ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 ピタリと止まった瞬間、四人同時にその場にへたり込む。
「ビ、ビックリした」
 水柯は床に頽れたまま茫然と天を仰いだ。
「水柯が無謀なことするからだろ」
「人を巻き添えにするな」
「それは私の台詞だ」
 口々に文句を垂れる一同を尻目に、直杉がすっくと立ち上がる。
 彼女は制服の乱れを手で直しながら、水柯たちに冷ややかな眼差しを注いでいた。
「不本意だが、この中で一番の力自慢は私のようだな」
「いやいや、助かったよ。さすがは伝統四百年――徳川家の次期総代だ」
 充が直杉の機嫌を取るように、にこやかに笑いかける。
「別に、なりたくて次期家督に生まれたわけではない。私に兄弟がいれば、すぐにでも辞退したいくらいだ。私は当主の器ではない」
 徳川家は、その名の示す通り江戸幕府を開いた徳川一門の流れを汲むと伝えられている。
 伝統ある旧家であり、莫大な資産も抱えている。武芸に秀でていることでも有名だ。
 武家としての名残なのか、その家例は厳しい。
 代々男子が家督を継ぐ仕来りであるが、当代――直杉の父親には彼女しか子供がいなかった。
 それゆえに、異例ではあるが、女の身でありながら直杉は次期当主という肩書きを背負っているのである。
「またまた謙遜しちゃって。M市屈指の名旧家――徳川家の当主なんて誰にでもなれるものじゃないし、ナオちゃんにピッタリじゃない。わたし、ナオちゃんが男だったらお嫁さんになってもいいのになぁ」
「無茶を言う」
 水柯の楽天的な発言に、直杉が苦笑を閃かせる。
 それから彼女は、気を取り直したように前方の水壁に視線を馳せた。
「どうにも、あれは我々を新校舎へは行かせてくれぬようだな」
「うん。原稿は諦める。未来の漫画家としては悔しいけれど、生命には換えられないもの」
 水柯は潔く決断を下した。
 水の壁は、何度でも嬉々として自分たちを弾き飛ばすだろう。
 原稿は大事だが、生命はもっと大切だ。
 ここで死んでは、漫画家になるという夢さえも敢え無く潰えてしまう。
「その方が賢明だな」
 頷きながら、直杉は中庭に面している窓へと移動した。
 直杉の真意を察したのか、ほぼ同時に充が生徒玄関側へ向かう。
「――む? 開かないぞ」
 窓に手をかけては何度か揺すり、直杉が片方の眉をはね上げる。
「こっちもダメだ。ビクともしない」
 充からも変わり映えしない反応があがる。
「わたし、鍵かけてないわよ」
 水柯は鞄からマスターキーを取り出し、玄関へ駆け寄った。
 窓はともかく、玄関は侵入した時に施錠せずに放置しておいたのだ。
 なのに『開かない』とは納得できない。
 水柯は硝子張りのドアの前で立ち止まり、鍵を鍵穴へ差し込んだ。
 シリンダーは軽く、ドアがロックされていないことを示していた。
 右に回すとカチッと音がし、ロックされたことが解る。
 水柯は、もう一度鍵を逆に回してロックを解除した。
 鍵を鞄にしまい、把手を掴んでドアを押したり引いたりと色々試みる。
 しかし、結果は充と同じだった。
「どうして開かないのよ!」
 水柯はムッとしながらドアを足で蹴りつけた。
 腹立たしいことこの上ない。
「水妖の仕業だろ」
 樹里が忌々しげにフンと鼻を鳴らす。
 鍵がかかっていないのに開かない扉――またしても未曾有の力が働いているのだ。
「中庭は水妖の本拠地だろうな。では、玄関の方を破砕させてもらうか」
 いつものように冷静な声音で告げ、直杉が玄関ドアへ歩み寄る。
 皆に下がるように手振りで指示を出し、彼女は大きく息を吸い込んだ。
 右手が頭上に翳される。
 指は、爪の先まで神経が行き届いているようにピンと張られていた。
「はあっ!」
 気迫に満ちた掛け声を合図に、直杉の手刀が振り下ろされる。
 直後、彼女の顔に衝撃の色が走った。
 手刀は、硝子に傷一つつけることができなかったのだ。
 それどころか直杉の手は硝子に届くことなく、空中で停止していた。
 腕に自信があるだけに、驚愕の度合は大きいのだろう。
 直杉は愕然と己の手を見つめている。
 ふと、直杉の眉間に滅多に見られぬ皺が寄る。
 彼女は一度手を引き、すぐに再戦を挑んだ。
 結果として、直杉の手刀は再び奇怪な力によってはね除けられることになった。
「おのれっ……!」
 直杉の秀麗な顔は今や激しく歪んでいた。
 食いしばった歯の隙間から、低い唸りが洩れる。
 ひどく自尊心を傷つけられたのか、彼女はまたしても手刀を構え直した。
「よせよ、直杉」
 振り下ろしかけた直杉の手を、充が力任せに掴み取る。
「何故、止めるのだ」
 普段の冷静さをかなぐり捨て、直杉が凄まじい勢いで充を仰ぎ見た。
「血が出てる」
 充は直杉の手に痛ましげな視線を落とし、苦々しく唇を歪めた。
 直杉が我に返ったように目線を自分の手元へ降下させる。
 彼女の小指と薬指から赤い液体が滴っていた。
 得体の知れない力によって傷つけられたのだろう。
「これ以上やっても無駄だ。無闇に自分を傷つけることはないだろ」
 宥めるように告げ、充が直杉の手を口元に引き寄せる。
 充の唇が傷口に触れた途端、直杉は『触れれば火傷する』とでもいうように乱暴に手を引いた。
「よせ。阿呆が伝染る」
 ツンと顔を背ける直杉。
 充はそんな彼女の態度に苦笑し、大仰に肩を聳やかした。
「ナオちゃん、大丈夫?」
 水柯は鞄からハンカチを取り出し、手早く直杉の指に巻きつけた。
 とりあえず絆創膏の代用くらいは果たせるだろう。
「……すまない」
 直杉がハンカチの巻かれた右手を左手で撫で、謝辞代わりに微笑を湛える。
 先刻までの激昂する直杉ではなく、いつもの怜悧で冷静な彼女に戻っていた。
 それを確認して、水柯は小さく息を吐いた。
 取り乱す直杉など見たくはない。
 直杉は迷惑がるだろうし、身勝手な願望だと解ってはいるが、彼女には常に毅然としていてほしいのだ。
「安堵するのは、まだ早いぞ」
 直杉が気を引き締めるように、真摯な眼差しを皆に向ける。
「俺たち、水妖に惚れられちゃったみたいだ」
 充が冗談めかして言う。
 だが、軽口にしては彼らしくもなく些か精彩に欠けていた。
「僕たちは、本当に水妖伝説の犠牲者になりかかっているらしいね」
 樹里が皮肉げに唇を吊り上げて笑う。
 間をあけずに、女の啜り泣きが再開した。
『わたしは……ここよ』
 若い女の声が廊下に充満する。
『寂しいの。こっちへ……来て』
 女が哭く。
 哀願する。
 突如として、廊下の片隅が青白く輝いた。




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2009.05.31 / Top↑
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