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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Mon
2009.08.10[22:59]
「つっ……!」
 瑞穂が小さく呻く。
 しかし、彼女は金縛りに遭ったかのように身じろぎ一つしなかった。
「瑞穂!」
 莉緒の叫びに、アーサーの視線が微かに動いた。
 蒼い双眸が莉緒を捉える。その瞳が徐々に血のような赤色に染まってゆくのを、莉緒は震えながら見つめていた。
 アーサーは瑞穂の首筋に牙を立てながら笑っている。
 瑞穂の血を味わいながら残忍に微笑んでいる。
 ――悪魔だ。アレは美しい姿をした鬼だ。
 爛々と輝く真紅の双眸を見て、莉緒は全身が総毛立つのを感じた。
 非人間的な瞳の色が、畏怖とおぞけを煽る。
 アーサーは伝説通りの吸血鬼。
 血と殺戮に魅入られた悪鬼だ。
 ――瑞穂を助けるのよ。
 アーサーが疑うべくもなく残虐な吸血鬼だと確信した途端、不思議と肝が据わった。
 パニックを引き起こしかけていた頭を乱暴に振り、恐怖に凍える身体に懸命に力を込める。
「怖くない……怖くないわ」
 己に言い聞かせながら、何か武器になる物はないかと素早く周囲に視線を配る。
 しかし、得物になるような物は見当たらなかった。あるのは、硬直する左手に握りっぱなしになっている鞄だけだ。だが、何もないよりはマシだ。
 莉緒は大きく唾を呑み込むと、右手にグッと力を入れた。
「動け、動け、動け――動くのよ!」
 必死の想いで念じ、右の拳を振り上げる。
「動いてよ! わたししかいないんだからっ!」
 恐怖に竦む己れを叱咤し、莉緒は拳で太股を殴りつけた。
 何度も何度も拳を打ちつけると、ようやく足の震えが止まった。
 その瞬間、渾身の力を込めて地を蹴る。
 今、走らなければ襲い来る恐怖と絶望に負け、もう二度動けないような気がした。
 莉緒は走りながら鞄を開け、中に入っている物を掴んだ。
「瑞穂を離しなさいよっ!」
 掴んだものを手当たり次第にアーサーへ投げつける。
 教科書、ノート、ペンケース――投げられるものなら何でもぶつけてやった。
 アーサーが瑞穂の首から牙を引き抜き、鬱陶しげに莉緒を一瞥する。
 ――瑞穂から離れた!
 莉緒は鞄の底に沈んでいた筒のようなものを取り上げると、迷わずに鞄本体をアーサー目がけて投じた。
 投げた鞄と一緒に、足を最大限に回転させて疾駆する。
 最後に手にした物体がオレンジジュースの缶であることに気づき、ほんの少しだけ勇気が湧いた。
 アーサーが飛来した鞄を指で軽く弾く。
 その一瞬を見逃さず、莉緒は力強く地を蹴った。
 手にした缶ジュースで、力一杯アーサーの肩を殴りつける。彼が微かに後ずさったのを見て、莉緒はもう一度缶を打ちつけた。
 二度の強打で缶は呆気なく変形した。圧迫された中身が缶から噴き出し、莉緒の手を濡らす。
 莉緒はひしゃげた缶を手放すと、今度は体力を総動員させてアーサーに体当たりした。
 アーサーもろとも地面に倒れ込む。
 縺れ転がったすぐ脇に、瑞穂ががくりと膝をついた。その手には弱々しく刀が握られている。
 莉緒は咄嗟に彼女の手から日本刀を奪っていた。
 アーサーの立ち上がる気配――
 莉緒は反射的に手にした日本刀を振り回していた。
 掴んだ刀の柄から、肉を断つ不快な衝撃が伝わってくる。
「つっ……」
 立ち膝のまま顔を上向かせると、アーサーが秀麗な顔をしかめていた。
 瞬く間に、彼の双眸から真紅の輝きが失せる。
 蒼い瞳に戻った彼の視線は、己の足元に向けられていた。
 片足のズボンが裂け、そこから覗く白い足に紅い筋が走っている。
 苦し紛れに振り回した刀が、幸運にも彼の足を斬り裂いたらしい。
 ――けれど、あれはすぐに治るのよ。
 瑞穂の浴びせた一太刀がものの数秒で完治したことを思い出し、莉緒は焦った。
 肩で息をしながら立ち上がる。
 刀の柄を両手で握り締めると、無我夢中でアーサーに突進した。
「はあっ!」
 気合いを発しながら、莉緒は闇雲に刀を繰り出した。
 打ち下ろした一撃がアーサーの肩を掠める。
 彼の冷ややかな双眸が莉緒を睥睨した。
 白い手が恐ろしいほどの速度で伸びてきて、莉緒の首を掴む。
 物凄い力で喉を絞められた。
「ぐっ……」
 息苦しさと激痛が、莉緒の動きを封じた。
 アーサーは片手だけで軽々と莉緒の身体を持ち上げたのだ。
 足が地から離れ、ブラブラと宙に揺れる。
 痛みに刀が手から零れ落ちた。
 喉を容赦なく絞められ、意識が遠のきかける。
 しかしその時、傍で瑞穂が動いた。
「蹴って!」
 真っ青な顔をした瑞穂が刀を拾い上げる。
「そいつを蹴るんだ、莉緒!」
 瑞穂の叫びで、薄れかけていた意識が明瞭さを取り戻す。
 莉緒は首の痛みを堪え、そこを支軸にして振り子のように身体を振った。
 一瞬、息が止まる。
 だが、それに負けじと、可能な限りの弾みをつけて両脚でアーサーを蹴りつけた。蹴りがアーサーの胴に命中し、彼の手が莉緒から離れる。
 蹴りの反動で、莉緒は仰向けに地面に落下した。
 背中に鈍い衝撃が走り、また息が詰まる。
 胸の息苦しさを我慢し、莉緒は上体を引き起こした。
 すると視界に飛び込んできたのは、アーサーの左胸に日本刀を突き立てている瑞穂の姿だった。
「あんたに要と玲は渡さないっっ!!」
 鬼気迫る叫びを発し、瑞穂は素早く柄を持ち替えた。
 左手で柄をしっかりと握り締め、右の掌を柄の先端に押し当てる。
 瑞穂の右手が勢いよく柄を押し出した。そのまま体重を刀に乗せる。
 肉と骨を貫く不気味な音が響いた。
 瑞穂の身体は、刀を突き刺したままのアーサーと一緒に地に転がった。
 短い静寂の後、瑞穂が大きく肩を上下させながら立ち上がる。
 しばし虚ろな眼差しでアーサーを見下ろしてから、彼女は彼の胸を片足で踏みつけた。
 刀の柄を両手で握り、一気に刀身を引き抜く。
 栓を失ったアーサーの胸から血飛沫が噴き出し、瑞穂の頬を打った。
「……し……死んだの?」
 莉緒は血の華を咲かせるアーサーを恐る恐る眺め、震える声で尋ねた。
「解らない。でも、これくらいで死ぬなら、村はとっくの昔に解放されてる」
 瑞穂が力無く首を横に振る。
 莉緒は血塗れのアーサーから視線を引き剥がし、瑞穂を見遣った。
 友人の顔は白を通り越して青ざめている。
 首筋には牙を穿たれた痕が生々しく刻印されていた。二本の犬歯が突き刺さった箇所には、丸く小さな傷が生じている。
 そこから鮮血が滴り落ちているのを見て、莉緒は心を決めた。
「逃げるわよ」
 莉緒は瑞穂の手首を掴むと身を翻した。
 アーサーは不死身に近い存在だ。
 そして、自分たちは彼を完璧に葬り去る術を知らない。
 色々と試してみるのも一つの手だが、模索している間にアーサーが復活しては元も子もない。
 再び彼と闘うとすれば、勝算は限りなくゼロに近い。
 自分は体力を消耗しているし、瑞穂は負傷している。
 今のうちにアーサーの目の届かないところへ逃げ、瑞穂の怪我の手当てをする方が賢明だ。
「走れる?」
「大丈夫。悔しいけど――あいつはふざけてただけだ。遊び半分で、あたしに牙を突き立てた。本気で血を吸ってたわけじゃない」
 瑞穂は忌々しげに吐き捨て、莉緒の手から自分の手を引き抜いた。一人で走れる、という意思表示なのだろう。
「診療所へ行こう」
 亮介はまだ帰宅していないかもしれないが、少なくとも薬品類は揃っている。莉緒でも止血と消毒くらいはできるだろう。
 だが、その提案は思いがけず瑞穂の反対にあった。
「駄目だ。時間がない。東へ要を助けに行く」
 アーサーの返り血を浴びた顔を歪め、瑞穂が譫言のように呟く。
「あいつが動けないうちに――神社に戻る前に要を助け出さないと……。だから東へ」
 急に瑞穂が力強く駆け出す。
 彼女には意志を曲げる気は更々ないらしい。莉緒に反撥の隙を与えまいというように、十字路を東の方角へと突き抜ける。
 莉緒は慌てて後を追った。
 とにかく今は、アーサーから離れなければならない。
 彼の魔手が届かないところへ逃げ延びるのだ。
 夕闇に包まれ、気味の悪いほど静まり返った村の中を、莉緒と瑞穂は黙々と駆け続けた。



書きながら、自分でも「オレンジジュースはないだろ……」と思いました(滝汗)
闘う女の子が書きたい時は、フツーの女子高生を主役にしちゃイケナイんだな、と痛感しました(笑)

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