ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 倫太郎を見上げ、莉緒は唇を噛み締めた。
 理想論だと言われれば、確かに反論のしようがない。
 アーサーは不死身――ないしはそれに近い存在だ。
 斃せるものなら、とっくの昔に誰かがそれを成し遂げているだろう。
 手段がないから、今まで村はアーサーの恐怖に晒され続けてきたのだ。
「けれど、生贄なんておかしいわ。出さなくて済むように、努力はしてみるべきだわ!」
 莉緒は唇の戒めを解き、倫太郎に抗議した。
 孫の玲には似ても似つかぬ角張った顔が、無感情に莉緒を眺めている。
「努力なら、わしらの何代も前から続けておる。それでも、あの化け物を葬り去ることはできんのだ。それに贄を捧げなければ、他の誰かがあの化け物の犠牲になるだけだ」
「だからって、要くんを見殺しに――」
「余所者は黙っておれっ!」
 不意に倫太郎が声を荒げた。
 内心の苛立ちを表すように、両手に持った杖がドンッと石段に打ちつけられる。
 倫太郎に一喝されて、莉緒は思わず身体を震わせた。
 長き間、緋月村を支配してきた一族の家督だけあって、倫太郎の声には凄みが宿っている。他人に命令を下し、他人を支配することに慣れた不遜で横柄な胴間声には、反撥を許さない威圧感が込められていた。
 莉緒は何も言い返せない自分に腹が立ち、強く奥歯を噛み締めた。それでも目だけは倫太郎から逸らさなかった。怒鳴られて萎縮しているなんて、意地でも見透かされたくない。
「村長の言う通り、蕪木さんは村に来て間もない余所者です。村のことをよく解っていない者に怒鳴り散らしても仕方ないでしょう」
 ふと、要が口を開く。
 莉緒は信じられない思いで要を見遣った。
 要の表情はひどく静穏で、双眸はいつもの如く怜悧な光を湛えている。彼は贄になることを己の運命だと受容してしまっているのだ。
「要くん、お願い。生贄なんて拒否してよ」
「僕が投げ出せば、他の人があいつの犠牲になるだけだ」
「やめて。瑞穂はあなたを助けるために闘ったのよ。闘って、アーサーに傷つけられたのよ! 瑞穂は、あなたに生きてほしいのよ!」
 莉緒の必死に叫びに、要の目が瞠られた。雷に打たれたように一瞬全ての動きを止める。
 しばしの静寂の後、彼は鋭く倫太郎を睨んだ。
「もう誰も……あいつの犠牲にはさせない約束だったはずです」
「ふん。坂の跳ねっ返りのことだ、どうせわしの指示を無視して外に出たんだろう。指示に従わぬ者の安全まで責任は取れん」
 倫太郎が冷ややかに言い放つ。
 その瞬間、要の双眸に軽蔑と憎悪の色が浮かんだ。だが彼は、迸る感情を隠すように倫太郎から顔を背け、莉緒に視線を戻した。
「瑞穂は?」
「怪我をしてるけど大丈夫よ。叔父さんが何とかしてくれるわ。だから、要くんも諦めないで。生きることを放棄しないでよ!」
「僕は、諦めたわけでも放棄したわけでもないよ。ただ――決断しただけだ」
 要の声は、悟りを開いた僧侶のように落ち着き払っていた。
「ごめん、蕪木さん。瑞穂のこと、よろしく」
 要の口元にうっすらと笑みが浮かび上がるのを、莉緒は声もなく見つめていた。
 何も訴えても、要はもう耳を貸さないだろう。
 彼の双眸に宿る強い光は、アーサーに挑んだ時の瑞穂の目に浮かんだものと同じだ。肝を据えた人間の目だ。
 決死の覚悟を胸に抱いた者を説き伏せる自信が、莉緒にはなかった……。
「これより、祟り鎮めの儀式を始める」
 莉緒が押し黙ったのを見届けて、倫太郎は朗々とした声で宣言した。
 倫太郎と要が石段を下り、神殿の脇を淀みのない足取りで歩いてゆく。
 それに合わせて、境内に集っていた男たちも移動を開始した。
 みな、祠のある第三の鳥居を目指している。
 男たちは倫太郎の下僕であるかのように、粛々と彼に従っている。薄気味悪いほど従順で、寡黙な行進だった。
 祠の前に立った倫太郎が、鉄扉に手をかける。
 儀式を執り行うのは、神主ではなく村長の役目らしい。要の親族らは神殿の奥にでも身を潜めているのだろう。身内が生贄として捧げられる姿なんて、誰だって見たくはない。
 重々しい軋みをあげながら扉が開く。
 要は身を屈めると、躊躇いもせずに開かれた入口へと足を踏み入れた。
 瞬く間に、彼の姿は暗闇の中へと吸い込まれる。
 間髪入れずに、倫太郎が鉄扉を元通りに閉めた。
 傍にいた男から頑丈そうな鎖を受け取り、鉄扉の把手にグルグルと巻きつける。
 太い鎖が何重にも巻かれ、最後に巨大な南京錠を鎖の結び目にかけた。
 厳重な封印だ。
 封じられた祠を見て、莉緒は唇を引き結んだ。
 何もできない自分が、ひどくもどかしい。
「莉緒ちゃん、諦めるのはまだ早い」
 唐突に腕を引かれて、莉緒は驚いた。
 瞬きを数度繰り返したところで、ようやく現実に立ち返る。
 源二が莉緒を引きずるようにして境内を突っ切っていた。
「あの業突張りの村長に反論する隙を与えずに、要くんを助ける方法が一つだけある」
 源二は背後の儀式を歯牙にもかけずに、境内を第二の鳥居の方へと引き返している。
「あるわけないわ。儀式は始まったのよ」
「あるんじゃよ。玲くんだ。彼ならアサを討ち取れるはずだ」
「瑞穂も似たようなことを言っていたわ」
 確かに瑞穂は莉緒に伝えた――祟り鎮めの儀式が始まってしまったら玲を探せ、と。
「要くんを助けることで、玲くんは大きな犠牲を払うことになるかもしれんが、やむを得ん。全ては、玲くんの判断に任せるしかない」
「大きな犠牲って、どういう意味なの?」
「今は詳しく説明している時間がない。急がなければ、要くんがアサの餌食になってしまう。要くんを助けたいなら、一刻も早く玲くんを呼ぶしかないんじゃよ」
 源二は早口に告げ、足を止めた。彼の横顔は緊張に引き締まっていた。
 時間がないのは莉緒にも解る。
 要は祠に足を踏み入れてしまったのだ。彼がアーサーと遭遇し、その生命を貪り取られるまで僅かな時間しか残されていない。
「解った。行くわ。源さんはここで待ってて」
 莉緒は深呼吸を一つした後、己に言い聞かせるように宣言した。
 玲がアーサーに対抗できる存在だという根拠は解らないが、今は瑞穂や源二が信じることを自分も信じてみようと思った。
 それしか要を救う手段はないし、事態は一刻を争うのだ。
「下へ行くなら、脇の小径を使いなさい」
 源二が険しい顔つきのまま、第二の鳥居の脇を指差す。
 昇る時には気づかなかったが、鳥居の傍らには一本の小径が存在していた。下草を踏みしだいただけの獣道のようなものだが、石段を駆け下りるよりは幾らかマシだろう。
 莉緒は闇に包まれた獣道をしばし見据えた後、思い切って森へと飛び込んだ。


 獣道から足を踏み外さないように注意しながら、斜面をひた走る。
 木々の隙間から降り注ぐ僅かな月明かりを頼りに、莉緒は神栖家を目指した。
 衣服に包まれていない部分の手足が張り出した木の枝や下草に引っかかり、時折小さな痛みを生む。
 それでも莉緒は足を止めなかった。
 しかし、一分ほど獣道を下ったところで、予期せずして右足が何かにぶつかった。
「わっ!」
 蹴躓いた瞬間、足が縺れ、莉緒は呆気なくバランスを崩して横転した。
 勢いのついていた身体は、山の斜面を豪快に転げ落ちる。
 身体の回転が止まったのは、背中に大きな衝撃を感じた直後のことだった。獣道の脇にあった木の根に運良く身体が引っかかってくれたのだ。
「痛いっ! ……サイテーッ!!」
 木の幹に打ちつけた背中がズキズキと痛みを発する。
 その痛みが、莉緒に現実を認識させた。道に落ちていた小石にでも躓き、不様に横転してしまった――というところだろう。
 莉緒は鈍痛を発する身体を地面から引き起こし、片手で背中を擦すった。痛みはあるが、走るのに支障はなさそうだ。
「どうせ、わたしは余所者よ。けど、それがどうだっていうのよ」
 全身の痛みを神栖倫太郎に対する怒りにすり替え、それを原動力にして立ち上がる。
「わたしだって要くんの同級生なのよ。助けたいと思って、何が悪いのよ?」
 二本の足で地を踏み締めた瞬間、膝がガクガクと震えた。
 慌てて傍の木に片手をつく。
 思い返してみれば、昼間からかなりの距離を走っている。足に疲労が溜まっていて当然だ。
 だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
「そうよ、何が悪いのよ。理想論だっていいじゃない。理想があるから人はそれに向かって突き進めるのよ。理想を現実のものにしたいから、人は前進するんじゃない」
 支えにしていた手を木から離し、その甲で汗と泥に塗みれた顔を拭った。
 ――走れ。走るのよ!
 再び獣道に従って山を降下し始める。
 ――わたしが走るのをやめたら、要くんは死んでしまう。
 莉緒は必死の形相で山道を駆け続けた。
 途中、雲の影に隠れたのか月明かりがなくなった。
 唯一の道標が消え、周囲は濃い闇に包まれる。
 同時に山は死に絶えてしまったかのように静まり返った。
 草木の騒めきも動物たちの気配も感じられない。
 だが、莉緒は走ることを止めなかった。
 暗闇や静寂など怖くない。
 アーサーの悪魔のような所業や要を失うことに比べれば、闇や静けさなど畏れるに足りない。
 ――走れ。走れ走れ走れ、神栖くんの元へ!
 呪文のように心で繰り返しながら、莉緒は神栖玲の姿を求めて一心不乱に走った。


     「十.生贄」へ続く



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2009.08.17 / Top↑
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