ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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八.異邦人



 西に傾きかけた太陽を眺め、莉緒は大きな溜息をついた。

 急増した死者。
 幕末の殺人鬼アサ。
 紅い月とアサの祟り。
 五年前に起こった玲による実母殺害の謎。
 同じく五年前に亡くなった、要と同じ名を持つ彼の叔母。
 十八年前、手を取り合い、緋月村から逃げ出した正隆と莉津子。
 村に残される吸血鬼伝説――

 昨日から現在までに得た知識を組み合わせて何とか解答を得ようと試みたが、全て失敗に終わってしまった。
 納得できるような推測を立てることはできない。
 出口のない迷路に足を踏み入れてしまった。
 そう痛感した瞬間、武田家に赴く気力を失くした。
 心身に漂う脱力感に任せ、莉緒は公民館の斜向かいにある公園へとやってきた。ブランコの一つに腰かけ、更に事態の把握に努めてみたが、依然として成果はない。
「何がなんだか、さっぱり解らない」
 もう一度大きく息を吐き出し、莉緒は視線を前方へと転じた。
 公園は、村を南北に縦断する舗装路に面している。
 敷地をぐるりと囲む木々の隙間から、舗装路を覗くことができた。武田家へ出かけた亮介が戻ってくれば、すぐに解る。
 だが、日暮れ間近になっても自動車のエンジン音が聞こえてくることはなかった。それどころか一人の通行者もない有り様だ。
「何やってんだろ、わたし」
 苦笑混じりに呟き、莉緒は膝の上に置いた鞄を手に取った。
 いつまでもここに座り込んでいるわけにはいかない。
 意気消沈している己れを叱咤するように片手で軽く頬を叩き、ブランコから立ち上がる。
 その時、ふと視界の端を何かがよぎった。
「えっ?」
 驚いて目を見開く。
 公園前の通りを何者かが歩いていた。
「瑞穂だわ」
 その人物が高坂瑞穂であることを確認した途端、胸に喜びが生じた。
 瑞穂は学園指定のジャージ姿で通りを歩いている。
 ショートカットの似合う凛々しい横顔には、なぜだか悲愴な決意のようなものが張りついていた。
 友人のただならぬ様子を訝しく思ったが、それ以上に人の姿を目撃できたことに対する喜悦の方が勝った。
 出逢えた相手が瑞穂であることが、急激に莉緒の心を浮上させる。
「瑞穂!」
 莉緒は鞄をひしと握り、公園から飛び出した。
 莉緒の声が届かなかったのか、瑞穂は前進を続けている。
 彼女は闊達な足取りで進み、二本の舗装路が交わる地点で立ち止まった。
 瑞穂の首が軽く左右に振られる。
 何を確認したのか、彼女は一つ頷いた。
「何やってるのよ?」
 莉緒は友人の動作に眉をひそめた。
 もう一度声をかけようとして、寸でのところで思い留まる。
 瑞穂が片手に握っているものを目にした瞬間、自然と足が止まった。驚愕と不審が同時に胸に芽生える。
 瑞穂が手にしているのは、どう見ても日本刀としか考えられない代物なのだ。
 瑠璃色の鞘は立派な装飾が施され、艶々と輝いている。とても高価そうだし、随分と年代物のように見える。
 玩具ではない――と直感が告げた。
「来なさいよ!」
 徐に瑞穂が天を仰ぐ。
「あんたのために出てきてやったんだ。あたしを標的にしな!」
 怒りを孕んだ瑞穂の叫びが周囲に響き渡る。
 かなりの大声なのに、近所の民家からは誰一人として出てくる気配はなかった。
 莉緒はしばし呆気に取られ、口を半開きにしながら友人の奇行を眺めていた。
 気が触れてしまったのではないか、と一瞬本気で危惧したが、瑞穂の声音に狂乱じみたものは感じられない。
 強い怒りと憎悪が織り込まれてはいるが、張りのある声は彼女が正気であることを示していた。
「瑞穂、何してるの?」
 莉緒は思い切って瑞穂に歩み寄った。
「――誰?」
 瑞穂が物凄い勢いで振り返る。
 利発的な双眸が鋭く莉緒を射た。
「何だ、莉緒か。――こんな所で何してる? 今日は外出禁止だよ」
 莉緒を見て頬を緩めかけた瑞穂だが、その表情はまたすぐに引き締まった。咎めるような言葉が莉緒に投げられる。
「その言葉、そっくりそのまま返すわ」
 長身の瑞穂を見上げ、莉緒は肩を竦めてみせた。
 村長命令を無視して外に出ているのは瑞穂も同じだ。
 非難される謂われはないし、どちらかといえば日本刀を手にしている瑞穂よりも自分の方がまともだと思う。
「制服なんか着て、学校にでも行く気だったのか?」
 身体ごと莉緒に向き直り、瑞穂は不思議そうに首を傾げた。
「知らなかったのよ。学校が休みになったことも、村長から変なお達しが出てることも」
 莉緒が唇を尖らせると、瑞穂は僅かに顔をしかめた。
 なぜ村長命令を知らなかったのか、疑問に感じたのだろう。
 だが、彼女はそれを追及してはこなかった。他のことに気を奪われているのか莉緒からフイッと顔を逸らし、手にした日本刀をじっと見つめる。
 そうかと思うと、急に莉緒に視線を戻すのだ。
 普段の明朗な瑞穂からは想像もつかないほど思い詰めた眼差しが莉緒に向けられる。
 不意に、その瞳が内心の動揺を表すように激しく揺らめいた。
 そこでようやく莉緒は、瑞穂が自分の出現を快く思ってはいないのだ――と悟った。瑞穂は莉緒の存在に困惑し、扱いに窮しているのだ。
「ねえ、それ――本物?」
 瑞穂がどうして困窮しているのか解せず、莉緒はとりあえず思ったことを口にした。自然と目は瑠璃色の鞘に吸い寄せられる。
「本物だよ」
 瑞穂は事も無げに淡々と述べ、刀を軽く掲げてみせた。
「銃刀法違反とかになるんじゃない?」
「平気。今日は誰も咎めない」
 瑞穂の唇が皮肉げに歪められる。
 ほんの一瞬だが、彼女の目に鋭利な光が灯った。
「それって、どういうこと? 瑞穂は何をしようとしてるの」
「あたしのことはいいから、家に帰りなよ」
「どうしてよ?」
 莉緒は反射的に訊き返していた。
 亮介に直樹に瑞穂――誰もが莉緒を家に帰し、閉じ込めたがっている。それがひどく気に障った。
「外は危険。家にいる方が安全だ」
「じゃあ、瑞穂がここにいるのも危険なんでしょう? 瑞穂が帰るなら、わたしも帰るわ」
「あたしは帰らない。あたしには、使命がある」
 瑞穂は眉根を寄せ、頑なに首を振った。
「何のこと? 帰るなら一緒に――あら? 村長のお達しを無視してるの、わたしたちだけじゃないみたいよ」
 莉緒は言葉を中断させ、西側へと顔を向けた。
 視界に第三者の人影を発見したのだ。
 村の西へと続く舗装路を黒い人影が歩いている。
「そんなはずないよ。村の人間なら、絶対に外へ出たりしない」
 瑞穂が莉緒に倣い、首を西へと向ける。
 途端、彼女は虚を衝かれたように目を瞠った。
「あの人、誰なのかしら?」
 黒い人影は、確実にこちらへ接近している。
 人影との距離が百メートルほどに狭まった時、莉緒はその人物が男性であることに気づいた。スラリとした長身の男だ。
「あれ、外国人? 旅行客なのかな」
 歩み寄ってくる男を眺め、莉緒は首を捻った。
 男の頭髪は、西日を受けて輝いている。
 歩くたびに黄金色の長い髪が揺れていた。
「春なのにコートなんか着て、変な人」
 莉緒は渋面で男を見つめた。
 男は、春だというのに漆黒のロングコートを身に纏っているのだ。
 咄嗟に『露出狂の変質者かもしれない』という危惧を抱いた。コートの下は何も身につけていないのではないかと男を注視するが、莉緒の心配は杞憂で終わった。コートの下から僅かに覗く両脚は、黒いズボンに包まれている。変態の類ではないらしい。
「……逃げ……て」
「えっ?」
 男に注意を奪われていると、不意に瑞穂が呟いた。
 掠れ、嗄れた声に莉緒はギョッとした。とても瑞穂の声だとは思えなかったのだ。
「逃げろ、莉緒!」
 瑞穂が声を荒げる。
 同時に金属の擦れる甲高い音が響いた。
 驚いて音の発生源を探すと、日本刀を握る瑞穂の手が激しく震えていた。
「逃げるって……どうして?」
 莉緒は状況を把握できずに、凍りついている瑞穂と接近してくる男を見比べた。
 男は、莉緒たちとの距離を十メートルほどあけたところで足を止めた。
 眩い黄金色の髪を僅かに揺らして優雅に首を傾げる。
 莉緒の知らない男だった。
 村の住民ではない。
 完全な異邦人――金髪の異人だった。



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2009.08.08 / Top↑
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