ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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『……くん。……健治くん』
 朦朧とする意識の中で、誰かの声を聴いた。
 紀ノ國屋健治は重い瞼を上げた。
 明瞭ではない視界に入ってくるのは、見飽きた薄暗い室内の様子だけだ。声の主と思しき人物は見当たらない……。
「どうして……紀ノ國屋健治なんだ?」
 ふと、苦渋に満ち声が耳に届く。和泉田悠南の声だ。
 すぐ傍にいるらしいが、彼の姿を確認することはかなわなかった。紀ノ國屋の四肢は再び戒められ、床に転がされているのだ。しかも、殴る蹴るの暴行を受けたので身体の随所が悲鳴を発している。
「こんな男、しーちゃんには相応しくないのに……!」

 ――気分が悪い。
 悠南の声をボンヤリと聞きながら、紀ノ國屋は全身に蔓延る痛みに眉をひそめた。
 睡眠薬が身体の隅々まで染み込んでいるせいか、頭はひどく病むし、胸糞が悪い。
 ――ああ、しばらく踊ってないから、調子が出ないんだな。
 手足を拘束され、芋虫のように床に転がされている己の姿を想起して、紀ノ國屋は更に顔を歪めた。
「しーちゃんの《力》を理解してあげられるのは、僕だけだったはずなのに。何故、紀ノ國屋健治がしーちゃんと同じ不思議な力を持ってるんだ? 赦せない……赦せない!」

 ――うざいヤツ……。悩んでも仕方ないことで、ウジウジ悩みやがって。
 紀ノ國屋は胸中で舌打ちを鳴らした。
 志緒に相手にされないことは気の毒に思うが、それを八つ当たりされても困るというものだ。
 女一人振り向かせられない腹いせに、紀ノ國屋を監禁して暴力をふるうなんて尋常ではない。悠南の精神は歪み――病んでいる。
 ――早くここから抜け出して、思い切り踊りたいな。つき合ってらんねーぜ。

「しーちゃんが紀ノ國屋健治を好きだなんて、絶対に認めない……!」
 口惜しそうな悠南の声。
 同時に扉の開く音がした。
「和泉田先輩っ!」
「どうした、樹生? 血相を変えて……」
「いえ……。松本先輩と祇園寺先輩に勘付かれました。ここを突き止められることはないでしょうが……」
 緊迫した声は、有原樹生のものだ。
 ――んじゃ、もうすぐ助けが来るな。
 二人のやりとりを聞きながら、紀ノ國屋は心の中でほくそ笑んだ。
 志緒たちはいずれここに辿り着くだろう。
『……健治くん。健治くん!』
 不意に脳に声が届いた――志緒だ。
 声は先ほどよりも大きく聞こえる。すぐ近くまで志緒が来ている証拠だ。
 ――早く来いよ、志緒……。
 無意識に志緒に呼びかける。
 転瞬――
「健治くんっ!」
 志緒の肉声が周囲に響いた。
 悠南と樹生の息を呑む気配が、空気を通して伝わってくる。
「健治くん、何処にいるの!?」
 部屋の外で慌ただしく足音が交差している。
 志緒は紛れもなくこのビルの中にいるのだ。
 紀ノ國屋は唇の端を吊り上げて不敵な笑みを浮かべていた。
 程なくして、ガチャガチャ……バタン! と勢いよく扉が開かれる音が室内に反響した。
「健治くんっ!」
 安堵と驚愕が入り混じったような叫び。
 虚ろな視界の中、紀ノ國屋は室内に飛び込んでくる志緒の姿を確認した。


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2009.08.20 / Top↑
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