ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 自室に戻るという隆生と別れ、零治はリビングへと身を移した。
 薄暗い部屋の中で、美人は昏々と眠り続けている。
 その向かいのソファに翠の姿があった。彼女は両手で自分の膝を抱え、蹲るようにしてソファの隅に陣取っている。
「わたし、ここにいてもいいかな?」
 零治が傍に移動すると、翠は美人を見つめたままひっそりと呟いた。
「もちろん。美女に付き添われた方が、ビジンも喜ぶだろ」
「ありがとう」
 翠が弱々しい微笑を浮かべる。
 零治は美人に歩み寄り、額に乗せられたタオルを取った。それを氷水に浸けている間に、美人の額に手を当てる。熱はほんの少しだけ下がったようだった。小さな安堵を覚えながら、洗面器からタオルを取り出して絞る。
「わたしのせいなの……」
 ふと、翠が掠れた声を洩らした。
 美人に向けられている双眸には陰鬱さが宿っている。
「黎子があんな風になってしまったのは、わたしのせいなの。だから、有馬くんが倒れたのも……わたしのせい」
「何でも自分のせいにするのは良くないと思うけどな」
「でも、わたしのせいなの」
 翠がゆるりとかぶりを振る。
「わたしね、『黎子なんて死ねばいいのに』って本気で思ったことがあるの……。黎子に殺意を抱いたのよ。黎子が隆生くんと寝た――って知った時、殺したいほど黎子が憎かった。だって、その時のわたしは……隆生くんのことが好きだったんだもの。だから、死ねばいい、って酷いことを願ったわ。そうしたら黎子は本当に――」
 取り留めのない言葉が翠の唇から紡がれる。
「死んでしまったわ。だから、わたしのせいなの」
 裡なる葛藤に耐えるかのように、翠の顔が歪む。
 零治は無言で翠を見つめていた。
 翠にかけるべき適切な言葉を探し出せなかった。翠も零治の慰めなど欲してはいないだろう。彼女はただ、自分の心を整理したいだけなのだ。
「水神池に祈ったの。どうか隆生くんの心をわたしに下さい、って。隆生くんを誰にも渡したくなかった。それで水の神様に祈ったら、わたしにとっての邪魔者――黎子は本当に消えちゃった。死んでしまったのよ」
 自嘲の笑みを浮かべた後、翠は膝に顔を埋めた。
「……ごめんなさい。有馬くんが起きたら全部話すわ。それまでに、ちゃんと喋れるように心を決めるから、もう少しだけ待って――」
 誰に対するものでもない懇願が洩れる。
 翠は顔を突っ伏したまま啜り泣いていた。
 零治は極力彼女を見ないように努めながら、美人の額にタオルを戻した。
 翠が黎子を殺した。
 彼女の掻い摘んだ話から想像を膨らませると、どうしてもそんな答が弾き出されてしまう。
 翠が殺人を犯した――友人を殺した。
 そんなことは考えたくもないし、信じたくもない。
 だが、否定しようとすればするほど、それが事実のように思えてくる。それ以外の答えを拒絶するように、心が硬化してゆく。
 次第に暗鬱になってゆく心を誤魔化すように、零治は数度頭を振った。
 一年前、翠は黎子を殺したいほど憎んでおり、邪魔者の排除を水神池に祈願した。
 そして、現実に佐渡黎子は姿を消してしまった。
 翠の呪詛のせいで黎子は死んだ。
 果てして、そんなことが現実に起こり得るのだろうか。
 零治は死んだように眠る美人の顔に視線を落とし、険しく眉を寄せた。
 何も解らないし、何も考えたくない。
 今はただ、幼なじみの無事だけを祈りたい気分だった……。


     「五章」へ続く



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2009.08.04 / Top↑
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