ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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『寂しいの……。哀しいの』
 女の声が廊下に不気味に反響する。
 声は徐々に近づきつつあった。
 旧校舎の古めかしい廊下を青色の発光体が這っている。
 一行は互いに身を寄せながら、息を呑んでその異様な光景に見入っていた。
 青い炎のような輝きに身を包んだ物体が、廊下に長く尾を引かせながら接近してくる。
 時折、ブルブルと震えては廊下に冷光の粒子を撒き散らせていた。
「こ、今度は何なのよ……」
 床を這う未知の物体を凝視ながら、水柯は喉の奥から声を振り絞った。
「うむ、あれが水妖か。なるほど、その名の通り水のようだな」
 直杉は如何にも怪しげな物体を平然と観察していた。
 恐るべき平常心と精神力の持ち主である。
 ずるずると床を進んでいるのは、確かに液体のように見える。
 但し、青白く光る水だ。
 不可思議な流動体は、四人の傍まで来ると前進を止めた。
『わたし……願い……聞いて』
 燐光を纏った塊がブルッと震える。
 思念のような女の声は、紛れもなく得体の知れない物体から発せられていた。
「え、何だって?」
 充が顔をしかめ、訊き返す。
『わたしの願いを――聞いて』
 青い水がはっきりと意志を伝えてくる。
 水柯たちは一斉に顔を見合わせた。
 どうやら、すぐに殺す気はないらしい。
「願いって、何なのよ?」
 水柯は皆を代表するつもりで強気に切り出した。
 旧校舎に閉じ込められてしまった今、自分たちに与えられた選択肢は少ない。
 伝説通り水妖に殺されるか、水妖の意に従う振りをしてどうにか道を切り開くか――この二つに限られる。
 生命が大切なら、当然後者を選ぶ。
『わたし……寂しい』
「それだけじゃ解んないって。大体、おまえ何者だよ?」
 樹里が猜疑に満ちた眼差しを水に浴びせる。
『わた……し? わたしは……水妖』
 輝く水――水妖が戸惑い気味に応える。
『わたしは水妖。でも、違うのかもしれない……』
「何が違うのだ。今、自ら水妖だと名乗ったではないか」
 直杉が容赦なく指摘すると、水妖は怯えたようにブルッと震えた。
『わたしは水妖。でも、自信がない――解らない。わたし……誰?』
「あのさ、俺たちの方がもっと意味が解らないんだけど」
 充が苛立たしげに声を荒げる。
 水妖は驚いたように一際激しく身を震わせた。
『……ごめんなさい』
 素直に謝罪する水妖を見て、水柯たちは再び視線を交錯させた。
 何だか腑に落ちない――というか、拍子抜けする反応だ。
「なんか想像と違うな。伝説の水妖は、人を殺す残酷な化け物じゃなかったのか」
 樹里がプラチナブロンドに指を突っ込み、苛々と頭を掻く。
『わたし、殺す。みんな、願いを叶えてくれないから』
 水妖は樹里の言葉を否定しなかった。
 殺す時には――殺す。そう明言したのだ。
「じゃ、あなたの願いを叶えれば殺されなくて済むの? 旧校舎から出してくれるの?」
 水柯は胸に芽生えた嬉しさを必死に抑えながら確認の問いを発した。
 過去、九月九日に学園に侵入した者は、水妖の願いを叶えられずに殺される運命を辿ったのだろう。
 同じ轍を踏まないためには、願いを叶えてやればいい。
 水柯には、おかしいほど単純明快なことのように思えた。
 四人揃えば、どんな無理難題でも乗り越えられるような気がする。
『わたしの願い、叶えてくれるの?』
 水妖が逆に問いかけてくる。
 改めて水妖を見つめ、水柯は即答するのを躊躇した。
 ――今、笑った……。
 青く輝く水が、ニヤリと残忍な笑みを浮かべたように感じられたのだ。
 背筋にゾッと悪寒が走る。
 その背を樹里に突っつかれて、水柯は慌てて現実に立ち返った。
「ええ、叶えてあげるわ」
 不安を残しながらも水柯は頷いた。
「望みを叶えたら、本当に解放してくれるんだろうな?」
 用心深く、充が念を押す。
『わたし、嘘はつかない』
「では、おまえの願いとは何だ?」
 直杉が単刀直入に訊くと、水妖はサワサワと身体を揺らした。
 輝く水面の一部が高く盛り上がる。
 皆に驚く暇を与えずに、伸び上がった部分が人間の腕の形を模した。
 本体の中央に、肘から指先までの腕が突き出ている。
 何とも奇怪な光景だった。
『こっちに来て』
 華奢な腕がユラリと揺れる。
 妖しく煌めく青白い指が、ゆっくりと手招きした。


                「7.母の嘆き」へ続く



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2009.06.01 / Top↑
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