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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Thu
2009.08.13[08:42]
 E組の前まできて、高丸はギクリと足を止めた。
 ドアに填め込まれた窓から教室の内部が見渡せる。その中に白羽美麗の姿を発見したのである。
「アイツ……」
 高丸はきつく眉根を寄せた。
 美麗は一人、教室内をうろつき――やがてある机の前でピタリと立ち止まったのだ。
 椅子を引き、机の中をゴソゴソと探り始める。
 ――茜の席だ。
 そうと気づくなり高丸は勢いよくドアを開け、中に飛び込んでいた。
「オイ、何してんだよ?」
 憤然と美麗に詰め寄る。胸中では激しい怒りが渦巻いていた。
 先刻、美麗は『茜の行方を知らない』と断言した。しかし今、彼女は茜の机を荒らしている。
 最早、関係ないとは言わせない。
「祇園寺先輩……!?」
 美麗がでハッと顔を上げる。
 顎のラインで切り揃えられた髪が、彼女の驚愕を表すように大きく揺れた。
「茜の席で何をしてたんだ?」
 疑心と怒りを孕んだ眼差しで、高丸は高圧的に美麗を睨めつけた。
「そろそろ祇園寺先輩が戻って来る頃だと思って、様子を見に来たんです」
「オレに茜を見つけられたら困るからか?」
「違います! 榊先輩が心配で――」
「何で、アンタが茜の心配をするんだよ? 茜に何かしたのはアンタなんだろ」
 高丸は確信をもって美麗を糾弾した。我知らず、両の拳に力が入る。美麗が否定すればするほど、彼女に対する疑惑と怒りが増してくるのだ。
「あたし、何もしてません」
「茜の机を覗いてたのは何なんだよ?」
「それは……」
 ジロリと美麗を睥睨すると、彼女は躊躇うように口ごもった。
 だが、やがて何かを決意したように毅然と顔を上げ、正面から高丸を見返してくる。
「青蘭の生徒が榊先輩の机に何かをしていたので、不審に思っただけです」
「青蘭の……?」
 直ぐ様、廊下で出会した美少女のことを思い出した。
 あの少女が三階にいたのは、この教室に――茜に何か用事があったからなのだろうか?
 素朴な疑問が生じる。しかし、それは瞬く間に脳裏から締め出された。彼女が学園を訪れたのは放課後だ。昼休み以降、茜が姿を消した件とは無関係だ。
「そんなことは、どーでもいい。茜に何をした? 茜を何処に隠した?」
 高丸は鋭い眼差しで美麗を射抜きながら、ゆっくりと彼女に迫った。
「まだ、あたしを疑ってるんですか?」
「アンタ以外の誰が犯人だっていうんだ?」
「あたし、何も知らないし、何もしてません!」
「アンタこそ、どうあっても嘘を吐き通すんだな。……茜を返せ」
 低い声音で美麗を威嚇する。
 怒りが頂点に達しようとしていた。
 気持ちが昂揚する。
 それに従順に、高丸は敵意を孕んだ眼差しを美麗に向けた。
「茜を返せ」
 グッと拳を握り締める。
 心の奥底で『何か』が目醒めるのをまざまざと感じた。
 激しい怒りに呼応するように、体内が熱を孕む。
「茜を返せ」
 ドクン、と心臓が大きく脈打つ。
 刹那、身体中に電流のようなものが迸った。
「祇園寺……先輩……?」
 美麗が虚を衝かれたように目を丸め、僅かに後ずさる。
「茜を返せ!」
 怒りに任せて叫ぶ。
 転瞬、高丸の全身から白銀の閃光が放たれた。
 バリンッッ!
 けたたましい音を立てて、美麗の背後の窓ガラスが砕け散る。
 室内を流れる空気が、一瞬にして凍てついた。
 床に散乱したガラスには、うっすらと氷の結晶のようなものが付着している。ガラスは急激に凍結され、それに耐えきれなくなって砕けたのだ。
「嘘……? あの噂は……事実だったんですね」
 震える声で呟きながら美麗が高丸を凝視する。彼女の顔は蒼白だ。
「祇園寺先輩が超能力を使えるって、本当だったんですね」
「茜を返せ。次は――外さない」
 高丸は否定も肯定もせずに、鋭い眼光で美麗を睨んだ。
「今のは威嚇ってわけですか。でも、あたし――本当に知らないんですよ。あたしは……ただ祇園寺先輩のことが好きなだけです」
 突如として、美麗の双眸から透明な液体が零れ落ちる。
 高丸はギョッと目を丸めた。
 漲っていたはずの戦意が僅かに緩む。女の子に泣かれるのは苦手だ。
「どうして、あたしを信じてくれないんです? あたしが……大好きな祇園寺先輩を傷つけるようなこと、するわけないじゃないですか」
 美麗は涙を流しながら切々と訴えてくる。
「ちょっ、ちょっと待てよ! アンタ、ホントにオレのことが好きなの?」
「そうです……。まさか先輩、昨日の告白が演技だとでも思ってたんですか?」
 美麗が怒りと哀しみの相俟った眼差しで、高丸を見上げてくる。
「だって、茜を昼飯に誘ってたし――」
「あれは……祇園寺先輩があまりにもツレないので、意地悪したくなったんです。あたしのことは邪険に扱ったのに、松本先輩にはすごく優しいから悔しくなって」
 悪びれた様子もなく、美麗が率直に答える。
 高丸は微かに口許を引きつらせた。
 今朝、確かに高丸は志緒を片手にぶら下げていた。それが美麗の目には『仲睦まじく』見えたらしい……。志緒に嫉妬して、昼休みにささやかな嫌がらせを決行した――と美麗は言っているのだ。
 女の恋心というものは理解できない。
「じゃあ、ホントに茜に何もしてないのか?」
「いつも先輩の傍にいる榊先輩にも少しだけ嫉妬しましたけど……。でも、あたしは誓って何もしてないです。榊先輩とはお弁当を食べてすぐに別れました。――あたしは祇園寺先輩のことが好きなんです」
 美麗がひたむきな眼差しを注いでくる。
 高丸は押し黙り、眉根を寄せた。
 美麗の言葉が正しければ、全て自分の思い違いということになる。勝手に美麗を疑ったのは高丸だ。茜の所在が不明なことに苛立ち、焦り、怒りを美麗にぶつけてしまった……。
 己の勘違いに気付いた瞬間、猛烈に自己に対する羞恥が芽生えた。
 美麗は多分――犯人ではない。
 彼女が嘘を述べていないことは、真摯な声音と表情から察することができる。
「……疑って悪かったな」
 高丸は素直に謝罪した。
 途端、美麗の表情がパッと明るくなる。
「いえ。誤解が解ければ、それでいいんです」
「ホントに悪かった。オレ、短気だからついカッとなって、アンタに酷いことした。――と、ちょっと待てよ。アンタが犯人じゃないなら、一体誰が茜に悪事を働いたんだ?」
 謝罪の言葉を続けているうちに、新たな疑問が迫り上がってくる。
「さあ……。早退したんじゃないですか?」
「そういえば、アンタ『茜の秘密』がどうのこうのって言ってなかったか?」
 唐突に昼休みの美麗の言葉を思い出し、高丸はまじまじと彼女を見つめた。茜がいなくなったのは、何かそれに関係があるのではないかと短絡的に閃いたのだ。
「えっ? ああ、関係ないと思いますけど。秘密と言っても、榊先輩が意図的に隠している事柄じゃないですし……。ただ、知らない人が多いというだけですよ」
 数度瞬きを繰り返した後、美麗が淡々と答える。
 知らない人が多い――おそらく高丸もその中の一人に分類されるのだろう。
 高丸には、それらしい話を茜から聞かされた記憶はない。
『茜の秘密』を探し当てられず、高丸は渋面を造った。
 自分の知らない茜の秘密を美麗は知っているのだ。何となく疎外感と悔しさを感じてしまう。
「知らない人が多い、か……。何だよ、その『茜の秘密』っていうのは?」
「もしかして、本当に知らないんですか?」
 美麗が意表を衝かれたように目を見開く。
 高丸が静かに首肯すると、美麗は僅かな沈黙の後、ゆっくりと唇を開いた。
「榊先輩の秘密というのは、彼が――」
 だが、美麗の言葉は志し半ばで途絶えた。
 不意に、ガラッと教室のドアが開いたのだ。
 新たな人の気配に、高丸は鋭く後ろを振り返った。
 瞬時、双眸に驚きと喜びの光が交錯する。
「茜!」
 教室に入ってきたのは、話題の人物――榊茜本人だったのだ。



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