ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 美しい男だった。
 黄金で紡がれたかのような見事な髪。透き通るような白い肌。筋のしっかり通った高い鼻梁。女性のように紅く、形のよい唇。深い海を思わせる蒼い双眸。
 外国人の年齢など正確に掴めないが、男は三十を越えているようには見えなかった。
 莉緒は、若く美しい異国の青年を不躾にもジロジロと眺めた。
 彫りの深い顔立ちの中で、蒼い双眸が一際目立つ。
 ――神栖くんと同じだ。
 咄嗟にそう思った。瞳の色が神栖玲を彷彿とさせる。

「それ、鬼殺しの刀――蒼月だね」
 ふと、異人が呟く。
 蒼い瞳は瑞穂の日本刀に据えられていた。
「坂の末裔か……。昔、君の先祖にその刀で酷い目に遭わされたことがある」
 青年は口の端に笑みを刻んだ。
 莉緒は、異国の青年が流暢な日本語を紡いだことに驚いた。神栖玲が日本語を喋った時よりも衝撃は大きい。
「確かにあたしは坂の人間だ。けど、それ以前に玲と要の幼なじみだ――あんたを殺す理由としては充分だろ」
「なるほど。面白い娘だね」
 異人が瑞穂を嘲笑うように口の端を吊り上げる。
 蒼い双眸に冷たい輝きが走った。
「ちょっ、ちょっと、この人を殺すって本気なのっ!?」
 しばし茫然としていた莉緒だが、瑞穂の発言に仰天して我に返った。
 異人は瑞穂を知り、瑞穂も彼を知っているようだが、いまいち二人の関係を理解することはできなかった。
「要と玲のために、あたしはこいつを殺す!」
 声高に叫び、瑞穂が日本刀を鞘から抜き払う。
 ほぼ同時に、異国の青年が動いた。
 そう見えた次の瞬間には、青年は莉緒の真っ正面に移動していた。
 とても人間業とは思えないほど、俊敏な身のこなしだった。
 青年の白い手が莉緒の喉に伸ばされる。
「――ひっ……!」
 あまりの速さに、莉緒は後ずさることもできずに身を強張らせた。
 死人のように冷たい手が莉緒の喉を掴む。
 刹那、眩い煌めきが眼前をよぎった。
 青年の手が怯んだように莉緒から離れる。
 次いで、激しい衝撃が身体を襲った。
 瑞穂に突き飛ばされたのだ。
 地面に尻餅をつきながら、莉緒は唖然と瑞穂を見上げた。
「逃げろ、莉緒!」
 瑞穂が逼迫した叫びをあげ、青年目がけて地を蹴る。
 彼女の右手で、また何かが煌めいた。日本刀が西日を反射して輝いているのだ。
 日本刀の切っ先が、下から上へとはね上がる。
 青年は冷笑混じりに瑞穂を見遣り、軽々と後方へ飛び去った。一回の跳躍で、優に十メートルは跳んだように見えた。ますます人間離れしている。
「早く逃げろっ!」
「瑞穂を置いて、逃げるなんて……できない」
 莉緒は地面に尻餅をついたまま震える声で言い返した。
 状況は理解できないが、友人を置き去りにして逃げ出すのは気が引けた。卑怯な気がした。
 それ以上に、瑞穂の身に迫る危険を本能が察していた。
 自分が逃げれば、瑞穂は死ぬ。
 瑞穂が決死の覚悟で青年に挑んでいるのは、彼女の厳しく引き締まった表情を見れば解る。
「馬鹿なこと言ってないで、逃げろ! あいつは人間じゃない。化け物なんだっ!!」
「そう、君の幼なじみと同じ化け物だね」
 瑞穂の叫びを聞いて、青年がせせら笑う。
 彼は優雅に片手を前に差し出した。
 青年の白い手からは真紅の血が滴り落ちている。瑞穂が日本刀で斬りつけたのだろう。
 しかし、莉緒が見つめる中、血の滴りは徐々に衰え、ついには止まった。
 それどころか、手の甲に刻印されていた傷すらも綺麗に消え失せたのである。
 青年は、滑らかになった白い手を悠然と振ってみせる。
 莉緒は恐怖に引きつった顔で青年を見つめた。
 ようやく戦慄が身体の芯から迫り上がってきた。
 瑞穂の言う通り、彼は人間ではない――少なくとも尋常な人間ではない。
「玲を貶めるな。おまえとは違う。玲は化け物なんかじゃない!」
 瑞穂の怒号が空を揺るがす。
 それを機に青年がゆるりと動いた。
 軽く地を蹴ったとしか思えないのに、気がつくと彼の姿はまた莉緒の間近に迫っている。
 莉緒は身の危険を感じて反射的に立ち上がった。
 僅かに遅れて、瑞穂が駆けてくる。
 瑞穂は莉緒と青年の間に割って入ると、彼を挑発するように日本刀を閃かせた。
「あんたの相手はあたしだ、アーサー!」
 刀身が鋭利に弧を描く。
 それを難無く躱わし、青年はまた後方に跳躍した。
「アーサー?」
 莉緒は愕然とその場に立ち尽くした。
 瑞穂の叫びに、頭を殴られたような重い衝撃を受けた。
 記憶の中の何かが『アーサー』という名に激しい反応を示す。
「殺人鬼――須玖里アサ。アサがアーサー? この人が幕末の殺人鬼? 何よ……じゃあ、アサは本当に現代まで生き続けてたわけ?」
 頭が一気に混乱を来す。
 目前の青年が、幕末の村を恐怖に陥れた須玖里アサならば、亮介の言葉は真実だったことになる。
 だが、認めがたい現実だ。
 幕末の人間が今日まで生き長らえているなんて、信じられない。
「何なのよ……。殺人鬼アサは、奇天烈な風体の大男じゃなかったのっ!?」
「早く逃げろ、莉緒! 村に残る吸血鬼伝説は真実――アーサーは吸血鬼なんだよっ!!」
 瑞穂の激白は続く。
 二度目の衝撃が莉緒の全身を突き抜けた。
「伝説が真実……吸血鬼が実在するの? 殺人鬼アサが吸血鬼――」
 ショックのあまりに思考回路が麻痺する。
 その間にも瑞穂は日本刀を操り、果敢にアーサーに挑んでいた。
 だが、アーサーの動きは瑞穂よりも遙かに迅速だ。瑞穂の攻撃を身軽に躱わし、彼女を翻弄している。
 ――遊んでいるんだわ。
 莉緒は翻る黄金の髪を恟然と見つめた。
 アーサーは明らかに瑞穂を弄んでいる。彼の白い顔には、余裕の笑みすら浮かんでいた。
 アーサーの動作は人間離れしている。 
 超能力か何かで瞬間移動しているのではないか、と疑いたくなるほど驚異的な身体能力の持ち主なのだ。
 それを目の当たりにして、莉緒は彼が吸血鬼であるという事実を受け入れ始めた。彼が人外の存在であるならば、あの異常なスピードと跳躍力にも得心がゆく。
「殺人鬼アサは吸血鬼で、幕末からずっと生きていた。吸血鬼なら現代まで生きていてもおかしくないし、あんな若い姿なのも解る……ような気がする」
 莉緒は考えをブツブツと口ずさみながら、きつく眉根を寄せた。
「村人たちは伝説が嘘じゃないことを知っていた。だから、月が紅くなると怯え、家から出ない……。緋月村の殺人鬼――須玖里アサ。幕末に迷い込んだ、異人のアーサー」
 鎖国が解けた直後の江戸時代、この村の人々にとってアーサーは初めて目にする外国人だったのだろう。幕末の村人が、アーサーを奇天烈な風体の大男と表現したのも今なら理解できる。当時の日本人の目には、異人はとてつもなく大きく、その風貌はさぞかし奇異に映ったことだろう。
「吸血鬼のアーサー」
 莉緒は唇を噛み締めた。
 吸血鬼に関する知識など乏しいが、アーサーは間違いなく莉緒や瑞穂より強い。
 不死身に近い肉体、人間より遙かに優れた身体能力――その程度は確実に備えているだろう。
 だからこそ、幕末の村民はアーサーを討ち取ることができず、それ以後の住人たちも彼を斃す術を持たなかったのだ。
 斃し方が不明だから、村人たちはアーサーの狂気と凶行に憤りを抱きながらも、彼に抵抗することさえできなかった。
 闘うことを諦めて、彼の餌食になる道を選んでしまったのだ。
「瑞穂を連れて、逃げなきゃ」
 莉緒はキッと前方を睨み据えた。
 瑞穂とアーサーは激しい攻防を繰り広げている。
 瑞穂の顔には苦痛と焦燥が張りついていた。
 いくら攻撃を仕掛けてもあっさりと避けられてしまうことに、焦りを感じているのだ。アーサーの動きについていくことさえ至難の業なのかもしれない。
「祟り鎮めなんてさせやしないよ!」
 瑞穂の日本刀が物凄い勢いで薙ぎられる。
 だが、アーサーは飄々と攻撃を避け、瑞穂を嘲弄するように彼女の背後に回った。
 瑞穂がハッと息を呑み、慌てて身を翻す。
「五年前、あんたは玲から蘭さんを奪った。けど、今度は奪わせたりしない。あたしが護る。あんたに玲から要を奪うようなことは、絶対にさせない!」
 瑞穂が日本刀を青眼に構え、気迫の籠もった声を張り上げる。
 それを受けて、アーサーは大仰に肩を聳やかしてみせた。
「須玖里の血は美味しいからね。玲はもう吸ったのかな?」
「あんたと玲を一緒にするな! あんたに玲を苦しめる権利なんてない」
「苦しめてるつもりはないけれど、アレの苦悩する顔は見応えがあるからね。ああ、幼なじみの君が死ねば、玲はとても苦しむだろうね」
 アーサーが艶笑を浮かべる。
 吊り上がった唇の両端から鋭い犬歯がチラと覗いた。
 なまじ顔立ちが整っているだけに、その二本の牙は殊更邪悪なものに見えた。
 アーサーは牙を見せつけるようにもう一度笑うと、瑞穂へ向かって足を踏み出した。
 刹那、コートの裾が大きく翻る。
 僅か一瞬で、彼は瑞穂の懐に飛び込んでいた。
 刀を握る瑞穂の右手が、易々と彼の片手に掴み押さえられる。
 アーサーはもう一方の手で瑞穂を抱き寄せると、素早く彼女の首筋に顔を埋めた。



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2009.08.09 / Top↑
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