ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 四階から三階へと繋がる階段を、水柯と樹里は必死の形相で駆け降りていた。
「ゴメンね。わたしが余計なこと言ったから」
 前を行く樹里の背中に、水柯は悄然と声をかけた。
「過ぎてしまったことは、しょうがないだろ。今は逃げ切ることだけを考えろ」
 樹里が振り向かずに応じる。
「どうやって? 旧校舎からは出られないのよ。助かる道は、水妖の願いを叶えるしかないじゃない。でも、それは無理。彼女は子供を欲しがってる。母親になりたがってるのよ」
 水妖の魔手から逃れるには、彼女の失われた子供を見つけるしかないのだろう。
 だが、水妖自体は幽霊のようだし、その赤子のこととなると更に不可解だ。
 そもそも、水妖に赤ん坊がいるかどうかすら怪しい。
「母親――だって?」
 樹里が神経質に反応する。
 憎悪を孕んだ低い声だった。
「そんなものになりたい奴のことなんか、どうでもいいね」
 実母を嫌悪している樹里の言葉は、鋭利で容赦がない。
 水柯の腕を掴む彼の手に力が加わった。
 水柯もそれ以上の発言を控え、黙々と階段を駆けた。
 踊り場を挟んで合計二十二段の階段が、とてもつなく長く感じられる。
「三階だ。どっかの教室に隠れよう」
 樹里が三階の廊下へと足を向けた瞬間、水柯は突如として強く後ろに引っ張られた。
 ひんやりとした感触が、足下から背中へと這い上がってくる。
「樹里っ!」
 グイッと身体が後ろへ引き倒される。
 あまりの勢いに、繋いでいた樹里の手が離れた。
 樹里がこちらを振り返るのと同時に、水柯は派手に転倒していた。
 懐中電灯が手から零れ落ち、階段に転がる。
「樹里……助けて!」
 水柯は自分の足元を見、恐怖に顔を強張らせた。
 足首に青白く輝く物体が絡みついている――水妖だ。
 反射的に振り払おうと藻掻くが、水妖はビクともしない。
「水柯!」
 樹里が慌てて水柯に手を伸ばしてくる。
 水柯は両眼に涙を溜めながら、必死に片手を伸ばした。
 指先と指先が触れ合った瞬間、
「うわっ!?」
 突然、樹里の身体が後ろにのげぞった。
 潤んだ視界の中、樹里が水柯とは逆方向に引っ張られてゆく。
 彼の首にも青く発光する水妖が巻きついていた。
 更に分裂した水妖が、樹里にも襲いかかったのだ。
「樹里……!」
 樹里の姿はあっという間に三階の廊下へと消えていった。
「いやぁっ! 離してよっ」 
 水柯の身体は乱暴に階段を引きずられ始めた。
 樹里と離れ離れになったショックを感じている暇もなかった。
 力任せに引っ張られるものだから、頭から足先まで――至る所を階段や壁にぶつけながらの急降下だった。
 打撲で痛みを発する箇所を庇う余裕もない。
 目を堅く瞑り、ひたすら耐える。
 非道な暴挙は延々と続くかのように思われたが、水柯の想像に反して、それはものの数秒で急に終わりを告げた。
「い、痛いじゃないっ!」
 水妖の動きが止まったのを察して、水柯は痛みと恐怖のために閉じていた瞼をはね上げた。
 咄嗟に口をついて出たのは罵りの言葉だ。
 だが、青白い水は何も応えず、水柯の足元から太股、胴――そして胸元まですばしっこくよじ登ってきた。
「触らないでよ」
 水柯は戦きに後ずさった。
 身を護る武器を求めて周囲を見回すが、辺りの様子は薄闇に包まれていて判然としない。
 辛うじて、ここがどこかの踊り場であることだけは解った。
 気づけば、青光りする水妖は眼前まで這い上がってきている。
 やにわに水妖がブルッと震えた。
 次の瞬間、水柯の右目に何かが飛来してくる。
「いやっ!」
 反射的に瞼を閉じた時には、既に冷たい水滴が目の中に広がっていた。
 ――水妖の一部だ!
 そう勘づいたが、どうすることもできない。
 水妖の分身が目薬のように鼻腔を伝い、喉を流れ落ち、胃に達する。
 同時に、身体中が熱くなった。
 内側から灼熱の炎に灼かれているように、全身が熱くなる。
 それに伴い意識が昏迷してきた。
 ――熱い……何も考えられない。
 視界がぼんやりと霞んでゆく。
 ――わたし、死ぬの?
 異様なほど瞼が重い。
 頭は割れんばかりに激痛を発していた。
 ――死ぬのは……いや。
「じゅ……り……」
 ――でも、どうせ死ぬなら、樹里と一緒がよかったな……。
 次第に重くなる瞼に逆らわずに、水柯は双眸を閉ざした。

     *



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2009.06.01 / Top↑
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