ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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九.鎮めの儀式



 期待に胸を弾ませ、松明の群れに接近した。
 近づくにつれて視野が明るく開け、火の爆ぜる音が耳に届くようになる。
 大きな灰色の鳥居と、その下に集う人々の顔が炎に照らされて奇妙な陰影を創り出していた。
 松明を持つのは、みな男性だ。莉緒の知った顔から知らない顔まで様々な男たちがいる。
「待って!」
 莉緒は縋るように大声を張り上げた。
 石段を昇りかけていた一団が立ち止まり、胡乱げに莉緒を見下ろす。
「誰だ!?」
 莉緒の知らぬ中年の男が、鋭く誰何の声を放つ。
 松明を持たない男の両手が素早く前に突き出されたのを見て、莉緒は慌てて足にブレーキをかけた。
「わっ……!」
 驚愕に息を呑む。
 男が突きつけたのは、狩猟用の銃としか思えなかったのだ。
 長い銃身を持つ猟銃に生理的な恐怖を感じて、莉緒は反射的に両手を挙げていた。
「おまえは誰だ?」
 男が銃を構えたままもう一度問う。
 応えようと思うのだが、口元が引きつって言葉が出なかった。深淵の闇のような銃口に睨まれ、全身が竦んでいる。
「権田さん、止めて下さいっ!」
 不意に、耳慣れた声が響いた。
 石段を細い人影が焦ったように駆け下りてくる。
「それは、うちの莉緒です」
 緊迫した様子で男の元へ駆け寄ったのは、叔父の亮介だった。
「なんだ、蕪木先生のとこの姪っ子か」
 権田と呼ばれた男が気の抜けたような溜息を洩らし、静かに銃を降ろす。
 莉緒は銃口が自分から逸れたことと亮介の出現に大いに安堵し、次に虚脱した。挙げていた両手がダラリと垂れ、口がだらしなく半開きになる。
「どうしてこんな所にいるんだ? 家にいろ――って書き置きしただろう」
 亮介の非難の眼差しが莉緒に注がれる。
「助けて、叔父さん……」
 莉緒は上目遣いに亮介を見つめた。
 目の前の人物が紛れもなく叔父であることを確認した途端、不覚にも目頭が熱くなった。再度大きな安堵感が胸に去来し、瞳からボロボロと涙が零れ落ちた。
「……怪我人がいるの」
 莉緒は震える唇を必死に動かし、背後の森を指差した。
「怪我をしてるのは莉緒じゃないか」
 上から下まで莉緒を眺め、亮介が渋面を湛える。
 莉緒は自分の足に視線を落とした。無数の切り傷が足を覆い尽くしているが、瑞穂を襲った惨状に比べるとあまりにも陳腐なものだ。
「叔父さん――」
 顔を上げかけ、莉緒はハッと息を呑んだ。
 亮介は松明を手にしていない。その代わり彼の片手には、往診用の診察鞄が握られていた。
 それを目にした瞬間、心に希望の光が射し込んだ。瑞穂は重傷だが、亮介の知識と医療品があれば助かるかもしれない。
「瑞穂が酷い怪我をしてるの。垣見の森で助けを待ってるのよ。お願い、瑞穂を助けて!」
 莉緒は手の甲で涙を拭いながら、悲鳴じみた声で訴えた。
「どういうことだ。一体何があったんだ?」
「瑞穂がどうしたんだね」
 亮介の疑問に覆い被さるように、逼迫した老人の声が響き渡った。
 瑞穂の祖父――坂源二が群衆の中から抜け出してきたのだ。
「あの子はもう……生きてはいないのかな?」
 源二が何かを諦観したようなか細い声で訊ねてくる。
 半ば皺に埋もれた思慮深い目に見つめられ、莉緒はまた泣きたい衝動に駆られた。
 源二は知っている。
 彼は孫娘が日本刀を持ち出し、何を成そうとしていたのか知っていたのだ。
「莉緒ちゃん、覚悟はできている。事実を言ってくれ」
「……生きてる。酷い怪我を負ってるけど、ちゃんと生きてるわっ! でも、どうしていいのか解らないの。瑞穂はあいつに――アーサーにやられたのよっ!」
 莉緒の激白に周囲の男たちがどよめいた。
 ある者は嫌悪に顔をしかめ、またある者は恐怖に顔を引きつらせる。
「本当なのか?」
 亮介が恐る恐る確認の問いかけをしてくる。
 莉緒が頷くと、亮介の顔は沈鬱に翳った。
「瑞穂……」
 源二が放心の体で孫娘の名を呼び、その場に崩れ落ちる。膝が地面にぶつかり、小さな頭が哀しみを表すように項垂れた。
「叔父さんしかいないの。叔父さんなら瑞穂を助けられるでしょう?」
「しかし、アサにやられたとなると――」
 亮介が芳しくない表情を湛え、自信がなそうに口ごもる。
 すると、意を決したように源二が顔を上げた。
「蕪木先生、わしからもお願いします。どうか瑞穂を助けてやって下さい」
 源二は亮介に向かって深々と頭を下げた。
「源さん、あんたの気持ちも解るが――諦めろ。アサにやられたんじゃ、助からない」
 猟銃を抱えた権田が気の毒そうに源二を見下ろす。
「アサに噛まれて生き延びた奴はいない」
「アサに血を吸われれば、死ぬしかないんじゃ。源さん、先生に無理を言っちゃいかん」
 全ての男たちが諦念たっぷりの眼差しで源二を見つめていた。
 可哀相だがどうにもならない、と男たちは源二に残酷な言葉を突きつけている。
「そんなの、やってみなきゃ解らないじゃない! 瑞穂は生きてるのよっ! もう死んでるみたいに言わないでっ!!」
 男たちの態度に痺れを切らし、莉緒は金切り声で叫んだ。憤怒の形相で男たちを睨む。
 男たちは困ったように顔を見合わせ、嘆かわしげに溜息をついた。
「莉緒ちゃん、いいんだ。みんなの言うことは正しいんだよ」
 源二がゆっくりと面を上げる。
 孫娘を襲った悲劇に衝撃を受けているようだったが、彼の目は死んではいなかった。哀しみに押し潰されまい、というように源二はしっかりと亮介を見上げた。
「わしにもよく解っている。それでも――行ってみてはくれんかな。このままじゃ、諦めきれん。たとえ死ぬ運命にあろうとも、行くだけ行ってみてはくれないだろうか? お願いします。お願いします、先生」
 源二の頭が再び地に擦りつけられる。
 亮介は思案するように天を仰いだ。
 不吉な輝きを放つ月をしばし睨めつけてから、彼はゆるりと視線を源二へ戻した。
「解りました。手は尽くします」
 亮介の返答に、莉緒と源二は驚喜に目を見開き、村の男たちはやれやれとというように一斉に首を振った。
「俺も医者ですからね。怪我人を放っておくわけにはいかない。何より、莉緒と源さんに頼まれちゃ、断れない」
 亮介の口元に微笑が刻まれる。
「本当に行ってくれるの?」
 莉緒が問うと、亮介は当然だというように力強く頷いた。
 アーサーに対する憤懣なのか、医者としての使命感が決断させたのか、亮介の顔に迷いはなかった。
「ありがとう、先生。瑞穂を頼みます」
 涙ぐんだ声で源二が感謝の意を述べる。
 亮介は微笑を浮かべたまま地に跪いている源二に手を差し伸べ、そっと立ち上がらせた。
「可能な限りのことはします。その代わり、莉緒をお願いしてもいいですか? 今夜は危険なので一人にはさせないで下さい。――莉緒、瑞穂ちゃんはどこなんだ?」
「垣見の森よ。奥の岩場のところにいるの」
 莉緒が告げると、亮介は一つ頷き、診察鞄の中から懐中電灯を取り出した。
「先生、気休めにしかならんが持って行け」
 権田が重苦しい溜息を吐き出しながら、亮介に何かを放り投げる。
 飛んできたのは、長さ三十センチ弱のナイフだった。
 革の鞘に納まったナイフを上着のポケットにしまうと、亮介は男たちに会釈し、懐中電灯のスイッチを入れた。身を翻し、小さな光を頼りに垣見の森へと向かい始める。
「叔父さん、ありがとう!」
 莉緒は遠ざかる叔父の背に向かって叫んだ。
 莉緒がここにいる理由を追及するわけでも責め立てるわけでもなく、瑞穂の治療を引き受けてくれた亮介に心底感謝していた。
 こちらを振り返らずに、亮介が軽く懐中電灯を持つ手を振る。
 その姿が闇に呑み込まれるようにして消えると、石段で成り行きを見守っていた男たちが行動を開始した。
「源さん、祟り鎮めに向かおう」
 権田が促す。
 莉緒が視線をそちらに向けると、男たちが松明や武器を片手にゾロゾロと石段昇りを再開させたところだった。
「瑞穂のことは先生に任せるしかない。わしが行っても、何もしてやれんからな」
 源二が己に言い聞かせるかのように悄然と独り言ちる。
 源二もまた自分と同じように己の無力さを呪っているのだと知り、莉緒の胸は鈍痛を発した。
 この異常事態に際して、何もできなくて当たり前なのかもしれないし、誰もそれを責めたりはしないのかもしれない。それでも対処する術を持たない自分に、口惜しさと忸怩たる想いがわき上がってきた。
「ごめんなさい。わたし、傍にいたのに……」
「莉緒ちゃんのせいじゃない。瑞穂は自分で決意したことを実行しただけじゃ。己の意志を貫き通したのだから、悔いはなかろう」
 源二がまた自分自身に語りかけるように言葉を紡ぐ。
「何にせよ、後は蕪木先生に委ねるしかない。皆から離れるのは危険だ。さあ、行こう」
 源二に誘われて、莉緒は逡巡した。
 ――神社に行く前に、神栖くんを訪ねてみるべきかしら?
 神栖家に視線を投げる。
 築地塀に囲われた日本家屋からは、明かり一つ洩れていない。
 闇に包まれた屋敷は静寂そのものだ。
 とても人が在宅しているようには見えない。
 倫太郎も使用人も、祟り鎮めのために山に昇っているのだろう。
 ――神栖くんも山に行ったのかもしれない。
 脳裏に神栖玲の麗姿が浮かび上がる。
 玲は要の身をひどく案じていた。
 初対面の莉緒に村から連れ出してくれと頼むほど、要のことを心配していた。それほどまでに要を気に懸けている玲だ。彼が幼なじみを助けるために神社へ赴いている可能性は高い。
「莉緒ちゃん、行くよ」
 源二が軽く莉緒の腕を引っ張る。
 莉緒は慌てて我に返り、神栖屋敷から視線を背けた。
 ――まずは神社に行ってみるしかない。
 祟り鎮めの儀式が始まる前に要を助け出すのだ。
 神社に玲がいるなら、彼もきっと力を貸してくれるだろう。
 莉緒は決意を固めると、源二と並んで神社へと続く石段を昇り始めた。



ジュヴナイルのはずですが……ここから登場人物の年齢がちょっと(?)上がってます(;´▽`A``
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2009.08.15 / Top↑
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