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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Mon
2009.08.10[20:25]
「紀ノ國屋健治! 貴様、今、しーちゃんの胸に触っただろっ!」
 空を裂きそうな凄まじい怒鳴り声が、校庭に響き渡った。
 校庭の一角で、三人の少年少女が対峙している。
 今しがた大声を張り上げたのは、銀縁眼鏡をかけた神経質そうな少年だ。
「生徒会長か……」
 高丸の隣で茜がボソッと呟く。
 興奮に頬を紅潮させている少年は、和泉田悠南(いずみだ ゆうな)。三年A組の生徒であり、生徒会長を務めている。
「何とか言え、紀ノ國屋健治!」
 悠南が右手を鋭く突き出し、人差し指でビシッと目前の金髪少年を差す。
 指を突き付けられた少年の方は、鬱陶しげに片手で髪を掻き上げた。綺麗に染め上げられた長めの金髪が、朝の光を受けて眩く輝く。
 少年の身体は奇妙に揺れていた。よくよく注意してみると、足が軽やかにステップを踏み、腰がクネクネと螺旋運動を繰り返しているのだ。更には、軟体動物のようなしなやかさで両手が奇怪に動いている。身体全体が休むことなくリズムを刻んでいるのだ。
「聞いてるのか、紀ノ國屋健治っ!」
 グニャリグニャリと踊り続けている金髪少年に業を煮やしたように、悠南が詰め寄った。
 悠南に急接近されて、初めて金髪少年の動きがピタリと止まる。
「うるせーんだよ、和泉田」
 苛立ちを隠せぬように、金髪少年が両の耳からイヤホンを抜き取った。
 一瞬にして、野次馬たちの間に緊迫した空気と驚愕の囁きが広がる。
「オイ、紀ノ國屋が踊るのやめたぞっ!?」
「おおっ、紀ノ國屋が普通に立ってる!」
「うわっ、マズイだろ。何してくれるんだよ、生徒会長っ!」
「えっ、紀伊國屋センパイって踊りを止められたら死ぬ、って噂じゃなかった!?」
 好奇の視線が金髪少年に集中する。
 紀ノ國屋健治(きのくにや けんじ)。三年D組。通称『踊る人』
 常日頃から軟らかい身体を器用に活かして踊り続けている――ダンス奇人である。
「オレが志緒に何したってゆーんだよ?」
 紀ノ國屋が険しい眼差しで悠南を睨めつける。
「だから、貴様がしーちゃんの胸を触ったんだろ、紀ノ國屋健治!」
「ねえねえ、ゆーくん。やめようよ~」
 怒鳴る悠南の制服の袖を、愛らしい少女がツンツンと引っ張った。
 フワフワとした栗色の巻き毛に、パッチリ二重の大きな瞳。アイドル顔負けの可憐な造形は、正に『天使のような』という形容がピッタリだ。
「志緒、健治くんに何もされてないもーん。だから、ねっ、やめようよ、ゆーくん」
 ニッコリと微笑みながら少女が悠南を見上げる。
「うっ……しーちゃん。なんて可愛いんだ」
 悠南は少女の笑みに悩殺されたように、赤味の射した頬を更にボッと朱に染めた。
「い、いや、それとこれとは話が別だっ! 紀ノ國屋健治はしーちゃんの胸を触ったんだ! 断じて赦せんっ!」
 再び、悠南の紀ノ國屋糾弾が開始される。
「踊ってる時にチョット手がぶつかっただけだろっ。大体なぁ、志緒の平らな胸触ったって、しょーがねーだろっ!」
「あっ、健治くん、ひど~い! 志緒、上から八五・五二・八〇なのにぃ」
 少女――松本志緒(まつもと しお)が、プウッと頬を膨らませて紀ノ國屋に抗議する。
「そんなコト知るかっ。そもそも訊いちゃいねーぞ、志緒!」
「しーちゃんに何て口のきき方するんだ!」
「いや~ん。志緒、怖い」
 志緒は相変わらずのニコニコ顔で事態を見守っている。
「アホ勢揃いだな……」
 抑揚のない茜の声に、高丸は苦笑した。
「紀ノ國屋と志緒が相手じゃ、和泉田が可哀相だな。――しょうがない。行ってくるか」
 嫌々宣言しながら高丸は三人に歩み寄った。
 誰かが止めに入らなければ、不毛な論争は延々と続くだろう……。
「紀ノ國屋、志緒!」
「よお、高丸!」
「あっ、高丸くんだぁ! おっはよう~!」
 高丸の呼びかけに、二人がパッとこちらを振り返る。
「おまえら、朝っぱらからうるさいぞっ!」
 高い背を活かして、上から高圧的に二人を睨め付ける。
「和泉田、おまえもコイツらに突っかかるだけ無駄だ。やめとけよ」
 ついでに悠南もジロリと一睨みしてやる。
 悠南は高丸に気圧されたように一歩後ずさった。一九六センチの高い壁は、有無を問わさず他者にプレッシャーを与えるらしい。
「わーい、高丸くん! 志緒と健治くんを心配してきてくれたのね~。嬉しい」
 唐突に志緒がピョンと跳ね、高丸の腕に抱き着く。
「間違っても、そんなことはない! 鬱陶しいから離れろっ!」
 高丸は眼下で揺れるフワフワの髪を迷惑そうに見つめ、冷たく言い放った。
「いや~ん。だって志緒、高丸くんのこと大好きだも~ん!」
「おまえは、世界中の人間なら誰だって好きなんだろ……」
 高丸が減なりした表情を見せると、傍で紀ノ國屋がケケケと奇怪な笑いを零した。明らかに、志緒に纏わりつかれる高丸の様子を楽しんでいる。
「紀ノ國屋――」
 何か文句の一つでも言ってやろうと紀ノ國屋に視線を流した瞬間、
「しーちゃんから離れろ、祇園寺高丸!」
 激しい口調で悠南が割り込んできた。
「離れろ――って、一方的にくっついてるのはコイツなんだけど?」
 高丸は志緒が絡み付いている腕を高く上げ、能天気に笑っている志緒を指差した。
「うるさい! さっさと離れるんだ!」
 悠南の血走った双眸がギロリと高丸を睨み付ける。
「おまえ……志緒に関わる人間にイチイチ目くじら立ててたらキリないぞ」
 高丸は志緒をぶら下げていない方の肩を聳やかし、呆れ混じりに悠南を見遣った。
「しーちゃんに近付く奴は、誰であろうと赦さん!」
「怒ってるゆーくんって、変なの」
 志緒が無邪気に微笑み、鋭利な言葉を悠南に投げ付ける。
「し、しーちゃん……? いいから、早く僕の傍に来るんだ」
「いや~。だってココ、気持ちイイも~ん」
 そう言って、志緒は高丸の腕を軸にしてブランコのように大きく身体を振るのだ。
「しーちゃんっ!」
 痺れを切らせたように悠南が大きく前進する。と、その時――
「――会長」
 群衆の中から誰かが歩み寄ってきた。
「げっ……」
 高丸は、キリッとした顔の少女を見て唇を歪めた。
 前に進み出て来たのは二人の少年少女。生徒会副会長と会計だ。
「昨日の……」
 苦虫を噛み潰したような表情で独り言ち、高丸は少女――白羽美麗を見つめた。
「意固地になるなんて先輩らしくないですよ」
 会計――二年の有原樹生(ありはら みきお)が、悠南を宥めるようにその肩に手を添える。
「そうですよ、会長。こんなバカな人たちを相手にムキになることはありませんわ」
 見下したように言葉を口にし、美麗は冷ややかな視線で高丸たちを見回した。
 美麗の蔑むような眼差しが紀ノ國屋を通り抜け、志緒の上でピタリと止まる。志緒を眺める瞳には、暗い光が宿っていた。
 嫉妬……それとも憎悪だろうか?
 だが、その不吉な感じのする眼光はすぐに姿を潜め、今度は挑戦的なものへと変化した。苛烈な光を宿した双眸が高丸を見上げる。『ぎ・お・ん・じ・せ・ん・ぱ・い』と赤い唇が音を成さずに言葉を紡いだ。
「――――!?」
 瞬時、高丸は背筋にゾクリと寒気を感じた。
 本能が『あの子は危険だ』と嫌なシグナルを発したのだ。
 予感――不吉な予感だ。
「会長。バカな人を相手にすると、バカが伝染りますよ」
 美麗が嫌味たっぷりに言葉を吐露する。
 高丸は茫然と美麗を見つめた。目前の少女が得体の知れない物体に見えて仕方がない。昨日とは明らかに様子が異なる。
 変だ。不気味だ。
 昨日同様、気の強そうな態度は変わっていない。だが、何かが微妙に違った。彼女の全身から、仄暗い負の感情がひしひしと滲み出ているように感じられてならない。
 昨日の出来事は、それほどまでに多大なショックを彼女に与えたのだろうか?
 身に纏う雰囲気を変容させてしまうほどのダメージだったのだろうか?
 高丸は思案に耽るようにスッと目を細めた。
 美麗の射るような視線は、明らかに自分を非難している。自分に対して文句や不満があるのならば、無言で訴えるのではなく言葉で伝えればいい。今、高丸は目の前にいるのだ。抗議があるなら直接自分に言えばいいのだ。
「……志緒、降りろ」
「は~い」
 志緒が従順に地面に降り立つ。
 高丸は美麗から視線を逸らさずに、ゆっくりと彼女に歩み寄った。
「し、白羽君。確かに僕も彼らはバカだとは思うけど、さっきの言い方はないと思うよ」
 高丸が怒ったと勘違いしたのか、悠南が慌てて美麗に注言する。
 だが、美麗が悠南の言葉に耳を貸した様子はなかった。
 彼女は、ただひたすらに高丸だけを見つめている。
「アンタ、オレに何か文句あるの?」
 困惑の眼差しを美麗に注ぐ。
 美麗の唇が更なる微笑を具現しようと、ゆっくりと孤を描く。
 転瞬――
 キキキキキキキキーッッッッッ!!
 けたたましいブレーキ音が轟いた。



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