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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Wed
2009.08.19[08:47]

     *


「えっ? ゆーくん、今日お休みなの~?」
 三年A組のドアの前に佇み、松本志緒は呆けた声をあげた。
 昼休み突入後、悠南の姿を求めてあちこち捜し回ったのだが、それも徒労に終わったらしい。当の本人は登校などしていなかったのだ。
「そっか……。休みなんだ。じゃあ、いいや。ありがとね~」
 悠南の休みを教えてくれたA組生徒に礼を述べ、志緒はゆるりと身を転じた。
 進退窮まる――自分は今、そんな状況に措かれているのかもしれない。紀ノ國屋に関する手懸かりが悠南以外、何一つ思い浮かんではこないのだ。不安と焦りが、じんわりと胸中を浸食してゆく。
「でも……休んでるってことは、ますます怪しいわよね」
 紀ノ國屋失踪が明らかになった直後、悠南が学校を休む。
 それさえも、悠南が関係していることの裏付けのように思えてならない。疑心暗鬼――考え過ぎかもしれないが、一度膨らみ始めた疑惑は肥大し続ける。
「松本先輩」
 不意に声をかけられて志緒は驚き、足を止めた。目の前に一人の少年が立っている。
「和泉田先輩、今日はお休みなんですね」
「えーっと……誰だっけ?」
 志緒は数度目をしばたたいた後、改めて少年を見上げた。何となく見覚えのある顔だが、すぐには素性を思い出せなかったのだ。
「生徒会の有原樹生ですよ」
「ああ、思い出した! いつもゆーくんの傍にいる樹生くんね~! 志緒に何か用?」
 志緒はようやく相手が誰なのかを思い出した。生徒会会計を務める二年生だ。
「いえ、特に用があったわけじゃないんですが……。和泉田先輩に逢いに3-Aを訪ねたら、松本先輩の姿を見かけたので」
「よく志緒のこと覚えてたね、樹生くん」
「松本先輩はボクたち二年の間でも人気がありますから。それに――和泉田先輩のご婚約者ですからね」
 樹生が如才ない笑顔を浮かべる。
『婚約者』という単語に志緒は敏感に反応し、眉根を寄せた。今、一番聞きたくない言葉だ。
「そういえば、紀ノ國屋先輩も休んでいるらしいですね」
「えっ? 健治くん?」
 唐突に話題が切り替わったので、志緒は慌てて悠南のことを脳裏から締め出した。『紀ノ國屋』の名前にも過敏に反応してしまう。
「行方不明って噂、本当なんですか?」
 樹生が意味深に言葉を紡ぎ、志緒の顔に視線を落としてくる。顔には先刻と変わらぬ笑みが浮かんでいる。だが、僅か一瞬、双眸が鋭利な光を灯したように見えた。
 ――意地悪な目だ……。
 そう思った途端、急に悪寒を感じた。
 得体の知れない恐怖が全身を駆け巡る。常人とは異なる感覚が警戒音と危険信号を発している。
 ――この子、変だ。だって……。
「どうして、それを知ってるの? それは志緒たちしか知らない秘密なのよ」
 志緒は疑いの眼差しで樹生を見上げた。
 紀ノ國屋の失踪を知っているのは、紀ノ國屋グループ幹部と志緒の両親、そして、サイコプラズマを持つ仲間と茜だけだ。無関係の人間には、まだ知られてはいないはずだ。ましてや噂など流れているわけもない。自分たち以外にそれを知っている者がいるとすれば――誘拐犯だけだ。
「何故、ボクが知っているかって? それは、松本先輩のご想像にお任せしますよ」
 樹生の声音に嘲るような調子が混ざる。挑戦的な眼差しが志緒に注がれた。
 ――この子、健治くんの居場所を知ってる!
 直感的に志緒はそう判断を下していた。
「健治くんの居場所を知ってるのね?」
 志緒は真摯な眼差しで樹生を見返した。咄嗟に手が樹生の腕へと伸びる。だが、手が触れる寸前、彼は敏捷に後ずさった。
「――っと。松本先輩に触れられると、心の中を見透かされちゃうんですよね」
 揶揄をたっぷりと込められた言葉に、志緒は恟然と目を見開いた。
 樹生はサイコプラズマのことを知っているのだ。
「紀ノ國屋先輩のことが知りたかったら、放課後、一人で生徒会室に来て下さい」
 驚く志緒を見て、樹生が満足げに微笑む。志緒の返事を待たずに彼は悠然と身を翻し、廊下を往来する生徒の中に紛れてゆく。
「健治くん……」
 志緒は樹生の消えた方角を眺めながら悄然と呟いた。
 樹生の裡から放たれた悪意と憎悪が、志緒の胸に痛烈な楔を打ち込んでいる。理由は解せないが、樹生は明らかに志緒を憎いんでいた。自分に対する憎しみが、触れずともひしひしと伝わってきた。
 胸に芽生えた不安に、そっと唇を噛む。
 志緒はしばらくその場から動くことができなかった……。


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