ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「いけない。邪念に凝り固まってる」
 美人が眉をひそめる。彼はユキに視線を据えたまま、池の中へ足を踏み入れた。
 これ以上は、隆生による説得も意味がない、と判断したのだろう。
 零治から見ても、今のユキは隆生の言葉にも耳を貸さないように思えた。完全に我を忘れ、憎悪に心を占拠されてしまっている。
 ユキは隆生にふられた事実を受け入れられず、それを無かったことにするかのように黎子に対する怒りを暴発させてしまった。やり場のない怒りを、見当違いにも自分が殺めた黎子に向けている。
「おまえ、そんなに黎子のことが嫌いだったのかよ。そんなに黎子が憎いのかよ? ……ホントに黎子を……殺したんだな」
 隆生が震える声で呟く。彼は池の中に立ち竦んだまま従妹を凝視していた。
「あたしが殺してやったのよ。だって、あの女、大嫌いだったんだものっ!」
 ユキは開き直ったように叫んだ。
 荒々しい口調には嫌悪がありありと含まれている。
「あの女さえいなければ、あたしがこんな惨めな想いをすることもなかったのよ。あんな女、大嫌い。ちょっと綺麗だからって、いい気になって。隆生が自分のものになると信じて疑わなかった、嫌な女よ! あんな女が隆生に近づくなんて、許せないっ!」
 ユキの恨み言は徐々に激しさを増してゆく。
 彼女は怒りに任せて片手で水面を叩いた。派手な水飛沫があがる。
「古市さん。池を騒がせてはいけません。その怒り――負の感情は、佐渡さんを活性化させます。どうか冷静になって下さい。このままでは佐渡さんが目醒めてしまいます」
 美人が硬い声音で告げる。
 昨夜、ミズハノメによって池中へ引き戻された黎子の亡霊。急場凌ぎの策であり、精神の限界が近づいていたために、美人は早々にミズハノメを天へと還している。
 今、黎子の怨霊を鎮めているものは何もない。
 黎子がユキの怒りに触発されて目醒め、水面へ姿を現すのも時間の問題だ。
 池の周囲をたゆたう鬼火が、黎子の出現を示唆している。
「黎子が目醒める? 上等じゃない。あたしは黎子を殺したいのよ。もう一度、この手であの女を殺してやるのよ!」
 美人の忠告を無視して、ユキは両手を水面に叩きつけ始める。
 水面が波打ち、飛沫が高く舞い上がった。
「ユキ、やめてっ! 黎子はあなたを恨んでるのよ。強い怨恨を抱いたまま死んだから、魂だけになってもこの池に残ってるのよ。黎子が出てきたら、あなた――殺されちゃうわ!」
 翠が必死に声を張り上げる。
 だが、それさえもユキははね除けた。狂ったような哄笑が周囲に響き渡る。
「裏切り者は黙ってなさいよ! あんたも黎子も大嫌いっっ!!」
 ユキの蔑むような眼差しが翠を射る。
「隆生に近づく女は、みんな大嫌い! その中でも黎子が一番嫌い。美貌を楯にして隆生を誑かし、運良く隆生と寝られたからって――勝ち誇ったわ。あたしをバカにした。あたしを見下し、嘲笑ったのよ!」
 語調が強まるに従い、水面を打つユキの手にも力が籠もる。
 飛沫はユキの姿を掻き消すほどに勢いを増した。
「あの女、自分があたしより隆生に近づいたことを誇らしげに喋り、得意満面にあたしを見下したのよ! ムカついたから思い知らせてやりたかったのよ。隆生の目の前で、あの女をバカにしてやろうと思ったの! 惨めな姿を隆生に晒すような醜態を味わわせてやりたかった!」
「ユキの、その気持ちは解るわ。わたしだって、あの時、黎子に自慢されて悔しかった。辛かった。でも――」
「あんたとあたしを一緒にしないでよ」
 翠の言葉をユキが邪険に遮る。
 しかし、翠は負けじと先を続けた。
「でも、ユキのしたことは、もっと酷いわ。わたしはユキのことを親友だと思っていたから、あなたに『隆生くんのことが好きだ』って打ち明けたわ。そうしたら、ユキ――笑ったわよね。わたしが隆生くんに相手にされるはずがない、って……。そして、わたしをこの池に突き落としたわ! わたしだけじゃなく、黎子のことも突き飛ばしたわ! ユキにそんなことする権利はないのよっ!」
 普段は物静かな翠が、声を大にしてユキの過ちを責める。
 翠とユキの間で見えない火花が散った。
「隆生くんはユキの所有物じゃないのよ! さっきユキ自身が言ったじゃない。隆生くんを好きになるのは、わたしや黎子の自由よ。その想いをユキに制限されるいわれはなかったのよ。なのに、ユキは――」
「うるさいわね! 隆生に近づいた、あんたと黎子が悪いのよっ!」
「お願いだから、自分の非を認めてよ」
 どうあっても責任転嫁するユキを目の当たりにして、翠が失望したように嘆く。
「お願い……黎子に謝って。わたしも一緒に謝るから。ねえ、二人で黎子にちゃんと謝りましょう。それから警察に自首しようよ、ユキ」
「あんたとあたしを一緒にしないでって言ってるでしょ! 大体、何で黎子に謝らなきゃいけないのよ? 悪いのはあの女よ。あたしは悪くない!」
 ユキが水面を叩くのを止めて、憎悪に漲った双眸で翠を睨めつける。
「あの女が、あたしに自慢するからいけないのよ。あの日、池の畔で喧嘩になったわ。頭にきたから、背中を押してやったのよ。ずぶ濡れになって、化粧も髪も服もボロボロになった姿を隆生の前に晒せばいいと思ったわ。隆生と寝たんだから、それぐらいされても当然よ。池に落ちた黎子を見て、いい気味だと思った。当然の報いだと思ったわ」
 ユキが唾棄するような勢いで言葉を連ねる。
「だからって、殺していいもんじゃないだろ」
 零治が冷徹に告げると、ユキは怯んだように大きく息を呑み込んだ。
「……知らなかったのよ」
 嗄れた声がユキの唇から洩れる。
「あの女が泳げないなんて、これっぽっちも知らなかったのよ!」
 ユキが咆吼する。
 あたかも『黎子が死んだのは、あたしのせいじゃない』ということを誇張するように、その声は大きく周囲に谺した。
 ほんの短い静寂。
『浅はかな女ね』
 突如として、張り詰めた空気の中に玲瓏たる声が響いた。
 体感温度が一気に下がる。
 凍てつくような霊気が辺りに充満した途端、池の中央から一本の水柱が立ち上った。
 美人が雷師を構え直し、小さく何事かを呟く。
 水柱が消える――池の中央に白いワンピースを着た少女が浮いていた。
 半透明の美少女が、冷たい眼差しでじっとこちらを眺めている。
 佐渡黎子だった。



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2009.08.08 / Top↑
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