ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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十一.地下牢



 神栖家に侵入した莉緒は、瑞穂の言葉を頼りに書斎捜しを開始した。
 無論、神栖玲に逢うためである。
 神栖家は村の名旧家だけあって、広大な面積を有する日本家屋だった。
 その広さに驚いた莉緒だが、さほど手こずることもなく書斎を捜し当てることができた。
 和風の趣が色濃い屋敷の中に、洋風のドアが二つ紛れ込んでいたのだ。その部分だけ近年になって改築したか増築したのだろう。
 二つのドアのどちらかが書斎で、残る一方が地下室だ。
 莉緒は解りやすい目印に感謝しながら、ドアへ駆け寄った。
 手前にあるドアを勢いに任せて引き開ける。
 仄暗い視界に飛び込んできたのは、高価そうな洋風机と背の高い書架だった。中に踏み込むまでもなく、ここが書斎であることは間違いない。
 莉緒はすぐに隣へと身を移し、もう一つのドアを乱暴に開いた。
 暗闇が視界を覆う。
 反射的に足元に目を落とすと、コンクリートの階段が闇へと向かって伸びているのを発見した。
 地下室へと繋がる階段だ。
 莉緒は片手で内壁を探り、照明スイッチを押した。
 瞬く間に闇が払拭され、階段が姿を露わにする。
 蛍光灯の光に照らされた階段を莉緒は迷わずに駆け降りた。
 地階は、物置兼食糧貯蔵庫として使用されているようだった。
 階段付近には、ビールやジュースなどのケースが幾つも積まれている。
 そこを抜けると、今度はストーブや灯油の入ったポリタンクが所狭しと並んでいた。更に、スコップや薪割り用の斧、雪はね用シャベルなどが無造作に置かれている。冬の間に使用する物や滅多に使わない道具などが地下には詰め込まれているらしい。
「神栖くん、どこにいるの!?」
 莉緒は大声を張り上げながら、地下の奥へと突き進んだ。
「神栖くん? 神栖く――」
 必死の想いで玲を呼び続けていた莉緒だが、地下の最奥に達した瞬間、思わず足を止め、息を呑んでしまった。
 瞬きをするのを忘れ、地下の奥を凝視する。
 そこに現れたのは、頑丈な鉄格子だったのだ。
「何てことを……」
 鉄格子で囲まれた小部屋は、どう見ても牢屋にしか見えない。
 冷たい地下の牢獄だ。
 その中央の床に、使い捨てられたボロ雑巾のように神栖玲が転がっていた。
 玲の両手足には鉄の枷が填められている。
 枷から伸びる太い鎖が部屋の四隅に固定され、彼の自由を奪っていた。
 拘束された玲は、意識を失っているのか床に伏したまま微動だにしない。
 剥き出しになっている上半身は、真紅の血に彩られていた。
 背中一面が無数の傷に覆われ、そこから血が流出しているのだ。
 コンクリートの床に頬を押しつけた横顔にも、血が付着している。
 瞼の閉ざされた顔は蒼白だった。
 酷い怪我を負っている玲を目の当たりにして、莉緒は身震いした。
 あれらの傷は、明らかに他人から加えられた暴行の産物だ。
 玲にこんな非道な暴力を振るったのは、神栖倫太郎だろう。
 倫太郎はこの屋敷の主であり、玲の唯一の肉親だ。彼以外に、玲を地下に閉じ込められる人間などいない。
 莉緒は死んだように動かない玲を見て、唇を噛み締めた。
 虫唾の走る光景。
 身の毛のよだつ仕打ちだ。
「酷い……。血の繋がった孫にこんな仕打ちをするなんて、信じられない」
 莉緒は憤怒に顔を紅潮させ、コンクリートの床を蹴った。
「神栖くん、しっかりして!」
 鉄格子を両手で掴み、激しく揺する。
 しかし、直径五センチもある太い格子はビクともしない。
 鉄格子越しに見える玲も、僅かな反応すら起こしてくれなかった。
 玲の白い背中には幾つもの醜い傷痕が刻印されている。
 鞭で嬲られたのか鉄の棒のようなもので殴られたのか知らないが、とにかく酷い怪我だった。
 皮膚が破れ、肉が裂け、その亀裂から真っ赤な血液が流れ続けている。
「目を開けてよ、神栖くんっ!!」
 莉緒は泣きたい衝動に駆られたが、必死にそれを抑え込んだ。潤んだ眼差しで玲を見つめる。
 鉄格子の間隔は狭い。辛うじて腕一本をねじ込むことができるほどの隙間しかないのだ。手を突っ込んだとしても、部屋の中央で意識を失っている玲には届かない……。
 鉄格子には出入りするための扉が設けられているが、そこはしっかりと施錠されていた。鍵は倫太郎が所持しているのだろう。
「こんなことが……許されてなるもんですかっ!」
 堅固な鉄格子を忌々しげに一睨みすると、莉緒は勢いよく踵を返した。
 物置スペースへ駆け戻り、乱雑に置かれた道具の中から斧を取り出す。莉緒の腰の高さまである斧は、ずしりと重い。
 歯を食いしばり、両手でそれを持ち上げると、急いで牢へと戻った。
「狂ってるわ。村長こそ鬼よ。アーサーと同じ悪魔じゃない!」
 倫太郎への嫌悪を原動力に斧を振り上げる。
 渾身の力を込めて、斧を鉄格子に叩きつけた。
 金属が打ち鳴る鈍い音が地下に谺する。
 だが、格子にはかすり傷一つついてはいなかった。
 走り疲れた莉緒の力では、鉄格子を破砕することなど無理なのかもしれない。
 頭の片隅で自分の限界を知りつつも、それでも莉緒は諦めなかった。
 諦めることは、玲と要の死に直結しているような気がして嫌だった。
「狂ってる……この村は狂ってるわ!」
 叫びながら斧を打ち下ろす。
 鉄格子に刃がぶつかった瞬間、全身に衝撃が走った。時間差で両腕に痺れが生じる。
 莉緒は気力を奮い立たせ、感覚の狂った腕を再び持ち上げた。
「助けて……。誰か助けてよ。どうして誰も助けようとしないのよ!」
 誰に対するとも知れない怒りが胸に広がってゆく。
 倫太郎に向けられた要の蔑みの眼差しが脳裏に浮かぶ。
 要は倫太郎の惨い所業を知っていたのだ。だから彼は、あんなにも倫太郎を軽蔑していた。
 他の村人たちも知っていたのだろう。知りながら、どうすることもできなかったのだ。
 倫太郎の強大な支配力に負けたのだ。
 この村の住人は、アーサーのみならず倫太郎にも屈し、彼に抗議することも反抗することも放棄してしまったのだ。
「誰か……神栖くんを助けてよっ!」
 おそらくは要が、そして瑞穂が数え切れないほど絶叫しただろう台詞を莉緒は口走っていた。
 叫び続けながら、何度も何度も斧を振り下ろす。
 しかし、依然として鉄格子は莉緒の前に立ちはだかっていた。度重なる打撃に動じる様子は全くない。
「神栖くん、返事をして。ねえ、起きてよっ!」
 莉緒は力無くその場に頽れた。
 両手から斧が零れ落ちる。
 斧の刃がコンクリートと接触して、乾いた音を響かせた。
「お願い、起きて……。目を開けてよ!」
 莉緒は手を伸ばし、鉄格子をひしと掴んだ。
 鉄格子の間に顔を押しつけるようにして必死に声を張り上げる。
「ねえ、起きて! 要くんを助けられるのは、神栖くんしかいないんでしょ!」
 もう、何をどうしてよいのか見当もつかなかった。
 呼びかけ続けることしかできない。
 情けなさと焦燥に涙が込み上げてきた。
「……うる……さい――」
 不意にくぐもった声が耳を掠めた。
 人が身じろぎする気配がし、ジャラッと鎖が震える。
「要が……呼んでる……」
 呻くような声に莉緒はハッと面を上げ、地下牢の中を食い入るように眺めた。
 うつ伏せになっていた玲が、ひどくゆっくりと寝返りを打つ。
 瞼が細かに震えた後、乱れた黒髪の隙間から蒼い瞳が覗いた。



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2009.08.21 / Top↑
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