ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「健治くんっ!」
 室内に侵入するなり、松本志緒は悲鳴に近い叫びをあげた。
 真っ先に視界に入ったのは、床に転がる紀ノ國屋健治の痛々しい姿だ。
 長めの金髪が乱れ、顔をはっきりと見ることはできない。だが、酷い仕打ちを受けたことは、血の飛び散った衣服と手足の拘束から容易に想像できた。
「し、しーちゃんっ!?」
 焦燥の滲み出た悠南の叫びに、ハッと我に返る。
 室内では、悠南と樹生が狼狽えたように志緒を凝視していた。
 更に彼らの背後には、暴力をふるい慣れていると思しき屈強の男たちが数人控えている。
「……赦せない!」
 彼らの姿を認めた途端、怒りと哀しみが胸に去来した。
 彼らが紀ノ國屋を拉致監禁し、暴行を加えたことは疑う余地もない。
「ちっ、違うんだ、しーちゃん!」
「諸君、ここで何をしているのだね? 説明できるものならば、僕に説明してみたまえ」
 悠南の台詞を奪うようにして、黒井馨が凛然とした声音で告げる。
「く、黒井先生……!」
 志緒の背後から現れた馨の姿を見て、樹生が表情を強張らせる。思わぬ闖入者に、悠南も樹生も明らかに動揺し、困窮しているようだった。弁明する余裕もないのだろう。
「赦せない……」
 素直に心情を吐露し、志緒は冷ややかな一瞥を悠南と樹生に与えた。
 それから弾かれたように駆け出し、紀ノ國屋の傍に移動する。
「健治くん! 健治くん、しっかりして!」
 床に跪き、泣き出しそうな表情で紀ノ國屋の顔を覗き込む。血で汚れた頬に手を伸ばすと、睫毛が微細に震え、静かに瞼が上がった。
「……よお、志緒」
 志緒と目が合うと、紀ノ國屋は唇に弧を描かせて笑った。
「健治くん、ごめんね。志緒が遅くなっちゃったから酷い目に……。ごめんね」
 いつもと寸分違わぬ紀ノ國屋の笑顔を見ると、やり切れない気分に陥った。自然と両の瞳から涙が溢れ出す。強い自責の念と悠南たちに対する憤怒が胸を占めていた。
「なーに泣いてんだよ。べっつに志緒のせいじゃないぜ。ただ、ちょっと……踊ってないから調子が悪いだけだ」
 紀ノ國屋がいつもの軽口を叩き、唇をニヤリと歪める。
「健治くん……。もう大丈夫よ」
 零れ落ちる涙を指で拭いながら志緒は微笑んだ。
 とりあえず紀ノ國屋は無事だったのだ。それだけでも、よしとするべきだろう。
 問題は――赦せないのは、悠南たちだ。これ以上、彼らに悪行を重ねさせてはならない。
「馨先生、健治くんをお願い!」
 志緒は完全に涙を止め、毅然と立ち上がった。決意の籠もった眼差しで馨を見つめる。
「任せておきたまえ!」
 志緒の視線を承けて、馨は大きく頷いた。颯爽と志緒たちの方へ歩み寄りながら、彼は優雅に片手を翻した。
 転瞬、掌が放電しているように淡い紫色の輝きを纏う。彼は紀ノ國屋の傍に膝を着くと、光に包まれた掌を紀ノ國屋の額に翳すのだ。すると不思議なことに、紀ノ國屋の顔に刻印されていた痣や傷が見る見るうちにスーッと消えてゆくのである。
 それを確認してから、志緒はクルリと踵を返した。
 紀ノ國屋の怪我は馨に任せておけば安心だ。
 馨も同じ《サイコプラズマ》の持ち主――しかも人体組織の治癒・再生を行える稀少能力の持ち主なのだ。馨の力があれば、直に紀ノ國屋は傷一つない肉体を取り戻す。
「赦せない……。志緒、怒ったんだから!」
 志緒は意識を切り換え、目前の悠南と樹生をキッと睨めつけた。
 常とは異なる厳しい眼差しと激しい口調だ。それだけ志緒の怒りは凄まじかった。紀ノ國屋を傷つけた悠南も、自分を襲おうとした樹生も赦すわけにはいかなかった。笑って済ませられる事態ではない。鈍感天然ボケの志緒でも見過ごせない、由々しき事態だ。
「し、しーちゃん。これは、ちょっとした手違いなんだ。僕は決して紀ノ國屋を――」
「志緒、何も聞きたくなーい!」
 慌てて弁解しようとする悠南の言葉を志緒は容赦なく遮った。
 言い訳など聞きたくもない。悠南たちの所業は、どんな理由があっても赦されるものではないのだから。
「健治くんを虐めるゆーくんなんて、大嫌い」
「しーちゃん! 僕は君のためを想って――」
 悠南がただならぬ志緒の気配に圧され、後ずさる。
「松本先輩、様子が変ですよ!」
 樹生は悠南の腕を掴みながら、怯える眼差しで志緒を見つめていた。
「健治くんを虐める人は、大嫌い!」
 志緒は怯む二人に冷ややかな視線を注ぐ。心の裡に芽生えた怒りは、既に沸点に達している。あとは己が心に忠実に怒りを爆発させるだけだ。
「紀ノ國屋健治のどこがそんなにいいんだ? しーちゃんには僕がいるじゃないか!」
 悠南が諦め悪く喚く。
 だが志緒は、それさえもぞんざいに無視した。
「健治くんを虐める人は、志緒が赦さないんだからっ!」
 怒髪天を衝く勢いで叫んだ瞬間、志緒は全身に電流のようなものが迸るのを感じた。
 全身が淡い黄金色に輝いている。己の身体を軽く見回すと、一気に気分が昂揚した。
「しーちゃん、力を使うのはやめるんだ!」
 志緒の尋常ではない様子を目の当たりにして、悠南が声高に叫ぶ。樹生は悠南にしがみつき、声もなく志緒を凝視していた。
 そんな二人を見かねたのか、
「お下がり下さい、お二方!」
 護衛の男たちが迅速に二人の前に躍り出てきた。何処に隠れていたのか、その数は十人以上に増えている。
 屈強の男たちを見て志緒は怖じ気づくどころか逆に戦意を高めた。きつい眼差しで男たちを一眺めする。
「健治くんを虐める人なんか――大嫌い!」
 憤然と断言し、志緒は軽く床を蹴った。
 瞬時、志緒の身体の輪郭が大きくぶれる。輪郭が歪み崩れ、次いで大きくブワッと膨張した。
 志緒の身体から黄金の光が溢れ、僅か一瞬、皆の視界を奪う。
 視界が正常に戻った刹那――
「ぎゃあっっっ!」
「ぐえっっ!」
 男たちの奇怪な悲鳴が周囲に反響した。直後、三人の男が床に崩れ落ちる。
「どうした!?」
 リーダー格の男が恟然と倒れた仲間を見遣る。そして、落雷にでも遭遇したように身を強張らせ、動かなくなった。
 その場にいる誰もが、ある一点を凝視していた。
 ただ一人、志緒だけは悠然と微笑み、驚く男どもを見返している。
「し、しーちゃんっ!?」
 悠南の震えを帯びた叫びで、一同が現に立ち返る。
「ば、化け物だ……!」
 リーダーの男が、畏怖の眼差しを志緒に突き刺した。
 男の視線の先には――三人の志緒が立っていた。
 つい先ほどまで確かに一人であったはずの志緒が、三人に増えているのだ。同じ顔、同じ姿をした三人の志緒が愛らしい笑みを浮かべている。
「志緒、怒ると怖いのよ」
 志緒はニッコリと微笑んでみせる。いつもなら男を魅了する天使の微笑だが、今は男たちの恐怖心を煽る役目を果たしていた。
「志緒のサイコプラズマは分身なのよ。ちなみに、分身すると何故かスピードがいつもの9倍になっちゃうのよね~」
 呑気な口調で、三人の志緒が異口同音に言葉を紡ぐ。
 三人同時に極上の笑みを浮かべた後、その姿がフッと消えた――いや、消えたように見えた。常人では有り得ないスピードで志緒が動いたため、その姿が忽然と消えたように見えたのだ。
「ぐげぇぇぇっっっ!」
「ぎゃっっ!」
 ほんの数秒の間に、新たな犠牲者が三人出た。彼らは志緒の攻撃に気付くことなく、吹き飛ばされ、床に激突した。目にも留まらぬ速さで、三人の志緒が男たちに蹴りを放ったのである。
「に、人間じゃない……」
「こんな怪物と闘うなんて、冗談じゃない!」
 残された男たちが口々に怯懦の声をあげる。皆一様に顔を蒼白にし、戦意を喪失している。暴力沙汰に慣れているはずの男たちでさえも分身した志緒に度肝を抜かれ、戦々恐々としているのだ。
「な、何を怯んでいる! 相手はたかが小娘一人ではないかっ!」
 リーダーが己を奮い立たせ、仲間たちを叱咤する。リーダーの声に、男たちは『主人を護らなければ!』という本来の使命を思い出したらしい。憎悪の光を双眼に宿らせ、三人の志緒を睨み付けてくるのだ。ギラギラとした眼差しは、志緒への敵意を漲らせていた。
 三人の志緒は男たちの攻撃に備え、いつでも反撃できるように体勢を整えた。
 未だ激しい怒りが胸中で渦巻いている。男たちをのさないと気持ちが納まらない。
 サイコプラズマを発動させ、分身した志緒はいつもとは別人のように攻撃的な性格に変貌するのだ。
「分裂したからといって、我らが怖じ気づく必要などない!」
 リーダーが血気盛んに叫び、仲間たちの士気を鼓舞する。
 男たちが咆吼をあげ、一斉に志緒を目指し飛びかかってきた。
「志緒、負けないもーん!」
 三人の志緒は、素早く男たちを迎え撃つ構えをとった。
 男の一人が志緒に向かって堅く握った拳を振り翳した時――
「そこまでだ!」
 精悍な男の叫びが空を裂いた。



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2009.08.20 / Top↑
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