じゃあ、事故?」
 聡子の死因が思いつかなくて、莉緒は焦燥を覚えた。
 自然と鍵を掴む手が震える。
「まさか、他殺?」
 口に出した瞬間、頬が微かに痙攣した。
 恐怖が心の奥底からせり上がってくる。
「考えられないわ、こんな小さな村で」
 莉緒は震える手で鍵をかけ、俊敏に身を翻した。
 診療所の側面を駆け抜け、砂利道に飛び出したところで足を止める。
「有り得ない――ことじゃない」
 莉緒は悄然と周囲を眺めた。
 人気のない山村の景色が、妙に侘びしく目に映る。
「現に有り得ないはずのことが、この村では起こってるじゃない。昨夜、畠山の奥さんが亡くなって、今度は聡子ちゃん。その前には金井の房雄さん……」
 莉緒は昨日からの出来事を反芻して、ゴクリと唾を呑み込んだ。
 人口七百人にも満たない山村で、人死にが相次いでいる。
 短期間で三人もの村民が生命を落としているのだ。
「もしかして……殺人鬼? 叔父さんが言ってた『アサは生きてる』って、アサのような殺人鬼が緋月村にいるって意味じゃないわよね。嘘よね、そんなの」
 莉緒は引きつった笑みを口の端に刻んだ。
 ここは、殺人鬼アサが実在した村なのだ。
 アサのような恐ろしい殺人鬼が村を徘徊しているのなら、急激に死亡者の数が増加したことも頷けるような気がする……。
「この村、一体何なの? 教えてよ、パパ」
 父の言葉は正しかったのだ、と莉緒は漠然と思った。
 緋月村に来てはいけなかったのだ。
 相次ぐ人死にが、村で異変が起こっていることの証だ。
 村には厄災が降りかかっており、それを村長が筆頭となって村ぐるみで隠蔽しようとしているのだ。
「何が起こってるの? 誰か、わたしにちゃんと説明してよっ!」
 思考を巡らすほど、頭が混乱を来す。
 莉緒は考えることを放棄して、大声で喚いた。
 しかし、叫びは虚しく青空に吸い込まれてゆく。

 全てのものが死に絶えたかのように、村は異様な静寂に包まれていた。


     「八.異邦人」へ続く



 にほんブログ村 小説ブログへ 
← NEXT
→ BACK
スポンサーサイト
2009.08.05 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。