ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 瞼を開くと、眼前に有原樹生の顔があった。
「あれぐらいで気絶するなんて、拍子抜けですね」
 志緒は数度瞬きを繰り返し、それからギョッと目を丸めた。
 自分の措かれた状況を克明に思い出したのだ。
 自分は樹生に殺されかけ、そのショックゆえに気を失っていたらしい。
「ボクが松本先輩を殺すとでも思ったんですか?」
 揶揄混じりの言葉を吐き出し、樹生が冷ややかな笑みを浮かべる。
 志緒はゴクンと大きく唾を呑み込んだ。樹生の手は喉から離れている。だが、絞めつけられた感触が肌に残留していた。
 間違いなく、自分は殺されかけたのだ。樹生の殺意が冗談だったとは到底思えない。
「……健治くんの居場所を知ってるんでしょ? 志緒に教えて」
 志緒は掠れた声で言葉を紡ぎながら上目遣いに樹生を睨んだ。
 紀ノ國屋の居場所を訊き出すために志緒は樹生に逢いにきたのだ。こんな理不尽な嫌がらせを受けるためにやって来たのではない。
「教えるわけないじゃないですか」
「どうして? 健治くんが何処にいるか知ってるんでしょ?」
「鈍い人ですね。紀ノ國屋先輩を拉致したのは、ボクなんですよ。今現在、紀ノ國屋先輩を監禁しているのは和泉田先輩ですけど」
「ゆーくんと樹生くんが……!?」
 告げられた事実に志緒は愕然とした。
 衝撃に目を瞠り、樹生を凝視する。
『まさか』という思いと『やっぱり』という思いが、忙しなく胸中で交錯した。
「そうです。ボクと和泉田先輩が主犯ですよ。敵である松本先輩に居場所を教える気なんて、最初からありませんよ」
「どうして……健治くんに酷いことするの?」
「他人の心配より、自分の心配をした方がいいんじゃないですか? ボクは貴女のことが大嫌いだと言ったはずですよ」
 酷薄に囁き、樹生が志緒の頬に指を伸ばしてくる。
 触れられた瞬間、背筋に悪寒が走るのを感じた。指先から樹生の悪意が志緒の中に流れ込んできた。
「貴女は、和泉田先輩を堕落させる嫌な女だ」
 樹生の双眸が冷酷に輝く。
 冷たい指先が首筋を滑り、胸の上で止まった。
「天使のような顔をして男を誑かす悪い女――」
 胸に添えられた手に力が加えられる。
「ちょっ、ちょっと、やめてよ……!」
 慌てて志緒は身を捩った。
 樹生が何を考えているのか、ようやく悟ったのだ。彼は憎悪でもって自分を穢そうとしている。
「志緒、怒ると怖いのよっ!」
「さっき気絶した人の言葉とは思えませんね。そんなに嫌なら、得意の超能力で何とかしたらどうです?」
 せせら笑いながら樹生が更に胸をまさぐってくる。
 志緒は眉間に皺を寄せ、激しく身じろぎした。生理的嫌悪が胸中で激しく渦巻く。今すぐにでも樹生を突き飛ばしたいが、両手を封じられているので思うようにならない。
「やめてっ! 志緒、初めては絶対に健治くん、って決めてるんだからっ!」
「じゃあ、それは諦めた方がいいですね」
 樹生はぞんざいに志緒の言葉をはね除ける。
 樹生の手が胸を離れ、太股に移ったのを感じて、志緒は恟然とした。我知らず瞳に涙が溜まってくる。
「二度と和泉田先輩に近寄れないように、身も心もズタズタに引き裂いてあげますよ」
「なっ、何言ってるのよ! やめてよっ! 嫌よ……絶対に嫌っ!」
 スカートの中に忍び込んできた樹生の手に、志緒はとうとう泣き叫んだ。
 怒りと羞恥がまざまざと迫り上がってくる。
 こんな辱めを受ける所以は全くないはずだ。
「嫌だって言ってるでしょ!」
 絶叫を放つ。
 刹那――
「志緒っ!」
 ドアの向こう側でも誰かが叫んだ。



「志緒! いるんだろ、志緒っ!!」
 ドンドンドンドンッ! と、激しくドアが叩かれる。
「松本君、いるなら返事をしたまえ!」
 聞こえてくる声に、志緒は安堵を感じた。
 祇園寺高丸と黒井馨の声だ。
 樹生が突然の闖入者に驚き、動きを止める。
 その隙を見逃さずに志緒は両手を樹生の戒めから振り解き、思い切り彼を突き飛ばした。
「た、高丸くん! 助けてっ!」
 ほぼ同時に、小さな爆発音が室内に反響した。
 ドンッという激しい物音と共に、ドアが勢いよく蹴り倒される。
「高丸くん! 馨先生!」
 開かれた空間――廊下に信頼できる二人の姿を発見して、志緒は瞳を輝かせた。
「大丈夫かい、松本く――うわっ!」
 優しく微笑む馨の顔が、不意に強張る。彼を突き飛ばすようにして、樹生が生徒会室から逃げ出したのである。
「馨センセ、アイツを逃がすな!」
 高丸が鋭く叫ぶ。
 すぐに馨が樹生を追って姿を消した。
「大丈夫か、志緒?」
 高丸が心配そうな表情で歩み寄り、志緒の顔を覗き込んでくる。
 志緒は一つ頷き、制服の乱れを正してからすっくと立ち上がった。
 手の甲で涙を拭い、努めて明るい笑顔で高丸を見上げる。
「ありがとう、高丸くん」
「おまえ……アイツに何かされたのか?」
 非常に言いにくそうに高丸が訊ねてくる。
 志緒は咄嗟にブンブンと首を横に振った。
「ううん。志緒、何にもされてないから平気。それより、健治くん、ゆーくんと樹生くんに攫われたみたいなの……」
「あっ、そうだ! コレ、紀ノ國屋の居場所だってよ。情報源は生徒会の白羽美麗だから信じていいと思うぜ」
 思い出したように、高丸が手に握った紙片を志緒に手渡す。
「うん。……志緒、行くね」
 志緒は紙片を開き、一度目を落としてから大きく頷いた。
「オイ、一人で行く気かよ?」
「大丈夫よ~。馨先生を連れていくから。高丸くんは部活に専念して!」
 志緒がそう告げたのと平行して馨がゼェゼェと息を切らせながら戻ってきた。
 どうやら樹生には逃げられたらしい。
「す、すまない、諸君。有原君には逃げられてしまったよ。大体、こんな繊細な僕に体力を求めること自体そもそもの間違い――」
「馨先生、志緒のためにポルシェを出して~!」
 ブツブツと言い訳を連ねる馨を遮るようにして、志緒は彼に駆け寄った。
「じゃあ、志緒、行くね~」
「ホントに大丈夫なのか?」
「大丈夫。だって志緒、怒ったもんっ! ゆーくんも樹生くんも、もう赦さないんだから!」
 念を押す高丸に、志緒は悠然と微笑んでみせた。
「怖ぇ……」
 心の底からそう思っているような高丸の声を背に、志緒は馨と連れ立って生徒会室を後にした。
 ――健治くんは、志緒が助けるんだもん。
 悠南と樹生に対する怒りが、その想いをより強固にさせていた。
 ――今井さんにも連絡しなきゃ!
 胸に強い決意を秘め、志緒は携帯電話を手に取った。


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2009.08.19 / Top↑
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