ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「零治、大丈夫かっ!?」
 岸に泳ぎ着いた途端、隆生の声が飛んできた。
 隆生の傍らには、心配そうな顔で佇む翠の姿がある。
 零治はユキの上半身を隆生に預け、地上に這い上がった。
 それから隆生と二人で、ユキの全身を岸へ引っ張り上げる。当然のことながら、ユキの足首を掴んでいる黎子も一緒についてきた。
「黎子……!?」
 それを目にして隆生が仰天し、翠が小さな悲鳴をあげた。
 無理もない。黎子の遺体は、死んでいるとは思えないほど生々しいのだ。生前と全く変わらぬ姿をし、その上、両眼は大きく見開かれている。
「お疲れさま。後は引き受けたよ」
 いつの間に岸に上がっていたのか、すぐ間近で美人の声がした。
「佐渡がおまえに、頼む、って――」
 零治は美人を見つめ、息も絶え絶えに言葉を発した。日頃の運動不足が祟り、呼吸がままならない。
「解ってる。全部、聴こえてた」
 美人は平然と頷く。神秘の能力を秘めた幼なじみには、水中での会話が筒抜けだったらしい。
 美人は静かにユキと黎子に歩み寄った。
 横たわる二人の上に、黄金に輝く日本刀を翳す。
「禍を祓い改め直す神よ、祓えの神――大直日神(おおなおびのかみ)よ、謹んで勧請白す」
 厳かな声が言霊を生み出す。
 既に準備は万端だったのか、すぐに天から光の柱が舞い降りてきた。
 美人に降りてきた光の塊は彼の肉体を介し、更に雷師の刃を伝って、黎子とユキの上に眩い黄金の粒子を撒き散らした。
 二人の少女が柔らかな光に包まれる。
 零治が固唾を呑んで見守る中、ひどくゆっくりと黎子の手が緩み、ユキから離れた。
 同時に、開いていた黎子の目に瞼が落ちる。
 蝋人形のような黎子の顔が、穏やかな表情を湛えた。
 美人が降ろした神の霊力によって、邪で恐ろしい怨嗟の念が祓い清められたのだ。
「古より流るる覡の血において願い請う。天より降り、我に力を貸したまえ――」
 美人の唇が更なる言霊を繰り出す。
 それを聞いて、零治は慌てて彼に詰め寄った。
「オイ、無理するなよ。いくら憑代だからって、そんなに一気に降ろしたら、おまえの方が壊れるだろ」
 刀を翳す手を掴み、強い語調で美人を制す。
 しかし、美人から返ってきたのは涼しげな微笑だった。
「佐渡さんに頼まれちゃったからね。その願いを無碍にはできないよ。身体に降ろすわけじゃない。喚ぶだけだから、黙って見ててよ」
「終わったら、ぶっ倒れるくせに」
「多分ね。でも、その時は――当然零治が受け止めてくれるんでしょう? だったら、僕は心置きなく倒れられるね」
 何でもないことのようにヒョイと肩を竦めてみせてから、美人は黎子に向き直った。
 直ぐ様、怜悧な輝きが双眸に宿る。
「道開きの神よ、道祖神――猿田彦神(さるたひこのかみ)よ、この地に奉りたまえ」
 美人が祝詞を紡ぎ終えると、それに呼応するように上空が眩く光った。
 だが、その神々しい光は、これまでのように美人の肉体に降りてはこない。
 零治は驚いて天を仰いだ。
 夜空には、とんでもないものが浮かんでいた。
 黄金に輝く天狗――零治には天狗としか見えない異形のものの姿が頭上にあった。
 赤ら顔で鼻の長い猿面の天狗。大きな羽団扇を片手にした神が、鋭い眼差しで天から下界を見下ろしている。
 徐に、天狗が羽団扇を軽く振るった。
 すると不思議なことに、黎子の亡骸を包んでいた黄金の光が彼女から離れ、光の珠となって天へと飛翔した。
 サルタヒコという神が、光の珠が近づくのを待ってから身を翻す。
 サルタヒコは天高く舞い上がった。黎子であった光の珠が、迷うことなくその後を追ってゆく。
 瞬く間に二つの光源は遙か高みへと昇り、姿を消した。
 美人はサルタヒコのことを『道開きの神』と呼んだ。おそらく、あの神は人間の霊魂にしては強大すぎる力を宿してしまった黎子を天上の世界へと導いてくれたのだろう。
「とりあえず、終わったかな……」
 サルタヒコの姿が夜空に消えたのを確認して、美人が呟く。
 ハッと我に返った零治が美人に視線を戻した時には、彼の身体は大きく傾いでいた。
 零治は反射的に美人を両手に受け止めた。
 度重なる神降ろしのせいで、美人は心身ともにすっかり消耗してしまったらしい。
 零治の腕の中で、彼はピクリとも動かない。
 息をしてないんじゃないか、と急に不安に駆られて、零治は美人の唇に耳を近づけた。呼吸はしっかりと感じられた。しかも、微かな寝息を立てている。昨夜のように意識を失ったのではなく、疲弊のあまりに爆睡してしまっただけのことらしい。
 零治は安堵を覚え、ホッと胸を撫で下ろした。
「……終わったのか」
 隆生が脱力し、その場にへたり込む。
 彼の声に応えるように雷師が指輪に形を変え、主人の左中指に納まった。美人を裡から照らしていた神々しい光も消失する。
 気づけば、水面をたゆたっていた鬼火の大群も、池を黄金に染めていたアワナギの力も綺麗さっぱり消えていた。
 水神池の周囲は、清涼かつ静謐な空気に包まれている。
 突如として、今まで聞こえもしなかった虫の音がうるさいほど耳に飛び込んできた。
 世界は平常を取り戻している。
 零治たちは無事に異界から現へと還ってきたのだ。
 それを祝福するかのように、細い三日月の光が天から降り注いだ。



     「跋」へ続く



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2009.08.08 / Top↑
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