FC2ブログ
管理画面
ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Wed
2009.08.05[20:44]
 美人が卵雑炊を平らげた後、零治と隆生は森へ向かった。
 別荘裏の物置には、幸いなことに鍬や鎌などの農作業道具や工具が揃っていた。その中から鋸を見つけ出し、零治と隆生は椿の元へと急いだ。
 零治が手の届く範囲内で適当な枝を見繕い、両手に掴んで地面の方へ引っ張る。その枝の先を隆生が素早く鋸で伐り落としてゆく。
 その単調な作業を何度か繰り返し、伐った枝を掻き集めると零治たちは別荘へ引き返した。
 リビングへ戻ると、美人は床に座り込んで何やら妙な作業をしていた。
 どこから見つけてきたのか、傍には藁の束が積まれている。その藁を美人は編んでいた。片足で編み終わった部分を押さえ、両手を器用に動かして二つの藁の束を左綯いに編み上げてゆく。
「何やってんだ、ビジン?」
「注連縄を作ってる」
 零治が怪訝な面持ちで問いかけると、美人は手を休めずに端的に答えた。
「あっ、和泉君。物置にあった藁を少しもらいました」
「別にいいけど。藁なんて使わないしな」
 呆気にとられたように隆生が応じる。
 その間も美人の手は魔法のように藁を縒り、着実に注連縄を編み上げていた。
「注連縄なんか作って、どうするんだよ?」
 伐ってきた椿の小枝を床に降ろしながら、零治は更に質問を重ねた。
「椿に巻くんだよ。境木として植えられたんだろうけど、あれはちゃんと祀られてないから、今のままじゃその役目を果たしてないんだ。だから注連縄を巻いて、祝詞を奏上して、しっかり境木の役目を担ってもらう。水神池――神域と外界との境界をはっきりさせたいしね。急場凌ぎだから立派な注連縄は作れないけど、何もないよりはマシだと思うよ。水虎たちが椿よりこちらに出てくることはなくなるし、彼らの棲む池を神域として崇めるわけだから、水虎たちの怒りも少しはおさまると思う」
 真摯な口調で告げながら、美人は手首ほどの太さを持つ注連縄を編み続けている。
「できたわ、有馬くん!」
 不意に、翠の興奮したような声が響いた。
 彼女はソファから立ち上がり、片手に持った白い紙を嬉しそうに美人に向けた。彼女の傍にあるテーブルの上には、白い紙が散乱している。
 翠が持っているのは、四つの四角い垂れができた紙片だった。
「それも、神棚とか神社で見たことがあるな」
 隆生が何かを思い出すように眉をひそめ、白い紙を注視する。
「それは《紙垂》と呼ばれるものです。玉串や注連縄につけるもので、穢れを祓い清める役割を担っています。紙の裁ち方や折り方、垂れの数には様々な種類がありますが、注連縄や玉串に用いられるのは、真野さんが持っているような四垂が多いんです」
 相変わらず手を止めずに、美人がすらすらと答える。
「有馬くんに教わって作ったのよ」
 翠は一人、紙垂作りに奮闘していたのだろう。テーブルの上には失敗作と思しき紙屑が山のように積み上げられていた。
「これも、その場凌ぎですけどね。適切な紙が見つからなかったので、真野さんが所持していたレポート用紙を代用させてもらいました」
 美人が苦笑を浮かべる。本当なら半紙か和紙を使いたかったのだろうが、こんな山奥では全てを完璧に揃えることなどできない。
「でも、何もないよりはマシなんでしょう」
 翠はテーブル上から形のよい紙垂を選び出すと、こちらへ歩み寄ってきた。重ねた紙垂の束をそっと美人に差し出す。
「ありがとうございます。こっちも終わりました」
 美人は翠に笑顔を向け、それから編んでいた注連縄の先を器用に結んだ。
 いつの間にか、床の上には三メートル強の長さを持つ注連縄がのたうっていた。
 翠に手渡された紙垂を、美人は編み上げたはがりの注連縄に等間隔に挟み込んでゆく。それが終わると、今度は零治たちが伐ってきた椿の枝に一つずつ紙垂をつけた。
 出来上がった玉串と注連縄をしばし検分し、納得したように頷くと、美人は丁寧に注連縄を巻き寄せて右肩に担いだ。左腕には玉串を抱える。
「じゃあ、ちょっと行って来ます」
 淡然とした声音で告げ、美人が素早く身を翻す。
「オイ、俺たちは行かなくてもいいのか?」
 その背に零治が声をかけると、美人は首だけでこちらを振り返った。
「水虎が暴れ出すと厄介だから、僕だけで行くよ」
 返ってくる答えはにべもない。だが、その言葉の裏には、零治たちを危険から遠ざけようとする美人の心遣いが含まれていた。
 零治は無言で美人を見返した。
 零治たちが同行することによって、水虎の怒りが再発する畏れがある。その場合、美人にとって零治たちの存在は足手まとい以外の何ものでもなくなるのだ。それが解るから、強引について行くことはできなかった。
 美人の役にも立てない自分がひどく情けなく、卑小に思えてきて、零治はそっと唇を噛んだ。
「大丈夫。椿に注連縄を巻いて、水虎に玉串を奉納して拝礼するだけだから」
 零治の不安を汲み取ったのか、美人は何でもないことを強調するように明るく告げる。
「なあ、有馬は何でそんなに親身になってくれるわけ?」
 リビングを出ようとした美人を、今度は隆生が引き止める。
 美人は再びこちらを顧みた。
「それは、僕が巫覡だからです」
「でもさ、水虎を怒らせたのは、オレたちの軽はずみな肝試しなわけだろ。なのに仕事でもないのに、有馬が祝詞をあげるなんて割に合わないだろ」
 困惑した隆生の声。
「僕を担ぎ出したのは和泉君ですよ。僕はそれに応じたんですから――いいじゃないですか」
 美人の口元に微笑が閃く。
「それに、肝試しに賛成したんですから僕も同罪です。正直に話すと、僕はあの肝試しに触発されて佐渡さんが現れてくれればいいな、と軽く考えていたんです。現れた彼女を説き伏せて、ちゃんと神様のところへ導こうと思っていたんです。でも、誤算が二つ――」
 美人の顔を彩る笑みが苦笑へと変化する。
「一つは、水虎が現れてしまったこと。僕は、あの池には佐渡さんしか棲んでいないと思い込んでいました。本来の守り神が水虎であることに気づかなかったのです。ですから、それは僕の過ち――巫覡としての未熟さが招いた結果です。もう一つは、佐渡黎子さんが僕の想像を遙かに超えて強大な怨霊と化していたことです」
「怨霊って、黎子はただの幽霊じゃないの?」
 翠が震える声で呟く。その顔は青ざめていた。昨夜の恐怖を思い出しているのだろう。
「和泉君から話を聞いた時、僕は『成仏できずにいる浮遊霊だろう』くらいに考えていました。けれど、実際に佐渡さんの魂を見て、その考えは棄てました。あれは怨霊です」
「怨霊も幽霊の仲間じゃないのか?」
 零治が素朴な疑問を口に出すと、美人はどう説明しようか逡巡するように視線を宙に彷徨わせた。
 短い沈黙の末に、その眼差しが零治のところへ戻ってくる。
「同じ霊には違いないけど、怨霊にまでなると浮遊霊や自縛霊なんかと同等に見ちゃいけないんだ。それは人の魂魄の域を超え、神霊と化してしまっているんだよ。強い恨みの念を持って死んだ者の霊は、その恨みを晴らすために復讐を誓い、人を祟り始める。その念が強ければ怨霊と化す。僕の見た限り、佐渡さんの力は神霊の域にまで達していた。だから、幽霊じゃなく怨霊なんだ。彼女は意のままに水を操り、空気さえも操った――自然の力を得た神霊なんだ」
「だからビジンは、ミズハノメって神を降ろして佐渡に対抗したのか」
 黎子の魂を冥府へ導くことが無理だと悟り、美人は黎子の力を上回る水神の力をもってして彼女を強引に池の中へ引き戻したのだろう。
「応急処置だから完全に封じたわけじゃないよ。とりあえずミズハノメの力で抑えてもらったけど、日が暮れたらまた動き出す。多分、佐渡さんは水神池で生命を落としたと思うんだ。それも強烈な恨みを抱いたまま、ね……。水神池は水虎が宿るほどの美しい池だから、当然神氣が溢れ出す場でもある。佐渡さんの魂魄は池の神氣を吸収して、あそこまで強い怨霊と化したんだと思うよ」
「池の力を得たから、水の神様か……」
「僕が水の神様だと誤認したほど強い霊力を秘めてる、ってことだよ」
 零治の呟きを拾い、美人が素早く訂正する。
 その顔には自嘲の笑みが浮かんでいた。隆生の後ろに視えたモノ、そして池の畔で視たモノを、美人は《水の神様》だと判断していた。だが今の彼は、己の過ちを素直に認めていた。
 黎子は、池やそこから湧き出す清水を護るために力を得たのではない。
 誰かを――何かを祟り、恨みを晴らすために強大化してしまった怨霊なのだ。
「まあ、神氣を吸い上げてあれだけ甚大な力を得ているんだから、神様と言ってもおかしくはないけどね。恨みが晴れて魂が穏やかさを取り戻したら、水虎とともに池の守り神になれると思うんだけど。でも、大人しく恨みを晴らさせてあげるわけにはいかないし……。どの道、怨霊を鎮めるには、怨嗟の念を取り祓って御霊として祀り上げるしかないか。うん、それしかない。佐渡さんには、本当に池の守り神になってもらおう」
 美人は自分の世界に埋没してしまったらしく、ブツブツと訳の解らぬことを口ずさみ始める。
「何だよ、その《ごりょう》ってのは?」
 零治が問うと、美人は我に返ったように数度瞬きを繰り返した。
「怨霊による祟りや災いを鎮めるために、怨霊を祀って、神として崇めることがあるんだ。その場合、怨霊は神様になるわけだから、尊敬の意を込めて《御霊》って呼ぶんだよ。菅原道真や平将門なんかが有名な御霊だね」
「じゃ、有馬は黎子を神として祀り上げ、怒りを鎮めようってのか? そんなことできるのかよ」
 隆生が半信半疑の眼差しを美人に向ける。
「できる――というか、やらなければならないんです。佐渡さんをあのまま放っておくわけにはいかないですしね」
「有馬が黎子を助けてくれるのは、オレとしても物凄く有り難い。けど、黎子は何を祟ってるんだよ? 何に恨みを持って、あんな姿になっちまったんだ?」
 隆生の唇から自問するような呻きが洩れる。
「明確なことは解りませんが、少なくとも和泉君に恨みは抱いていないと思います。どちらかといえば彼女は、和泉君を護ってくれているみたいです。彼女は――本当に和泉君のことが好きだったんですね」
 美人が隆生を安堵させるように笑顔を作る。
 隆生は小さく息を吐き出した。
「それ聞いて、ちょっと安心した。けど、オレじゃないなら、一体何なんだよ?」
「それは、いずれ判明するでしょう。とりあえず今は、日が沈む前に水虎に謝罪し、祝詞をあげてきます。佐渡さんのことは、また後で。――それでいいですね、真野さん?」
 ふと、美人の視線が翠に注がれる。
 翠は沈鬱な表情で美人を見返し、静かに頷いた。
「黎子のために、全部話すわ」
「全部って何だよ? 黎子の死について何か知ってるのか?」
 隆生が驚いたように翠を見下ろす。
 しかし、翠は口を開かなかった。無言のまま隆生を見上げる。今にも泣き出しそうな表情だ。
 だが、隆生を見つめる双眸だけは強い輝きを放っていた。
 それは、決意した者独特の真摯な意志の顕れだった。


     *



 にほんブログ村 小説ブログへ 
← NEXT
→ BACK
スポンサーサイト



 
Category * 水幻灯
編集[管理者用] このページのトップへ

 

 
Copyright © 2020 言葉のさざなみ, all rights reserved.