ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 辺りはしんと静まり返っている。
 女の啜り泣きは、水柯の叫びに驚いたようにピタリと止んだ。
「大丈夫か?」
 震える水柯の身体を、樹里がしっかりと抱き締めてくれている。
 だが、水柯には頷く余裕すらなかった。
 思考回路が凍りついている。
 女の声を聞いた瞬間、心の奥底から戦慄が迫り上がってきたのだ。
「泣き声は止んだようだぞ」
 直杉が冷静に現状を報告する。
「みたいだな。……とりあえず落ち着こうよ。水柯ちゃん、懐中電灯点けてみて」
「う、うん」
 充に言われて、水柯はようやく我に返った。
 震える指先に力を込め、片手に持っていた懐中電灯のスイッチを押す。
 闇の中に、パッと一つの光点が灯った。
「何だったんだ、今の?」
 樹里が水柯の手から懐中電灯を取り上げ、廊下を照らし出す。
 光が届く範囲内には、異変ないし異様なものは見当たらなかった。
「何もいないな。樹里、ちょっとスイッチの方、照らして」
 充の注文に樹里が素早く応じる。
 飾り窓の合間に設置された照明スイッチにスポットが当てられた。
 充がそちらへ敏捷に駆け寄る。
「ダメだ。つかない」
 しばしスイッチのオン・オフを繰り返した後、充は諦めたように首を振った。
 故障ではないことは明白だった。
 つい先ほどまで廊下中の照明が眩く輝いていたのだ。
 それが一斉に消えることなど有り得ない。
 女の啜り泣きを聞いた後では単なる停電だとも思えない。
 何か、不可思議な力が作用しているとしか考えられなかった。
「わたし、見たの」
 四人の間に重苦しい沈黙が降り注ぐのが嫌で、水柯はゆっくりと口を開いた。
「しっかり見ちゃったのよ。中庭の噴水が光って、水が噴き出したのを……。きっと、あれが水妖なのよ」
「うむ、水妖か。水柯が噴水の怪事を目撃したのならば考えられなくもないが……。そうなると、私たちは伝説を信じねばならぬな」
 直杉が思慮深げに言葉を紡ぐ。
「信じるのは構わない。水妖が実在したっていいさ。けど、死んで伝説の証人になるのは御免だね。どうせなら生き証人の方がいい」
 充が口の端に不敵な笑みを刻む。
 樹里が賛意を示すように頷いた。
「今まで誰も帰らなかったっていうのなら、僕たちが生きて帰る第一号になればいい」
「おっ、珍しく意見が合うな、樹里。伝説なんてクソ喰らえ――だ」
「園田も田端も楽観的でいいな」
 直杉は事態を乗り切る気でいるらしい少年二人を見つめ、呆れたように双眸を眇めた。
「開き直った方が勝ちだ。それとも徳川は、伝説に殺された方がいいのか?」
「私は信憑性のない噂など好きではない。だが、水妖とやらの正体には興味があるな。それに、田端の言うように殺されたいわけでもない。親善試合が近いからな」
 直杉の美顔に冷たい笑みが浮かび上がる。
「ナオちゃんまで、そんなこと言って。九月九日、月のない夜に生きて学園から出られた人はいないんだよ。わたしたちだって――」
 悲観的な発言をしているうちに本当に気が滅入ってきて、水柯は途中で口ごもった。
「真実、生きて帰った者が一人もいないと思っているのか? 私は一人くらい存在していると思うぞ。生き証人がいなければ、こんな馬鹿げた伝説は発祥しないはずだからな」
 直杉が淡々と自らの見解を披露する。
「生還した者がただの一人もいないのならば、《水妖》などという単語も《九月九日、月のない夜》という特定の日時も定義づけられないはずだ」
「そうそう。生還者が四人ばかり増えたって、伝説に支障はないさ。俺たち、明日には学園中のヒーローだ」
「ヒーローなんてどうでもいいけど、死ぬのはイヤだね。水柯だって、そうだろ? なに弱気になってんだよ。僕は、その辺の女みたくめそめそしてる水柯なんてキライだよ。伝説なんて打ち破って、一緒に帰ろう」
 樹里が水柯を勇気づけるように笑顔を造る。優しさに満ちた微笑みだった。
 樹里がこんな風に笑うのは珍しい。
 ――ああ、ママの気持ちが少し解ったかも。
 樹里の笑顔に見惚れながら、水柯は場違いな感想を抱いた。
 笑うと、樹里は普段の取り澄ました顔より幾分幼く――年相応に見える。
 その笑顔は、童顔の父にどこか似ていた。
 蒔柯の主張は正しかったのだ。
「明日は水柯の誕生日だろ。なのに今日死ぬなんて、物凄く間抜けだ」
「覚えていてくれたの?」
 続く樹里の言葉を聞き、水柯は急に声を弾ませた。
 樹里が誕生日を覚えていてくれたことが、とてつもなく嬉しかったのだ。
「当たり前だろ。大切な幼なじみの誕生日だからね」
 素っ気なく告げ、樹里は照れ臭さを隠すようにフイッと顔を背ける。
「ありがとう」
 不覚にも目頭が熱くなってきて、水柯は顔を俯けた。
 樹里のその一言だけで充分だった。
 無類の女嫌いである田端樹里に『大切な』と言わせることができる女は、世界広しといえども水柯ただ一人しかいないだろう。
 俄然、勇気が湧いてきた。
「そうよね。明日は、わたしの誕生日だもん。みんなの言う通り、伝説なんてクソ喰らえ――だわ! 水妖が何よ。逆に漫画のネタにしてやるんだから!」
 水柯は垂れていた頭を勢いよく引き上げた。
 目元まで込み上げていた涙を気力で押し留め、満面の笑みを皆に向ける。
「ようやく意見が一致したな。そうと決まれば話は早い。早急に水柯の原稿を取りに行き、学園から脱出しようではないか」
 直杉が至極平然と告げる。
 この状況下でも原稿を取りに行くことを諦めていないあたりが、彼女の豪胆さを表していた。
 だが、気の強さなら他の三人も引けを取らない。実際、直杉に異議を唱える者はいなかった。
 四人は顔を見合わせて頷くと、弾かれたように廊下を駆け出した。



 
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2009.05.31 / Top↑
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