ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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LIST2 KENJI KINOKUNIYA



 黄昏刻の新宿は、空の明度が落ちるにしたがい徐々に活気づいている。
 多種多様な人々で溢れる歌舞伎町を、紀ノ國屋健治は鼻唄を歌いながら軽快に歩いていた。この先――歌舞伎町のど真ん中に、彼の住居が存在しているのだ。
 iPodでお気に入りの曲を聴きながら、身体全体で軽くリズムを刻む。そうしながら彼は器用に前進を続けていた。
 制服の胸ポケットで携帯電話が振動したのは、目前に『KINOKUNIYA』という派手な電飾看板が見えた時だった。
 紀ノ國屋は片方の耳からイヤホンを引き、胸ポケットから携帯電話を取り出した。相手が誰かも確認せずに着信を受ける。
『なんで先に帰っちゃうのよ、健治く~ん』
 ケータイから聞こえてきたのは、松本志緒の声だ。声音には怒りと非難が込められている。
「あ? 何かオレに用かよ?」
 不満そうな志緒の声を聞き、紀ノ國屋は眉をひそめた。
『あっ、ひっど~い! 今日、志緒とデートする約束したのにぃ~! 忘れちゃったの?』
 志緒の声はますます不機嫌になってゆく。
 言われて、紀ノ國屋は昼休みに志緒と映画を観る約束をしたことを思い出した。映画を観て、食事をする――それを志緒が『デート』だと定義しているのなら、約束とは間違いなくそのことだろう。
「悪い。すっかり忘れてたわ。――んで、今、何処にいんだよ、おまえ?」
『えっ? 来てくれるの、健治くん!?』
「一応、約束だからな。で、何処にいんだよ?」
『志緒ねぇ、今、渋谷の109』
「オッケー。んじゃ、今からそっち行くわ」
『うん! だから志緒、健治くん大好き~! 大大大好き~!』
「ハイハイハイハイハイ……。じゃ、後でな」
 耳元で甲高い声をあげられて、紀ノ國屋は咄嗟に電話を離していた。志緒の言葉を軽く受け流し、通話を切る。
 苦笑いを浮かべ、電話をポケットに戻した時、目前に黒い影がぬっと出現した。
 口許を引きつらせて顔を上げる。
 頭一つ高い位置に、精悍な青年の顔を発見した――今井という紀ノ國屋専属の護衛だった。
「ぼっちゃん。どちらへお行きになるおつもりですか?」
「ちょっと志緒と映画観てくるだけだよ」
「松本のお嬢には、和泉田様というご婚約者がおありです」
「だからどうした? 関係ないね」
 吐き捨てるように紀ノ國屋が言うと、今井は露骨に落胆の溜息を洩らした。
「ぼっちゃんは、創業三百年の伝統を誇る『紀ノ國屋酒造』――ひいては『紀ノ國屋グループ』の次期会長となられる御方です。その辺のことを、もう少しお考え下さい」
 今井の指が、背後の『KINOKUNIYA』ビルを指し示す。
 三十階建ての巨大なビルだ。紀ノ國屋の実家は、江戸時代から日本酒の醸造を行ってきた老舗の酒屋だ。父の代から酒類全般のディスカウントストア経営にも触手を伸ばし、現在全国津々浦々にチェーン店を構える一大企業に成り上がっている。酒屋とその他諸々を含む『紀ノ國屋グループ』の跡取り息子が、紀ノ國屋健治なのである。
「ぼっちゃんには自覚が欠けているのです。本来ならば登下校の護衛も私のお役目ですのに、ぼっちゃんはすぐに隙を見ては逃げ出しますし……。私がお傍にいない時に、拉致でもされたらどうするんです?」
 今井はくどくどとお説教をし始める。まだ二五歳だが言うことが堅苦しい。
「ぼっちゃんに何かありましたら、私は生きてはいけま――」
「オレを誘拐しようなんていう奇特な奴はいねーよ!」
 ぞんざいに今井の言葉を遮断し、紀ノ國屋は俊敏に身を返して駆け出した。
「あっ、ぼっちゃん! 何処へ!?」
「その『ぼっちゃん』ってゆーのも、やめろ! 不愉快だ!」
 振り返らずに叫び、紀ノ國屋は脱兎の如く走り続けた。
 勝手知ったる歌舞伎町の裏路地を全力疾走で駆け抜け、今井を撒くことにのみ集中する。
 数分走ったところで、不意に背後からガシッと肩を掴まれた。
「しつこいぜ、今井!」
 苛立たしげに背後を顧みる。
 刹那、腹部に鈍い衝撃が訪れた。
「――なっ……!」
 一瞬後、衝撃は鋭利な痛みとなって腹部を襲った。
 あまりの激痛に思考が止まり、身体が崩れる。
 痛みに額から冷や汗が流れ、意識が遠くなる。
 それでも紀ノ國屋は自分を殴った男の顔を見ようと顔を上げた。
 霞んだ視界に入ってきたのは、慣れ親しんだ護衛の顔ではなく、見知らぬ下卑た男の顔だった……。



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2009.08.14 / Top↑
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