ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「よっ、茜!」
 朝練帰りの廊下――生徒玄関前で、祇園寺高丸は榊茜と出会した。
 憮然とした表情で振り返る茜を見て、高丸は無意識に苦笑いを浮かべていた。茜の手にはいつもの如く夥しい数の手紙が握られている。
「また来てんのかよ、例のヤツ?」
 苦々しげな口調で問いかけると、茜は無言で頷いた。
 意味深な眼差しが手にしたピンク色の封筒に流される。差出人不明の例の熱烈ラブレターだ。
「まっ、あんま気にすんなよ! 手紙だけなら、直接被害があるわけじゃないんだし」
「……そうだな」
 茜は渋々といった感じで頷き、ラブレターの山を鞄にしまい込む。
「たっかまるく~ん!」
 明るく弾んだ声が聞こえたのは、ちょうどその時だった。
 生徒たちでごった返す廊下の前方に、松本志緒のフワフワした頭と黒井馨の姿を発見した。
 ――朝から嫌なメンツ……。
 胸中で率直な感想を述べる。
 だが、教室がある新校舎へ向かうためには、そこは避けて通れないポイント――新校舎に入ってすぐのとろこにある階段前だった。
「おっはよう! 高丸くんに茜くん!」
「おはよう、諸君。朝から君たちの美しい姿に出逢えるとは、僕は感激のあまりに胸が押し潰されてしまいそうだよ」
 志緒と馨がにこやかに挨拶を述べてくる。
「勝手に押し潰されてろよ」
「おはようございます」
 大仰に胸に手を当てている馨に高丸は冷たい一瞥を与え、茜は儀礼的な挨拶を返した。
「ああ、二人ともそんなムスッとした表情をして! 美貌が台無しではないか! 僕は美しいものが好きなんだ。無論、君たちのことも愛している。それゆえに君たちの憂鬱な顔は、僕を悲しませるのだよ!」
 馨は、詩でも朗読しているかのように大袈裟な抑揚を付けて言葉を連ねる。
 そんな馨を見て、高丸は溜息を落とした。いくら慣れたとはいえ、馨の相手をするのは疲れる。『よくこんな変人が教師になれたな』と常々疑問に思ってしまう。
「だーかーらー、勝手に悲しんでろ!」
 素っ気なく馨を突き放し、高丸は二人の脇を擦り抜けようとした。
「あっ、待ってよ、高丸く~ん!」
 しかし、逃げようとした瞬間、高丸の腕にガシッと志緒がしがみついてきたのだ。
「ねえねえ――健治くん、見なかった?」
「あ? 見てないけど。なあ、茜」
 同意を求めるように茜に視線を流す。
「紀ノ國屋の動向なんて、俺は知らないよ」
 茜が答えた途端、志緒の顔が曇った。
「健治くん、どうしちゃったんだろ?」
「……何かあったのかよ?」
 志緒の芳しくない表情に気付き、高丸は一応訊ねてみることにした。
「聞いてよ、高丸く~ん! 健治くんたら酷いの~! 昨日デートの約束したのに、志緒、すっぽかされちゃったんだから! ケータイに電話しても無視されるし……」
 志緒の頬が不満を具現するようにプウッと大きく膨らむ。デートがご破算になったことが、かなり不服らしい……。
「紀ノ國屋が約束を忘れるなんて、いつものことだろ? あんま気にすんなよ」
 高丸は苦笑混じりに慰めの言葉を紡いだ。さほど心配する必要はない。紀ノ國屋がいい加減なのは、当たり前。頻繁に起こることだ。
「そうそう。悩むだけ時間の無駄だよ、松本。――じゃ、行こうか、高丸」
 茜が困ったような微笑を湛えた後、素早く高丸を促す。
 高丸は従順に頷いた。馨の持論を説かれるのも、志緒の愚痴に耳を傾けるのも、できることならば遠慮したい。
「おお、そうだ! 待ちたまえ、諸君!」
 だが、二人揃って階段に足をかけたところで、またしても呼び止められてしまった。
「先月の卒業式の写真が出来上がったのだよ! 見ていきたまえ!」
 馨が喜々とした様子で手招きする。
 高丸がうんざりした表情で振り返ると、馨はスーツの胸元から巨大な封筒を取り出した。その中に『卒業式の写真』が入っているに相違ない。
 馨は、学園のアイドルたちの写真を高額で生徒に売り捌いていることでも有名だ。
 変人教師の審美眼に適ったアイドルとやらに、高丸と茜も含まれているらしいのだ。
「卒業式の写真なんて、別に見たくないよ。オレたちが主役だったわけでもないし」
 高丸が冷たく言い放つのも、馨の耳には届いていないようだった。彼は封筒の中から夥しい数の写真を取り出し、選別を始めている。
「まあまあ、そうつれないことは言わずに。……えーっと、これが祇園寺君。こっちが榊君。松本君はこれだ。うむ。流石は僕が被写体に選び、僕が自ら撮影しただけのことはある。どれも素晴らしい写りじゃないか!」
 パパパッと三人の手に写真を配り、馨は満足そうに頷いている。
「わ~い! ありがと、馨先生!」
「……自分の写真なんかいらないって。茜の写真を貰った方がまだマシだ」
 素直に喜ぶ志緒を尻目に、高丸は深い溜息を落とした。
 直後、茜が苦々しい表情で高丸の手に自分の写真を押し付けてくる。
「やる。――けど、俺は高丸の写真なんかいらないからな」
 厄介物を高丸に託してスッキリしたのか、茜は嫌味を吐き、ヒョイと肩を竦めてみせた。
「あっ、ひでぇ……。でも、まっ、いいか。茜の写真は遠慮なく貰っとこ」
「相変わらず、寒い奴……」
 呆れる茜に構わず、高丸は自分と茜の写真をまとめて制服の胸ポケットに仕舞った。
「ねえねえ、馨先生。これって売り物じゃないの? 貰っちゃって平気なの~?」
「心配には及ばないよ。君たちは被写体本人ではないか! 君たち無くして僕の商売は成り立たない――っと、おお、そこにいるのは毛利君ではないか! 君の麗しい写真もあるのだよ。ちょっと見たまえ!」
 馨の双眸が新たな獲物を見付け、爛々と輝く。
 旧校舎から続く長い廊下を、一人の少女が歩いてくるところだった。ショーットカットの似合う凛々しい少女だ。
 毛利さゆみ――三年B組在籍の生徒会書記。直杉と同じ弓道部の副主将でもある。
「おはようございます、黒井先生」
 颯爽とした身のこなしで馨の前までくると、さゆみは薄笑みを浮かべ、会釈した。
「毛利君、これ、いい写りだと思わないかい?」
 馨は慣れた手付きで写真を選別し、さゆみの眼前に差し出す。
「自分の写真など興味はありません。どうせ貰うなら、徳川の写真が欲しいですね」
 さゆみが薄笑みを顔面に張り付けたまま、自分の写真を静かに押し返す。
 ――毎日部活で顔合わせてるのに、徳川の写真が欲しいなんて奇特な奴だ。
 高丸はさゆみをチラリと盗み見た。薄笑みに覆われた横顔からは、何の感情も見出せない。
「おお、もちろんだとも! では、毛利君には特別に徳川君の写真を贈呈しよう!」
 意気揚々と告げ、馨は直杉の写真をさゆみに手渡すのだ。
「ありがとうございます」
 さゆみは貰った写真を一瞥すると、来た時と同じように会釈し、身を転じた。
 敏捷な足取りで階段を昇り、高丸たちの脇を擦り抜けて行く。整った顔には、相変わらず不可解な笑みが刻まれていた。
「ああ、さゆみちゃんだけズル~イ! 志緒もナオちゃんの写真が欲し~い!」
「ハイハイ。松本君にも特別に進呈しよう」
「健治くんと高丸くんと茜くんのもね~!」
 だだをこねる子供のように志緒が馨に絡みついている。
 高丸と茜は自然と顔を見合わせ、苦笑を零した。
 この隙に、さっさと教室へ逃げてしまうべきだろう。
 二人揃って志緒たちに背を返し、階段を昇り始める。
 直後、背後で慇懃な男の声が響いた。
「やあ、黒井先生。お父上は元気かね?」
 その声に誘われるように、高丸は思わず首だけで後ろを顧みてしまった。
  階下に姿を現したのは、理事長代理・和泉田雄一郎と学園長・篠田三次だ。
「そろそろ職員会議が始まりますぞ。生徒諸君も教室に入りなさい」
 穏やかな笑みを浮かべながら、和泉田が周囲の生徒たちに視線を配っている。
「狸オヤジが二人……。朝から嫌なものを見た。早く教室に行こう、高丸」
 和泉田と篠田に冷たい視線を送り、茜がフンッと軽く鼻を鳴らす。彼は高丸を促すようにして、再び階段を昇り出した。
 高丸は自然と茜に倣った。学園を取り仕切るあの二人が苦手なのは、高丸も同じだ。殊に篠田には『超能力に関する噂』を知られているらしいので、あまりお近付きにはなりたくない。
「そういや、理事長代理って和泉田の親父なんだよな」
 茜の隣に並びながら、高丸は何気なく呟いた。
 父親が学園の理事長代理で息子が生徒会長とは、随分と優秀な家系であるらしい。
「親子で学園を牛耳ってる、ってわけか。……あれ? でも、理事長『代理』ってことは、正式な理事長が他にいるってことだよな?」
「当然だろ。まっ、誰が理事長でも別に構わないけど」
 茜の応えは素っ気ない。彼は真の理事長について、さほど関心も興味も抱いてはいないらしい。
 高丸も特別気になったわけではない。ただ、自分が正式な理事長の名前すらも知らないことに入学三年目にして気付き、疑問に思っただけだ。
 ――真の理事長って、どんな奴なんだろ?
 ボンヤリとそんなことを考えた時、朝の喧噪を掻き消すようにして予鈴が鳴った。


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2009.08.15 / Top↑
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