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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Wed
2009.08.19[22:59]
十.生贄



 分厚い鉄扉が閉ざされると、視界は闇に包まれた。
 須玖里要は背後を一瞥し、大きく息を吐き出した。
 扉の向こう側では、金属が触れ合っているような甲高い物音が響いている。村長が扉に封印でも施しているのだろう。
 その金属音を不快に思いながら、要は顔の位置を元に戻した。
 祠の内部は闇に覆われている。
 ――僕が、生きてここから出られることはないだろう。
 諦念に似た想いが胸中に広がり、不意にやるせなくなった。
 口の端が自嘲のために歪む。
「でも、僕は諦めたわけじゃない」
 自分を心配して、わざわざ神社までやってきてくれた蕪木莉緒の姿が脳裏を掠める。
 莉緒が緋月村に定住して一ヶ月――あんなに一生懸命で、裡に秘めた感情を発露させる彼女を見たのは初めてだった。
 おそらく、あれが本来の蕪木莉緒なのだろう。
 父親を失ったショックで心を閉ざしていた偽物の彼女はもういない。
 倫太郎に突っかかった時の彼女は、これまでとは別人のように凄まじいエネルギーを発していた。
「僕は自暴自棄になってるわけじゃないんだよ、蕪木さん」
 知り合って間もないのに、莉緒は要の身を心底案じてくれた。そのことは嬉しく思う。あの時、莉緒の意見を蔑ろにし、倫太郎に同意したかったわけではない。
 元々、倫太郎など大嫌いだ。
 実の孫である玲を人間以下に扱う倫太郎に、深い憎しみさえ抱いている。
 だが、要にはやらなければならないことがあった。そのために渋々倫太郎の肩を持ったのだ。
「アーサーを斃すには、彼を石棺から引きずり出さなければならない。柩から出ている時だけが、あいつを殺すチャンスなんだから」
 要は押し殺した声音で呟き、片手をジーンズのポケットに突っ込んだ。
 指先が折り畳み式のサバイバルナイフに触れる。
 要は縋るようにそれを握り締めた。
 緊張と興奮に、掌にジワリと汗が滲む。
 アーサーの住居にある石棺は、難攻不落の要塞だ。
 アーサーを仕留めるなら、彼に血を吸われる瞬間を狙うしかない。
「でも、やっぱり僕は身勝手なのかな。村のためじゃなく、自分のためにアーサーを殺したい。玲を護りたいだけなんだから」
 暗闇に向かって足を踏み出す。
 片足が地に着いた瞬間、下方から冷ややかな風が昇ってきた。
 密閉された空間で起こった風を疑問に思う暇もなく、すぐ間近で火の灯るボッという音が連続して響く。
 あっという間に闇が払拭された。
 要は、不可思議な現象に唖然としながら周囲を窺った。
 目の前に、幅の狭い階段が出現している。
 階段の両脇――石壁の上部には、幾つもの燭台が並び、そこに立てられた蝋燭が橙色の炎を灯していた。
 要は深呼吸を一つした後、揺れる蝋燭の炎を道標に階段を降り始めた。
 階段は時折方向を変えながら、地下へ地下へと伸びている。
 折れ曲がる回数が意外に多いので、正確な方角は途中で掴めなくなってしまったが、須要神社の真下へ向かっているのは間違いないだろう。
「玲……僕を許してほしい。蘭さんに頼まれたのに、僕は味方になるどころか君を突き放した。だから今、ひどく後悔している。もう二度と逃げたりしない。僕があいつを殺す」
 要は懺悔のように言葉を繰り出した。
 我知らず唇が震え、声が掠れる。
 階段を降りるごとに高まってゆく緊張と恐怖が心臓を鷲掴んでいる。
 胸が圧迫され、息苦しかった。


 しばらくすると唐突に階段が終わりを告げた。
 要は最後の一段から足を外し、踊り場のような平らな石畳に降り立った。
 踊り場の先には、頑丈そうな石壁が立ちはだかっている。その壁の中央にドア一枚分ほどの穴が空いていた。アーサーの居住区へと続く出入口なのだろう。
 壁を刳り貫いたような穴からは、石造りの広間が垣間見えた。
 階段同様、数多の蝋燭で彩られている。
 壁際には高い書架が並べられ、そのどれもに隙間なく書物が納められていた。
 広間の奥には、高い台座に乗せられた大理石の柩が見える。あれが、アーサー以外の者が触れてもビクともしないという摩訶不思議な石棺なのだろう。
 ――この先に、アーサーがいる。
 要は切り取られた石壁の間から、じっと室内を見据えた。
 人気があるようには思えない。
 だが、明かりが灯っているからには、部屋の主は中にいるのだろう。
 要はナイフをきつく握り締めた。
 先刻よりも汗の量が増え、触感は頗る不愉快なものだった。
 村を恐怖に突き落とす元凶との相対に、肉体も精神も震え、戦いていた。
「そんなところに突っ立てないで、入ってきたらどうだい?」
 突如として、凛とした男の声が響き渡る。
 反射的に要はナイフの柄を離し、ポケットから手を引き抜いていた。



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