ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 紀ノ國屋健治は、ゆっくりと瞼を開いた。
 視界に入るのは、既に見慣れてしまった薄暗い室内の光景だけだ。
 拉致されてからどれほどの時が流れたのかは皆目見当もつかない。
 朦朧とした目醒めを感じては、すぐにまたアブサンを呑まされ、意識を失う――その繰り返しだった。
 だが、今回は状況が微妙に異なるらしい。目醒めに不快感を覚えなかった。頭もスッキリしているし、身体も軽い。アブサンの効力が完全に消失しているのだ。
「起きたのか、紀ノ國屋健治」
 フンッと小さく鼻を鳴らしながら、一つの影が接近してくる。
 和泉田悠南が敵意を剥き出しにした双眸を投げ付けていた。
「テメェ……ふざけんよ! 何で、オレがこんな目に遭わなきゃいけねーんだよっ!」
 嫌な視線を注いでくる悠南を、紀ノ國屋は上目遣いでキッと睨めつけた。
「紀ノ國屋健治。貴様は邪魔なんだよ。貴様の存在自体が、僕は赦せない」
 余裕綽々の落ち着き払った態度で悠南が冷笑を浮かべる。
「……何の目的があって、こんなことするんだよ?」
「紀ノ國屋健治。貴様のせいで、僕はしーちゃんに『大嫌い』とまで言われた。どうしても、僕は貴様を赦すことができない。しーちゃんに嫌われた僕の気持ちなど、貴様には解らないだろう!」
 憎悪を孕んだ悠南の眼差し。
 それを正面から受け止めて、紀ノ國屋は小馬鹿にしたように唇の端を吊り上げて笑った。
「解りたくもないね。それって、単なる八つ当たりじゃねーのか? 逆恨みだよ、逆恨み! バッカじゃねーの、おまえ」
 アブサンの効力が薄れたおかげで思考が明瞭だ。いつもの軽口がポンポンと口をついて出てくる。
「黙れ! 貴様にはしーちゃんの前から――聖華学園から消えてもらう!」
「アホじゃねーの。いくらテメェが生徒会長で理事長代理が父親だからって、そんなことできるワケねーだろ!」
「父を頼ろうとは思わない。貴様には自ら進んで学園から去ってもらう。貴様がそれを快諾しないのなら、それなりに痛い思いはしてもらうけどね」
 悠南が言うと、背後に控えていた見張りの男たちが音もなくスッと歩み寄ってきた。
「オレをいたぶって、強引に学園から追い出そうってワケか。けど、残念だな。そんな理不尽な申し出、快諾するワケねーだろ!」
 傲然と言い切った瞬間、右の頬に強烈な痛みが生じた。男の一人が、固めた拳を頬に叩き込んできたのだ。
「――いってーなっ! 何すんだ、この脳味噌筋肉ヤロー!」
 頬を襲う痛みを堪えながら、紀ノ國屋は気丈にも自分を殴った男を睨み上げた。
「紀ノ國屋健治。二度としーちゃんに近づかないと約束しろ」
 悠南の冷厳な視線と言葉が頭上から浴びせられる。
「約束なんて知るか。志緒がオレと遊ぶのは、志緒の勝手だろ。テメェが指図することじゃねーよ!」
「二度としーちゃんの前に現れない――そう誓った方が身のためだよ」
 悠南の理不尽な言葉と共に、今度は左の頬に拳が炸裂した。
 目の前で火花が散る。
 咄嗟に歯を食いしばったおかげで、歯が折れるのは免れたようだ。だが、鼻骨がひどく痛む。鼻血が噴き出したのを感じて、紀ノ國屋はきつく眉根を寄せた。
「こんなことしたって、無意味だぜ」
「意味はある。少なくとも僕にとっては、ね。……貴様がしーちゃんの前から消えれば、いずれしーちゃんは貴様のことを忘れる」
「単純なご発想で……」
 呆れた口調で言葉を紡ぎ、紀ノ國屋は唇を歪めた。
「けどな、オレが消えたからって、志緒がおまえのこと好きになるとは限らないぜ」
「そ、そんなのやってみないと解らないだろ! 貴様さえ消えてくれれば、しーちゃんは僕を振り向いてくれるかもしれない! 本当に大切なのは、貴様などではなく、僕だと気づいてくれるかもしれない!」
 悠南は頬を紅潮させながら力説する。
「バッカじゃねーの。アホらしくて反論する気にもなんねーよ」
「僕は物心ついた頃から、ずっとしーちゃんと結婚することだけを夢見てきた。僕はしーちゃんに相応しい夫になろうと、ずっと努力してきた。僕は……今までずっとしーちゃんのためだけに生きてきたんだ! 貴様なんかにしーちゃんを横取りされてたまるか!」
「……くだらねー。テメェが志緒のことを好きだってことは、よーく解った。けど、オレには関係ない話だな。和泉田が誰を好きだろうと、志緒が誰を好きだろうと――俺には関係ない」
 冷淡に告げて、紀ノ國屋は退屈加減を示すように大きく欠伸をした。
「貴様っ……! しーちゃんが貴様に好意を抱いていることを知っていて、よくもそんなことが言えるな!」
「志緒の気持ちなんて知るかよ。別にオレ、告白されたワケじゃないしな。とにかく、オレはこんなバカバカしい茶番に付き合うほど暇じゃない。テメェらの姑息な手段にも嫌気がさしてきたし――そろそろ帰るわ」
 呑気な口調で宣告し、紀ノ國屋は平然と悠南を見上げた。
「馬鹿は貴様だろ、紀ノ國屋健治。貴様は身柄を拘束されてるんだぞ? 帰れるわけがない。それに、ここが何処だか解らないくせに、無事に家に帰れるとでも思ってるのか?」
「帰れるんじゃないの? ココ、ウチから結構近いみたいだし」
 サラリと紀ノ國屋が口にすると、悠南は怯んだように瞠目した。
「新宿西口だろ、ココ? ウチ歌舞伎町だから、余裕で帰れるんですけど」
 追い打ちをかけるように紀ノ國屋は言葉を紡いだ。
 悠南の眉間にグッと皺が寄る。
「何故……解る?」
「正面に京王プラザホテルと都庁と中央公園が視えるな。そのちょっと手前に住友ビル。右側の方に第一生命ビル……と、後ろはヒルトンと医大だ――ってことは、ココは北通りに面した場所ってことになるな」
 紀ノ國屋は故意に不敵な笑みを浮かべ、挑発するような眼差しを悠南に向けた。
「ああ、ビルの入り口の看板――『第五有原ビル』ってなってるな。へえ、ココ、あのクソ生意気な有原の親が持ち主なんだ」
「貴様……! オイ、ここへ連れてくる時、ちゃんと目隠しをしたんだろうな?」
 狼狽も露わに悠南は見張りたちに鋭利な視線を投げ付ける。
 見張りたちが深く頷くのを確認してから、彼は視線を紀ノ國屋に戻した。表情には焦燥の色が濃い。
「どうして場所が解るんだ?」
「アレ? オレの特殊能力、知らないのか? 遠視だよ、遠視。まっ、透視とも言うな。アブサン、呑まし続けときゃよかったのにな。意識が集中さえできれば、オレは目隠しされてたって、半径五キロ以内にあるものなら何だって視えるんだぜ。スゲーだろ?」
「……貴様にもしーちゃんと同じような妙な能力があるんだったな。調べていたはずなのに、すっかり失念していたよ」
 悠南が感情を理性で押し殺したような声を吐き出した。瞳に何かを決断したような強い光が宿る。
「そういうことだ、おまえたち。この男が妙な力を使えないように、気絶させろ」
 悠南が他人を従えることに慣れた口調で見張りたちに命を下す。
 間髪入れずに、腹部に衝撃が訪れた。
 見張りの一人が、拘束されて動けない紀ノ國屋の腹を容赦なく蹴りつけたのだ。紀ノ國屋は椅子もろとも吹き飛ばされ、コンクリートの床に叩きつけられた。別の男が拳を構え、突進してくる。
「ふざけんなよっ!」
 横倒しになったまま、紀ノ國屋は勢いよく罵声を発した。
 刹那、全身が淡い黄金色に輝いた。
 電流のようなものが身体中に迸る。
 突然発光した紀ノ國屋に、悠南をはじめ見張りの男たちもギョッとしたように動きを止めた。
 紀ノ國屋は、金縛りに遭ったように動かなくなった男たちを尻目に悠然と立ち上がった。
 身体を戒めていたはずのロープが難無く解け、床に崩れる。
「よっと!」
 かけ声と共に、手首に巻かれていたロープも床に落ちる。
 自由になった手を軽く振り、本来あるべき位置へ戻した。その片手には、いつの間にか刃渡り十五センチほどのサバイバルナイフが握られていた。
「貴様、そんなものを持ってたのか?」
 青ざめた表情で悠南が瞠目する。
「数秒前からだけどな。残念だったな。オレの能力は遠視だけじゃないんだ。遠視は、本来の《力》を補助するために後から開発したんだよ。オレの生まれつきの《サイコプラズマ》は――空間移動だ」
 手の中でナイフを弄び、紀ノ國屋はニヤリと笑ってみせた。
「ど、どういうことだ?」
「だーかーらー、オレには離れた場所にある物体を瞬間的に手許に呼び寄せる能力があるんだよ。今のところ、掌サイズの物しか移動させられないけどな。で、呼び寄せる獲物を物色するために、必然的に遠視能力が発達したってワケだ――以上」
 一息に説明し終えて、紀ノ國屋はヒョイと肩を竦めてみせた。
「ちなみにコレは、そこの大男から拝借させてもらったんだぜ」
 紀ノ國屋の言葉に、拉致実行犯の大男がサッと顔色を変える。彼は慌ててジャケットの内ポケットを手でまさぐった。だが、程なくして何かを諦めたようにジャケットから手を離した。畏怖を孕んだ双眸が紀ノ國屋に流される。
「な、ない!? 俺のナイフが……さっきまでは確かに――」
 震える声で大男が呟く。
 ほぼ同時に、別の男が懐から黒光りする物体を取り出した。
「テ、テメェ! この……化け物がっ!」
 男は両手を伸ばし、紀ノ國屋に取り出した物を向ける――拳銃だ。
「高校生相手にそんなモン持ち出してくんなよなぁ……。それに『化け物』なんて陳腐な言葉、子供の頃から聞き飽きてんだよっ!」
 剣呑な物言いをし、紀ノ國屋は拳銃を持った男を苛烈に睨んだ。
 直後、男の手から拳銃が消え失せる。
 拳銃を構えたままの格好で固まった男に冷たい一瞥を与え、紀ノ國屋は悠南に向き直った。
 片手をスッと挙げる。その先には、空間移動で男から奪った拳銃がしっかりと構えられていた。
「オレの説明、聞いてなかっただろ、バカどもがっ! 学習能力のない手下を持つと苦労するよな、和泉田も」
 揶揄を放ち、銃口を悠南の眉間に向ける。
「形勢逆転――ってトコかな?」
 不遜な笑みを唇に刻んだまま、紀ノ國屋はゆっくりと引き金に指を伸ばした。
 もちろん撃つ気など毛頭ない。ただの脅しだ。安全装置はしっかりとロックされている。狙いをつけたまま、紀ノ國屋は前進を開始した。
「わりぃな。帰らせてもらうぜ、和泉田」
「そう簡単にはいきませんよ、紀ノ國屋先輩」
 悠南の脇を擦り抜けようとした瞬間、予期せずして背後から声が浴びせられた。
 ハッと振り返る。
 だが、気づくのが僅かに遅かった。
 酷薄に微笑む有原樹生の顔を視野に認めた途端、脳天に何かが直撃した。
「痛っ……!」
 視界が歪む。
 あまりの衝撃に紀ノ國屋は拳銃を手放し、床に転がっていた。
 角材か何かで頭を殴られたらしい……。
 痛みが全身を駆け巡り、意識が途切れ始める。
 ブルブルブルッ。
 胸ポケットで携帯が振動している。
 紀ノ國屋は己の不甲斐なさを呪いながら携帯電話を手に取った。
 相手は誰だか解っている――松本志緒だ。
 非常に不本意だが、彼女に助けを請うしかない。
 しかし、淡い希望はすぐに潰えた。悠南が紀ノ國屋の手の中から携帯電話を奪い取ったのだ。
「しーちゃん……。紀ノ國屋健治なんて、ほっとけばいいのに」
 渋面で囁き、悠南は無情にも携帯電話の電源を切った。
 絶望に近い感情が紀ノ國屋の裡に芽生える。
 迂闊にも油断してしまった己が腹立たしいし、情けない。
 悠南の傍には樹生がいる――予め推測できた事態だったのに……。
「危ないところでしたね、和泉田先輩。紀ノ國屋先輩には超能力を使えないように、今度は麻酔か睡眠薬を使用してみますね」 
 低迷し始めた意識の中、感情の欠片もない樹生の冷淡な声が聞こえた。
 頭上から降り注ぐその声も、徐々に遠ざかっていく。
 ――志緒……高丸……今井……。
 脳裏に様々な人物が浮かんでは消えてゆく。
 ――誰でもいい。助けてくれ……!
 意識が途絶える寸前、紀ノ國屋は切にそう願った――



     「BREAK2」へ続く



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2009.08.16 / Top↑
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