ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 長い石段を昇り、第二の鳥居を抜けると、そこはもう須要神社の境内だった。
 木々に囲まれた境内は、無数の松明で彩られている。
 莉緒は源二とともに石畳を進んで境内に足を踏み入れた。
 石畳の左右には玉砂利が敷き詰められている。
 そこに、村の男たちが集っていた。パッと見ただけでは正確な人数を把握することはできないが、百人以上の男たちが境内に押しかけているようだった。
 須要神社の境内は、人いきれと松明の炎によって真夏のような熱気に包まれている。
 石畳の正面には短い階段が設えらていた。
 階段の先は神殿だ。
 木造の古めかしい神社には、煌々と明かりが灯っている。
 襖が閉じられているため、神殿の奥で何が行われているのかは判らない。時折、人影が障子に映り込むので、中に人間がいることは察知できた。
 おそらく、須要神社の神主――要の父親などが儀式の準備をしているのだろう。
 神殿から右に視線を流すと、少し奥まったところに第三の鳥居を発見した。
 注連縄が飾られた鳥居の向こうには、両開きの鉄扉が填められた祠がある。
 あれが、忌まわしき石の祠――殺人鬼アーサーの住処へと続く地下道の入口に違いない。
 莉緒は石造りの祠に嫌悪の眼差しを向けてから、更に視線を右へ移した。
 境内の隅には、須玖里家の自宅がひっそりと存在している。だが、そこは神栖家と同じく真っ暗だった。
 ――要くん、どこなの?
 じわじわと胸に焦燥感が募ってくる。
 ――神栖くんは来てないの?
 莉緒は境内に集う男たちを眺めた。
 しかし、その中に神栖玲の顔を発見することはできなかった。
 玲が来ていないという事実に、狼狽と落胆を同時に覚えた。玲なら絶対に来ている、という確信は脆くも崩れ去ってしまったのだ。
 ――神殿へ行ってみるしかない。
 要を見つけた後、どうやって彼を助け、ここから逃げ出すかについては、具体的な案も策も何一つなかった。
 妙案など思いつかない。
 だが、手を拱いているのは嫌だった。
 とにかく行動を起こさなければならない。
 まずは要が神殿にいるかどうかを確かめるのだ。
 莉緒は深呼吸を一つし、両の拳を握り締めた。
 神殿へ向けて足を踏み出す。その瞬間、軽く腕を引かれた。
「莉緒ちゃん、帰ろう」
 源二が掠れ声で呟く。
「蕪木先生に言われて連れてきてしまったが、やっぱり莉緒ちゃんが見るようなもんじゃない。わしと一緒に北へ帰ろう」
「そんなの駄目よ。わたし、要くんを助けるために来たのよ。瑞穂と約束したの」
「瑞穂の気持ちも解るが、これだけは……どうにもならん。祟り鎮めを中止すれば、新たな犠牲者が出る。それを防ぐために、わしらの先祖は《要》を作った」
「要を――作った? どういう意味なの?」
 莉緒は渋面で源二を見返した。
 幕末の世からたくさんの子を育み、要という名を幾人もの子供たちに与えてきた須玖里家。
 要と命名された人間が全て、若くして生命を落としている不可解さ。
 それらが祟り鎮めの儀式に繋がっていることに、莉緒は今、漠然と思い至った。
 要とは、儀式に必要不可欠な存在。
 アーサーの殺戮から村を護るために、昔の村民が苦肉の策として生み出したモノ。
 生まれた時より死を定められた、悲劇的な存在――
 脳が弾き出した一つの答えに、莉緒は慄然とした。
 目の前が真っ暗になるような絶望感に襲われる。
「……そんなこと、あっていいの? ねえ源さん、許されるの? 昔からこんなことが繰り返されてるの? おかしいよ――狂ってるわっ!」
 莉緒は恐怖と憤怒に全身を震わせ、喚いた。
 男たちが何事かとこちらを振り向いたが、構わなかった。
「昔から須玖里の要を犠牲にしてきたの? 生贄として、アーサーに捧げてきたの!?」
「アサの狂気を鎮めるには、人間の生き血が必要なんじゃよ」
 源二は否定しなかった。
 莉緒の辿り着いた答えが正解だ、と無情にも肯定したのだ。
「だからって、どうして要くんなの?」
「遙かな昔、アサをこの村に定住させたのは須玖里の者だ。だから、須玖里はその役を買って出た。神主は生贄選びに逡巡しないように、その役目を担う子供に《要》という名を与えてきたんじゃ。月が平常に戻り、アサの狂気が鎮まるまで、須玖里は村のために生贄を捧げ続ける。最初に差し出される生贄は、みな決まって《要》なんだよ。十八年前には要くんの叔父が、五年前には叔母が――」
「そして今度は、要くんの番ってわけ?」
 莉緒は荒々しく源二の言葉を遮った。

 江戸時代末期、須玖里家は村を護るために生贄を輩出する道を選んだ。
 神主は子供たちの中から誰を差し出すか思い悩まないように、生贄には《要》と名づけてきた。
 最初の要で効果がなければ、次の要、それでも駄目な時は血族の中から誰かを選出してきたのだろう。
 あまりにも残酷で馬鹿馬鹿しい因習だ。
 いくら村のためだとはいえ、須玖里の者は――幾人もの要は、『要だから』という理由だけで生命を投げ出してきたのだ。
 瑞穂も玲も当然それを知っていた。
 要自身も己が生贄であることを知っていた。
 村人たちも然り……。
 おまえが死ねばよかったんだ、という要に投げつけられた容赦のない言葉。
『僕が神主になることは一生ない』と、自嘲気味に吐き捨てた要。
 村から出て行け。ついでに要も連れて行け――そう軽口を叩きながらも、真摯に莉緒に訴えかけていた玲。
 昨日からの出来事が、走馬燈のように莉緒の脳内を駆け巡った。
 村人たちはみな、村で何が起こっていて、それを鎮めるための儀式が行われるだろうことを知っていたのだ。

 知らないのは、莉緒一人だけだったのだ。

「何が……祟り鎮めの儀式よ。嫌なことは全部、須玖里に押しつけてるだけじゃない!」
 莉緒は怒りに全身を戦慄かせながら足を踏み出した。
 男たちが驚愕の眼差しを向けてくる中、憤然と石畳を突き進む。
「みんながアーサーと闘うことを放棄したから、いけないんじゃない! なのに、どうして要くん一人に背負わせるのよ。村から犠牲者が出なければ要くんを見捨ててもいいだなんて、おかしいわ! 間違ってるわ。どうして誰も闘わないのよ? あいつと闘って、平和な日常を勝ち取ろうとしないのよ!」
 瑞穂の十分の一でも村人たちに勇気と決断力があれば、アーサーを斃すことだって不可能ではないのかもしれない。
 だが、村人たちは疾うに諦め切っている。
 紅い月が出ている間は須玖里から贄を出しておけばいい、という捻曲がった固定観念に捕らわれている。
 自分の身が安全なら要を犠牲にしても構わない――幕末からずっと、そんな怠惰で傲慢な考えが村中に染み渡っているのだ。
 紅い月の呪縛から要を助けようと奮起し、アーサーに立ち向かった瑞穂。
 十代の少女が決断したことを、この村の男たちは誰一人として実行に移せないのだ。
 情けなさすぎて涙が出てくる。
「生贄を選ぶより、諸悪の根源であるアーサーを討ち取る方が先でしょ!」
 莉緒は涙で潤んだ双眸で神殿を見据えた。
 神殿へと続く短い階段に足をかける。
 ほぼ同時に、スッと襖が開いた。
「あの鬼は不死身だ。斃す術があるというのならば、是非教えてほしいものだな」
 渋い声が莉緒に投げつけられる。
 襖から出てきたのは、須玖里要と和服姿の老人だった。
「アサを斃せば、村は確実に平和を取り戻せるだろう。だが、その方法がないのだから仕方あるまい。村が被る厄災を最小限に留めるには、生贄を捧げるしかないのだ」
 木製の杖を手にした老人が、厳しい眼差しで莉緒を睥睨する。
 肩までの白髪に、顎に蓄えられた見事な髭。厳格さを漂わせる顔には見覚えがあった。青蘭学園のパンフレットの中に、その顔写真が載っていたはずだ。
「理想論だけでは、村を護ることはできん」
 険しい口調で莉緒の意見を一蹴したのは、緋月村の村長――神栖倫太郎だった。



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2009.08.16 / Top↑
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