ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「まいったな」
 翠の気配が完全に消えると、隆生が深い溜息を落とした。
「平気――なワケないよな。ったく、ユキのヤツ、いらんことしやがって! 零治も……悪かったな」
「俺は別に……」
「おっ、やっと喋ったな。ずっと黙ってるから、ずっげえ怒ってんのかと思った」
 隆生がホッとしたように息を吐く。
 零治は苦笑を浮かべた。
「怒ってないことはない」
「だよな。幼なじみのことあんな風に言われて、喜ぶヤツはいないよな」
「当然だろ。けど、途中で話が妙な方向に展開されたから、口を挟む余地もなかった」
 零治が肩を竦めてみせると、隆生はまた溜息を落とした。それからテーブルに身を乗り出し、小声で囁く。
「なあ、有馬が倒れたのって、あの怪我のせいなのか?」
「いや、怪我よりも精神的ショックが大きかったんだろ。俺もビジンから聞きかじった程度しか知らないけど、神降ろしをする時には色んな準備や精神統一が必要みたいなんだ。神様は膨大な《氣》ってヤツを放ってるらしい。いや、氣そのものが神なのかもしれないな」
「氣? エネルギーみたいなもんか?」
「そんなもんだろ。その凄まじいエネルギーの持ち主を身体に宿し、それをコントロールしなきゃならないわけだろ。だから、神降ろしをした後は物凄く体力も精神力も磨り減るらしい」
 二柱目の神ミズハノメを降ろす際、美人は『時間も体力もない』と言っていた。準備もなしにタケミカヅチを降ろしたことが大きな負担となり、心身ともに余裕がなかったのだろう。
 ミズハノメを宿すことさえ困難だったのかもしれない。それゆえにミズハノメを解放した直後、精も根も尽き果てて倒れてしまったのだ。
「いきなり神様を二人も身体に入れたから、とんでもない負担がかかっちまったってことか……」
「多分な。それで倒れたなら、本人の言う通り睡眠をとれば治るんだろう」
 倒れた理由がそうであってほしい、と密かに願いながら零治は言葉を繰り出した。神降ろしの反動による一時的な昏睡なら、いずれ必ず目醒めるのだから。
「なるほどね。血の量が少ないから、失血のショックにしてはおかしいと思ってたんだよ。裏にそんな理由があったのか。色々と大変だよな、有馬も」
「本人は大変だと思ってないみたいだけどな。まあ、子供の頃から覡として育てられてきたから、仕方ないのかもしれないけど」
 独り言のように呟き、零治は口を噤んだ。
 有馬家の秘事を全て知っているわけではないが、幼なじみが特殊な環境で育ってきたのは事実だ。だから、どこ浮世離れしているし、零治以外の他人には中々打ち解けない……。
 ふと、隆生が沈黙に耐えかねたのか煙草を取り出す。最初の紫煙を吐き出した後、彼は苦々しげに眉根を寄せた。
「それにしても、ユキのヤツ、無神経すぎるよな。あいつには女としてのデリカシーってもんが欠けてるんだ」
「古市は、思ったことを口に出さずにはいられない性格だからな。素直と言えば素直なんだろうけど……。さっきのはそれが災いして、引っ込みがつかなくなった感じだな」
「でもよ、翠にあんな言い方するなんて、どうかしてる。罵ってるようにしか聞こえなかったもんなぁ……。変だよな、さっきのユキ。急にはしゃぎだしたと思ったら、今度は怒りだすしよ」
 従妹の態度に腑に落ちないものを感じているらしく、隆生はますます顔をしかめた。
「佐渡のせいだろ」
 零治が簡素に応じると、隆生はギクリとしたように目を丸めた。零治を見返し、落ち着きなく煙草を口に運ぶ。
「やっぱり、それは避けて通れない話だよな。オレ、この目で見ちゃったしよ。なあ、あれは……間違いなく黎子だったよな?」
「佐渡だろ。もっとも、生きているようには見えなかったけどな」
 零治の胸に苦いものが込み上げてくる。
 水神池に浮かんだ白い影。佐渡黎子の姿をしたものは、その身に殺意と鬼気を漲らせていた。未曾有の力を駆使して、こちらを攻撃しようとしていた。
 どう考えても、あれは生きている人間ではなかった。
 幽魂。魂魄――怨念の塊。
 そういった類のもの。人外の存在のように感じられた。
 見てしまったのだから、その存在を認めざるを得ない。
 佐渡黎子は死んでいた。
 女の幽霊が目撃されるようになったのが、去年の秋頃。その頃には、疾うに黎子は死んでいたのだろう。
 佐渡黎子は死んでいる――これはもう覆しようのない事実のように思われた。
 そしておそらく、翠は佐渡黎子の死を知っている、という美人の指摘も的を射ている。
 今日、翠は零治に何かを打ち明けようとした。
 嘘の証言をした、と告白した。それは黎子の死に纏わることに違いない。残念なことに、その後の妖怪騒動で続きを聞くことは叶わなかったが……。
 相次ぐ怪異に怯え畏れ、更にユキの暴言で傷ついている翠に、そのことを問い詰める気にはなれなかった。それに彼女は『有馬くんに打ち明ける』と明言したのだ。
 今は、あの決意を信じるしかない。
 美人が目を醒ました時、翠は自らの意志で己の過失を――罪を告白するだろう。
「黎子の……幽霊だったよな」
 隆生が歯切れ悪く告げる。まだ、己の見たものが信じられないのだろう。
「黎子は失踪した後、死んでたんだな」
 幽鬼と化した黎子の姿を思い出し、その恐怖さえも甦らせたのか、隆生は身を震わせた。
「失踪した後に死んだとは限らないけどな。俺たちが失踪したと思った時には、既に死んでいたのかもしれない」
「つまり、黎子は死んだから行方不明になったてことか?」
 隆生がきつく眉根を寄せる。彼の苦悩を表すように額に深い皺が刻まれた。
「その可能性もあるってことだよ」
「でもよ、警察の捜査でも遺体は発見されなかったんだぜ?」
「それは警察に訊けよ。俺には、その辺のことはさっぱり解らん」
 零治は無愛想に応じた。
 黎子が死んでいるのなら、どこかに必ず死体があるはずなのだ。だが、警察が隈無く捜査したにもかかわらず黎子は見つからなかった。
 消えた死体――まるで推理小説の中の出来事のようだ。
 零治には死体の謎を解く頭の回転の速さもなければ、動物的な直感も備わってはいない。それについて考えを巡らせることを想像しただけでも、ひどく億劫な気分に陥る始末だ。
「何にせよ、化けて出るからには、死体がなくても佐渡は死んでると確定していいだろ」
「死んでる、か……。黎子は何で死んだんだろうな?」
 ゆっくりと宙に舞い上がる紫煙を目で追いながら、隆生が率直な疑問を口に出す。
「隆生に解らないことは、俺にも謎だ。それが解れば警察も苦労しないだろうさ。不慮の事故に自殺に他殺――どの線にも絞られてないんだろ?」
「そうみたいだな。何の痕跡もないんだから、絞るに絞れないんだろうさ。オレには、未だに忽然と消えたとしか思えないよ」
 何の痕跡もない――それは、翠が証言を偽っているからだろう。
 だが、零治は敢えてそのことに触れなかった。偽証の内容については、辛抱強く翠の心の整理がつくのを待つしかない。
「黎子が別荘の周辺に出没するのは、何でなんだろうな?」
 隆生はまだ煙草の煙を眺めている。口をついて出た言葉は、心の声が思わず洩れたような感じだった。
「それだけは単純明快だ。隆生に未練が残ってるからだろ。おまえに対する強い想いが、佐渡をこの地に縛りつけてるんじゃないか」
 零治の言葉を聞き、隆生は慌てたように視線を泳がせた。
「それだけでか? 正直に言うけどさ、黎子と寝たのなんてたったの一回しかないんだぜ。それも、黎子が失踪する前の日に、酔った勢いで何となくそうなっただけだし……」
「酔った勢いで何となく――って、どうしようもないな、おまえ」
 零治が呆れと蔑みの眼差しを向けると、隆生は意気消沈したようにガックリと肩を落とした。
「自分が酷い男だってのは解ってる。けど、オレ、黎子のことなんて何とも想ってないし……困ったな」
「おまえが何とも想ってなくても、佐渡はおまえのことが好きだったんだよ。物凄くな」
「うわっ。オレ、そういう重いの苦手」
「反省しろ。今度のことを教訓に女遊びは控えろ。いや、いっそ止めろ」
「……考えとく」
「女の情念は凄まじいってこと、忘れるなよ」
「女って怖いな……。けどさ、ホントにそれだけで黎子は化けて出たのか?」
 諦め悪く隆生が呟く。
「オレには、あいつが明確な殺意をもって何かを攻撃したように見えたんだけどな。オレのことが物凄く好きなら、オレを害しようとはしないんじゃないのか?」
 言われて零治は首を捻った。
 確かに、その点には疑問が残る。あれは、隆生が恋しくて、愛しくてならないゆえの行動ではなかったように思える。黎子は激しい怒りを双眸に湛えていた。憎悪によって突き動かされていた。
 隆生に対する恋慕の念が死してなお残されているなら、隆生を傷つけるような真似はしないだろう。もっとも、可愛さ余って憎さが百倍、ということも有り得るのだが……。
「じゃ、何か他に恨みがあるんだろうな」
 順当に考えると、結論はそうなってしまう。
 だが、零治には、その『他の恨み』に当てはまる事柄など皆目見当もつかなかった。


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2009.08.04 / Top↑
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