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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Thu
2009.08.13[22:59]
 山際をひたすら北へと向かった。
 闇に包まれた森の中を駆け抜ける。
 スカートから突き出た脚部が、下生えの草に時折引っかかる。その度に小さな痛みと痒さを感じたが、莉緒は構わずに走り続けた。
 五百メートルほど疾駆したところで、急に森が終わりを告げた。
 拓けた場所に出る。
 足を止め、辺りを見回すと、すぐ間近に築地塀を発見した。小さな屋根を葺いた土塀が、縦横に走っている。
 どうやら神栖屋敷を取り囲む塀の一郭に出たらしい。
 とりあえず巨大な目印に行き当たったことに、莉緒はホッと息を吐いた。
 全力疾走したおかげで呼吸は乱れ、全身から汗が噴き出している。顔に張りついた髪を片手で後ろへ撫でつけ、額の汗を拭った。
 息を整えるために深呼吸し、微かに顔を上向ける。
 その時、視界に異様なものが飛び込んできた。
 月に照らされた須要の山。その中腹辺りを黒い塊が跳ねていた。木から木へと何かが物凄い速度で飛び移り、山を昇ってゆく。
「アーサー」
 苦い呟きが唇から洩れる。
 月光を浴びて時々黄金に煌めくのは、アーサーの長い髪だ。
 この村で金髪を持つのは、あの怪人しかいない。
 莉緒は、黄金の輝きが闇に吸い込まれるようにして消えるのを愕然と見届けていた。
 ――やっぱり死ななかったのね。
 日本刀で心臓を貫かれても平気だとは信じられない。
 異国からやってきた殺人鬼は、あの凄惨な状態から苦もなく甦ったのだ。
 ――わたしも瑞穂も遊ばれていたんだわ。
 戦慄とともに怒りが込み上げてきた。
 アーサーは、軽い気持ちで自分たちを相手にしていたのだ。
 だから彼は、瑞穂の攻撃を避けもしなかった。心臓を貫かれたくらいでは死なないことを知っていて、わざと刺されたのだ。
 それを考えると、無性に腹が立ってきた。
 莉緒と瑞穂が恐怖に戦きながらも必死に挑んでくるのを眺めて、アーサーは面白がっていたのだ。
 愉しんでいたのだ。
 瑞穂の首に牙を突き立て、気紛れで血を啜ったのだ。
「あなたが恐ろしい怪物だってことは、よく解ったわ。けれど、人の生命を弄ぶなんて許せない。わたしは最後まであなたと闘うわ」
 須要の山を睨みつけ、莉緒は憤然と言い放った。
 瑞穂の苦悶に引きつる顔が脳裏に浮かんだ。
 アーサーの遊び心のせいで瑞穂は苦痛を強いられ、死の淵に片足を突っ込みかけているのだ。
 莉緒は、わき上がってくる怒りに任せて地を蹴った。
 もう少し行けば須要神社へと続く階段があるはずだ。
 それを目指し、神栖家の塀にそって走り始める。
 しかし、幾らも進まないうちに莉緒の足はまた止まってしまった。
 再び須要の山に不気味なものを見出したのだ。
 木々の隙間からチラチラと紅い光が覗いている。
「火の玉? 嘘でしょ……」
 驚きと恐怖に心臓がはね上がる。
 莉緒は顔を強張らせ、揺らめく炎を目で追った。
 幾つもの炎が連なり、須要の山を昇っている。
 ――違う。火の玉なんかじゃない。
 莉緒はすぐに自分の勘違いに気づいた。
 炎の連なりは、松明の灯りだ。
 暗闇と木々が邪魔してよく見えないが、炎の数だけ人間がいるに違いない。村人たちが昇山しているのだ。
 山から視線を離して前方を見遣ると、そこにも松明の群れを発見した。
 山を昇っているのとは別の一団が、山裾に構えられた鳥居を潜ろうとしている。
 村人たちが手にする松明の灯りが、その様を煌々と照らしていた。
「祟り鎮めの儀式だわ」
 直感がそう告げた。
 村人たちは松明を片手に、神社へ向かおうとしているのだ。
 瑞穂が述べた、祟り鎮めの儀式とやらに参加するためだろう。
 とりあえず傍に人がいる。そのことが莉緒の心を勇気づけた。
 ――これで瑞穂を助けることができる。


     「九.鎮めの儀式」へ続く



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