ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 ……また、携帯電話が振動している。
 紀ノ國屋健治は、混濁した意識の中でボンヤリと小さな振動を感じ取った。
 胸ポケットに入れた携帯電話は、昨夜から何度も何度も着信を告げている。
 しかし、身柄を拘束され、意識が昏迷している今の紀ノ國屋には、どうすることもできなかった。
 ――どうして、こんなことに……?
 思い当たるのは昨日の朝、校庭で悠南と派手に言い争ったことくらいしかない。
 あんな些細な出来事で恨まれ、挙げ句こんな暴挙に出られるとは――不愉快だ。
 理不尽だ。
 迷惑以外の何ものでもない。
 ――何がどうなってるんだ?
 意識が朦朧としているせいか、状況がうまく把握できない。
 樹生は『和泉田先輩のためだ』と言っていた。
 悠南が自分を憎悪するのは、志緒が絡んでいるからだろう……。
 それにしても、そんな理由だけで拉致まで考えるだろうか?
 悠南が私怨だけで動いているようには思えない。
 この真新しい匂いの漂う室内は、ビルか何かの一室なのだろう。そこを押さえ、紀ノ國屋一人のために屈強のガードマンを雇う――それだけの経済力と組織力が働いているというこだ。
 そもそも紀ノ國屋を拉致するという試みは、非常に危険なものだ。全国に支配力を持つ『紀ノ國屋グループ』の反感を買うことになるのだから……。
 それを承知で事を起こしたとすれば、敵は『紀ノ國屋グループ』と同等もしくはそれ以上の力の持ち主ということになる。
 これは悠南個人ではなく、樹生を含む生徒会執行部の陰謀なのかもしれない。
 聖華学園は名門と謳われることだけあり、生徒の大半が資産家や政治家の子息だ。当然、生徒会執行部の親もそれなりの財力・組織力を持っている。彼らの親の力が働いている可能性は強い。親の力を借用して、彼らは紀ノ國屋を拉致したのだろう。
 しかし、そう仮定するとますます理由が解せない。生徒会を敵に回した覚えも、生徒会に危険人物として見なされる要素もない――ないはずだ。
 ブルブルブルッ……。
 胸の辺りでまだ携帯電話は振動し続けている。
 おそらく志緒だろう。
 ――志緒……。
 紀ノ國屋は胸中で呟いた。
 全身がひどく怠いせいで口を開くのも億劫だ。
 ――志緒……。
 低迷する意識の中で、紀ノ國屋は志緒の名を呼び続けた。
 この心の声が、彼女に伝わるかどうかは解らない。だが、仲間内で声を受信できる《力》を持つ者は彼女しかいない。
 紀ノ國屋は混沌とした頭を懸命に稼働させながら、根気よく志緒に呼びかけた。
 ――志緒……。
 だが一分も経たないうちに、急激に意識が闇に呑まれた――


    *


 教師の流暢な英語が教室内に流れている。
 今は五時限目。英語の授業の真っ最中だ。
 だが、松本志緒は教師の英語など全く聞いてはいなかった。
 教科書とノートを開いてはいるものの、じっと耳を傾けているのは別の事柄に対してだった。
 ――志緒……。
 不意に、英語教師の声と重なって、耳の奥――直接脳に響くような声が聴こえた。
「健治くん?」
 ――志緒……。
 繰り返されるのは、紛れもなく紀ノ國屋健治の声だ。
 だが、思念が微弱すぎる。
 紀ノ國屋の声だということは辛うじて解るものの、彼の措かれた状況も居場所も特定できない。
 もっと声をはっきり捉えようと、懸命に耳を澄ます。
 しかし紀ノ國屋の声は、それ以降全く聴こえてはこなかった。
 志緒は苛立ちともどかしさを抑えるように、きつく唇を噛み締めた。


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2009.08.15 / Top↑
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