ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 夜空にはナイフで切り裂かれたような細い三日月が浮かんでいた。
 森はすっかり闇に覆われている。
 世界を照らすのは淡い月光のみ。
 鬱蒼と生い茂る樹林の合間を縫うようにして進み、零治たちは水神池を目指していた。
 頼りない月明かりを道標に、池へと続く獣道を急ぐ。
 翠は全てを洗いざらい吐いて気持ちがスッキリしたのか、落ち着いた様子で小径を歩いている。
 それとは対照的に、隆生の足取りは覚束ない。顔を俯かせ、ずっと沈黙を保っている。三人の少女の自分に対する想いが、一年前に悲劇を起こした。その事実に彼は打ちひしがれていた。

 一行は黙々と森を突き進み、境木の役割を担う椿の大木に辿り着いた。
 その太い幹には、急ごしらえの注連縄がしっかりと巻かれている。縄から垂れる紙垂が、ヒラヒラと夜風に吹かれていた。
「池の方が、やけに明るいな」
 椿の脇を通り抜けたところで、零治はふと歩みを止めた。目を眇め、前方を注視する。
 立ち並ぶ木の陰――森の奥が煌々と輝いていた。
 人工の照明ではない。水神池の周囲には、四阿を含め照明器具など一つも設置されていないのだ。
 光の色は冴え冴えとした青さを誇っている。月明かりでもないことは確かだった。
 ――あれは……昨夜見たのと同じ光だ。
 そうと気づき、零治は慄然とした。
 昨夜の恐怖と怪異が素早く脳裏を巡る。
「陰火だ」
 零治の畏れなど意に介した様子もなく、美人があっさりと答えを弾き出す。
 その一言に翠が青ざめ、隆生は不快げに眉を跳ね上げた。
「水虎なのか?」
 零治はますます表情を曇らせた。幼なじみに不安げな視線を流す。
「違う。今夜、水虎は暴れたりしない。そのために夕方、僕が祝詞をあげたんだから。今夜は僕の願いをきいて、大人しくしていてくれるはずだ」
 美人は限りなく無表情に近い顔を森の奥へ向け、淡々と言葉を連ねた。
 怜悧さを感じさせる双眸は、周囲の闇よりも昏い。昨夜同様、美人の全身は清廉な氣を纏っていた。指輪に宿るタケミカヅチの神氣が、彼の身体にも流れ込んでいるのだろう。
「水虎じゃないなら、あれは何だ?」
「佐渡黎子さん」
 美人が確信を持って断言する。
「黎子……」
 隆生が息を呑む。普段の陽気さなど欠片もない乾いた声が、黎子の名を呼んだ。声音には黎子に対する哀れみと悔恨の念が滲んでいた。
「早く行きましょう。ユキが心配だわ」
 翠が神妙な面持ちで皆を促す。
 先刻、ユキのことを『怖い』と口走り、彼女の悪行を罵ったばかりだというのに、それは疾うに頭から抜け落ちてしまっているらしい。何だかんだ言っても、翠は心の片隅でユキのことを親友だと思っているのだろう。ユキの身を案じる翠の姿は、嘘偽りなく真摯なものだった。
「佐渡さんと古市さん――両方の邪念を祓わないといけないかな」
 ポツリと美人が独り言ちる。
「降ろすのか?」
 零治が気難しい顔で尋ねると、美人は静かに首肯した。
「必要があれば。心配しなくても大丈夫だよ。今夜は降ろす心構えができてるからね」
 零治を安堵させるように告げ、美人は口元に涼やかな微笑を刻んだ。



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2009.08.06 / Top↑
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