ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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LIST3 SHIO MATSUMOTO



 渋谷区代官山に存在する松本家では、いつも通りの朝食タイムが始まっていた。
 松本志緒は、大理石のテーブルに並べられた色とりどりのケーキの中からモンブランを選び、手許の皿に移した。
 松本家の朝食は必ずケーキなのである。それ以外の食物は一切テーブルには上らない。
「おお! ママ、今朝のアップルパイは格段と美味しいじゃないか!」
 志緒の向かいで感嘆の声をあげたのは、父・尚哉だ。童顔のせいで実年齢よりも十歳は若く――三十代前半に見える。無邪気な少年のような男だが、大手製菓会社『ワルツ』の代表取締役を務める敏腕実業家である。
「今日はリンゴの砂糖煮にちょっとした工夫をしてみたのよ。でも、工夫の中身は内緒ね」
 志緒の隣でニッコリと微笑んだのは、母・伊緒だ。こちらも四十歳間近だが、外見は二十代後半にしか見えない。伊緒の方は、全国百店舗を誇る高級洋菓子店『WALTZ』を取り仕切る女社長だ。
「おや、志緒、全然食べてないじゃないか?」
 尚哉に心配そうな視線を投げられて、モンブランをフォークでザクザクッと崩していた志緒はハッと手を止めた。
「そんなことないわよ」
 努めて笑ってみせたが、心の中は晴れない。
 昨夜、懲りずに紀ノ國屋健治の携帯に電話をかけ続けていたのだが、途中で電源を切られてしまったのである。充電が切れただけなのかもしれないが、妙に心が騒ついた。
「そうか? 何か悩みがあるんじゃないのか。顔色が悪い」
「大丈夫よ。ただの寝不足だもーん」
 軽い口調で告げ、志緒はモンブランをフォークで突き刺して口に運んだ。
 ちょうどその時、キッチンから電子音が届けられる。
「あら。チーズケーキが焼き上がったわ」
 嬉しそうに顔を輝かせ、伊緒がパタパタとキッチンの方へ駆けて行く。
 それを見届けてから、志緒は改めて尚哉に向き直った。
「ねえねえ、パパとママは恋愛結婚よね」
「もちろんだとも」
「いいなぁ。志緒も好きな人と結婚した~い」
 幾分不服げに心情を吐露すると、尚哉の表情がサッと翳った。
「ま、まさか、悠南くんとの婚約に何か不満でもあるのかい? それが悩みなのか?」
「う~ん。最近のゆーくん、ちょっと怖いし、志緒、苦手かも……」
「志緒が嫌なら、婚約は白紙に戻してもいいんだよ! 正式に婚約しているわけではないし、雄一郎のたってのお願いだったから……。昔、パパと雄一郎は、ママを巡って争ったことがあるんだよ。結局、ママがパパを選んでくれたわけだが、雄一郎の奴は未だにママを忘れられずにいるらしい」
「で、志緒が生まれた時に、ママの娘である志緒と自分の息子であるゆーくんを結婚させてしまおう、って考えたわけね……」
 ――ありがちな話ね。
 志緒は苦笑を浮かべた。
「二人とも、チーズケーキができたわよ!」
 伊緒が切り分けたチーズケーキをトレーに乗せ、笑顔で戻ってくる。
 尚哉が素早く居住まいを正し、伊緒に笑顔を返す。その後、彼は志緒を一瞥し、軽くウインクをした。『婚約の話は何とかする』という合図なのだろう。
 志緒はホッと安堵の吐息を洩らし、チーズケーキに着手した。
 大きく口を開き、ケーキを口に放り込もうとした時、
「昨夜、キノさんから電話があったよ。何でも健治くんが行方不明だという話じゃないか」
 尚哉が思い出したように言葉を紡いだ。
 転瞬、志緒は大きく口を開けたまま凝固してしまった。
 尚哉が『キノさん』と呼ぶのは紀ノ國屋グループ会長のことであり、『健治くん』というのは紛れもなく紀ノ國屋健治のことだったからである。
「健治くん、ホントに行方不明なのっ!?」
 志緒は愕然と目を見開いた。
「一昨日の夜から帰ってきてないらしい。連絡が一切つかないので、いつもの放蕩癖とは違うんじゃないかとキノさんが心配している」
「まあ、キノさんの息子さんが……! 誘拐とか危険な事件に巻き込まれてなければいいのだけれど……」
「身代金の要求はないそうだが、紀ノ國屋グループを狙った誘拐の可能性は強い。今日は紀ノ國屋の総力をあげて追跡にかかるらしい。それで駄目なら警察に捜索願を出すそうだ」
「キノさんの情報網に引っかからないのなら、警察に訴えても期待は薄いような気が……」
 そんな両親の会話を、志緒は茫然と聞いていた。
 衝撃のあまり言葉が思い浮かばない。
 紀ノ國屋グループが裏で動き出したということは、紀ノ國屋の行方不明は確実だ。
 昨日、ほんの一瞬だけ心に届いた紀ノ國屋の声。あれは、自分に助けを求めていたものだったのだ。
 胸中で不安と恐怖と怒りが吹き荒れる。
 紀ノ國屋を害そうと考える人間がこの世に存在していること自体、赦せない。
『紀ノ國屋健治をしーちゃんの前から消してやる!』
 不意に、脳裏に悠南の心の声が甦った。憎悪と敵愾心を孕んだ強い負の思念。
「まさか……?」
 新たな懸念が心の奥底で鎌首を擡げる。
 ――ゆーくんが健治くんに何かしたの?
 有り得ない話ではない。悠南の紀ノ國屋に対する敵意は凄まじいものだった。彼が紀ノ國屋を排除する行動に出ても、何ら不思議はないように思える。
 ――確かめて、健治くんを助けなきゃ!
 強くそう思った。
 紀ノ國屋を助けられるのは自分しかいない。
「志緒、学校行くねっ!」
 唐突に志緒は席を立ち上がり、物凄い勢いで身を翻した。
 紀ノ國屋グループと警察を当てにしていては救出が遅くなる。
 真に頼るべきは――頼れるのは、自分の《仲間》しかいないのだ。


     *



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2009.08.17 / Top↑
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