ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「ねえねえ、見て見て~! 志緒、馨先生にいいもの貰っちゃったぁ~!」
 松本志緒が喜色満面でE組の教室に飛び込んできたのは、昼休みのことだった。
「超レアな写真なのよ~!」
 彼女は昼練に赴こうとした高丸の有無を問わずに皆を集め、笑顔を振りまくのだ。
「おまえ……紀ノ國屋の事件があったばかりなのに、えらいはしゃぎようだな?」
 高丸は胡乱げな眼差しで志緒を見遣った。
 茜と直杉も怪訝な表情で志緒を注視している。
 紀ノ國屋健治が、和泉田悠南と有原樹生の魔手から救出されたのは、つい昨日の出来事だ。
 志緒自身もかなり酷い目に遭ったはずなのに、今はその片鱗さえ窺えない。終わってしまった出来事はコロッと忘れる――志緒の天然ボケが成せる業なのだろう。
「健治くんの事件は解決したからいいの~。志緒も気分スッキリしたしね!」
「それで、肝心の紀ノ國屋はどうしたのだ?」
「そういえば見てないな」
 直杉と茜が、ほぼ同時に小首を傾げる。
「健治くんは今日だけお休み~。紀ノ國屋会長にそう厳命されたんだって~。――で、ゆーくんと樹生くんは、しばらく自宅謹慎なんだって~」
「ほう。寛大な処置というか――甘いな」
 皮肉げに唇を吊り上げて、直杉が苦笑を湛える。
「昨日の夜、理事長代理と学園長が揃って紀ノ國屋会長に謝罪にきて、一応『穏便に』ってことに決まったんだって~。健治くんが電話でそう言ってたもーん」
「理事長代理と学園長も大変だな」
「生徒の拉致監禁事件――しかも、生徒会執行部の二人が関わってたなんて知れたら、学園のイメージが悪くなる。表沙汰にしたくなくて、必死だったんだろうな」
 高丸が肩を竦めると、茜も呆れたように苦い笑みを零した。
「まあ、とりあえずは一段落したということだな」
 直杉が一人納得したように頷く。
「うん。志緒とゆーくんの婚約も解消になったしね~」
 心からの喜びを表すように、志緒が満面の笑顔を披露した。
「――で、馨から貰ったという写真とは一体何なのだ、志緒」
「えへへ。秘蔵写真、貰っちゃったの~!」
 顔を綻ばせたまま、志緒が高丸の机の上にドサッと山のような写真を放り出した。
 高丸は写真の山から無作為に一枚を取り上げ、無関心に眺めた。馨の撮った写真など、どうせ妖しげで胡散臭いものに決まっている。
「何だ、これは? 私たちの幼い頃の写真ではないか」
 直杉が眉をひそめて、写真の山を見下ろす。
「えっ、そうなのか? 何で馨センセがそんなもん持ってんだよ?」
「馨先生は聖華学園の卒業生だ。俺たちが初等部の頃、高等部に在籍していたはずだよ。どうせ、その時にでも撮ったんだろ」
 深い溜息を落としながら茜が呟く。
「へえ。その頃から変態だったんだ、馨センセ」
「馨先生は美形には目がないからね~」
 夥しい量の写真に半ば辟易している一同を尻目に、志緒が呑気な口調で告げる。彼女だけは、写真を入手できたことを本気で喜んでいた。
「いくら美しいものが好きだからって、子供にまで食指を伸ばすか? やっぱ、おかしいぜ、あのセンセ」
「確かにな。馨の奴、昔から私たちを盗み撮りしていたとは侮れん……。ちなみに、祇園寺が持っているのは紀ノ國屋の写真だぞ」
 直杉に指摘されて、高丸は改めて写真を注視した。
 初等部の制服に身を包んだ、腕白そうな男の子が写し出されている。今よりも頗る可愛らしい顔立ちをしているが、間違いなく紀ノ國屋の面影が残っていた。
「げっ。アイツ、こんなに可愛いガキだったのかよ? 信じられねー!」
「健治くん、この頃はまだ踊ってなくて、すっごく可愛かったのよ~!」
 高丸が頬を引きつらせると、すかさず志緒が頬を膨らませた。紀ノ國屋を非難した高丸を責めるように軽く睨み、紀ノ國屋の写真を素早く奪ってしまう。
 そんな志緒に苦笑を返してから、高丸は新たな写真を手に取った。
「これは――徳川か……?」
 高丸は手に取った写真に視線を落とし、瞬時閃いたように目を見開いた。
 写真には袴姿の子供が二人並んで写っている。一見しただけではどちらも性別は判然としないが、片方の凛然とした表情には嫌というほど見覚えがあった。子供の頃から、こんなに聡明そうで小生意気な表情をしているのは、徳川直杉以外に思い当たらない。
「紛れもなく、私だな」
「隣のヤツは?」
「あ、ああ。それは……毛利だ」
 何気なく高丸が訊ねると、直杉からは珍しく歯切れの悪い答えが返ってきた。
「初等部の頃はナオちゃんとさゆみちゃん、いつも一緒にいたもんね~」
「でも、今では犬猿の仲――と言っても、毛利が一方的に徳川を避けてるように見えるけどね。毛利と何かあったのか、徳川?」
 茜が意味深な眼差しを直杉に送る。
 直杉はそれを正面から受け止め、しばしの沈黙の後、曖昧な微笑を口許に忍ばせた。
「いや、特には何もない。毛利個人には何か変事が起こったのかも知れぬが、それは私の与り知らぬところだ」
 いつもの感情が欠落した声音で、直杉は淡然と言葉を紡ぐ。
 直杉が何を考えているのか高丸には依然として理解できないが、凛とした横顔がどことなく淋しげに見えた。怪訝な眼差しを直杉に流す。毛利さゆみと直杉の不明瞭な関係について、詳しい説明を訊こうと口を開きかけたが、それは志緒の脳天気な声によって遮られた。
「あっ! これ、茜くんとヨシヒトくんだ~! 可愛い~」
 一枚の写真を取り上げ、志緒が甲高い声をあげる。
 その一言で、高丸の意識は直杉から離れ、即座に問題の写真へと移行した。
 高丸にとって茜はバレーボールと同格――いや、それ以上の存在なのだ。彼の過去を多くは知らない高丸にとって、幼少期の茜の写真はとても魅力的な代物だった。好奇心と興味心が、一気に胸中を占拠する。
「なに! 茜の写真だと? 貸せ、志緒!」
 高丸は爛々と瞳を輝かせ、志緒の手から写真をひったくった。
「おおっ! 確かに可愛いっ!」
 視界に飛び込んできた幼い頃の茜に、高丸は我知らず顔を弛緩させていた。
 写真には初等部の制服を着た茜が映っている。今でも比較的女顔だが、子供の頃は『女の子』と断言してもおかしくないほど愛らしい。
 茜の隣には同じ年頃の和風美少年が写っているが、高丸の記憶には引っかからない人物だった。
 高丸は、幼い茜の可愛らしさにうっとりと写真に見入ってしまった。
「……薄気味悪い奴。ヨシヒトが穢れるような気がするから、返せ」
 茜の冷たい視線を注ぎながら写真をひったくる。彼はそのまま写真をポケットにしまい込んでしまった。
「誰だよ、ヨシヒトって?」
「父方の従弟。一コ下にいるから見たことあるはずだ」
「へえ、同じ学校に従弟がいたんだ。知らなかったな」
「そうか、有馬美人(ありま よしひと)は榊の身内だったな。噂によると恐ろしく剣の腕が立つと聞く。いつか是非手合わせしてみたいものだな。頼むぞ、榊」 
 直杉が急に瞳を輝かせる。それを見て、茜が溜息を落とした。
「おまえは武道のこととなると活き活きするな。もっと他の楽しみを見つけろよ。一応、女子高生なんだからさ」
「女子高生が武道に秀でてたっていいじゃない。ナオちゃんは強くてカッコイイ方が似合ってるも~ん。――ハイ、高丸くん。茜くんの写真はまだまだいっぱいあるから安心してね~!」
 写真を取り上げられて落ち込んでいる高丸の前に、志緒が別の写真を差し出す。
 またしても初等部の頃の茜の写真だった。
「おっ、それを早く言えよ、志緒!」
 高丸はパッと表情を明るくし、志緒の手から写真をもぎ取った。
 再び茜の冷ややかな視線を感じたが、そんなことに構っている場合ではない。これは大発見。滅多に手に入らぬ宝物だ。
「志緒、これはオレにくれ! 今日から部屋に飾って、日々の活力にするっ! ああ、何かオレ、今年の国体も優勝できそうな気がしてきたぜ!」
「本気で気持ち悪いから、やめろ!」
 茜が素早く写真を奪う。彼は、写真の山の上にポイッとそれを投げ捨てた。
「榊も妙な男に惚れられて、大変だな」
「まったくだね。こんな狂信者、迷惑以外の何ものでもないよ。譲れるものなら、誰かに譲ってあげたいくらいだ」
 心底不機嫌そうに言を連ね、茜が表情を険しくする。
「あっ、ひっでぇ! そんな言い方ないだろ。オレは茜の一番のファンなんだからさ! それに徳川も余計なこと言うな!」
「私は率直な見解を述べただけだが。――おや、ここには榊三兄妹の写真があるぞ、祇園寺」
 直杉があっさりと高丸の文句をかわし、新たな写真を差し出す。
 そこには、茜と彼と同じ顔した長髪の少年、そして栗色の髪の少女が明るい笑顔を浮かべて写っていた。聖華学園の校門前で撮られたもののようだ。
「ああ、夏生の高等部入学式の写真だな」
 茜が記憶を手繰るように軽く眉根を寄せる。
 夏生というのは現在イギリスに留学中の茜の実妹のことだ。もう一人の茜と同じ顔した少年は、彼の双子の兄・葵だ。葵の方が茜より更に怜悧で冷静な顔つきをしている。巨大企業『榊グループ』を影ながら背負って立つ葵は、超多忙のため滅多に登園できないのが現状だ。
「おー、何か葵も夏生ちゃんも久々に目にするな。寂しかったら、いつでもオレが家に泊まりに行ってやるぜ、茜」
「断る。大体、葵はちゃんと帰宅してるし、夏生ももうすぐ帰国する。これっぽっちも寂しくないから、俺たち兄妹の安息を邪魔するな」
 高丸の提案を茜がピシャリとはね除ける。
 同時に、彼は兄妹写真を制服の胸ポケットに避難させていた。
「あっ、稀少な榊家のスリーショットが……!?」
「そう落ち込むな、祇園寺。馨がいる限り、この手の写真はわんさか出てくるだろ。それにしても……随分と懐かしい写真だな。初代理事長と前理事長が写っているではないか」
 別の写真を指差して、直杉が感慨深げに呟く。
「えっ? 初代理事長と前の理事長?」
 高丸は思いがけない言葉にキョトンと目を丸めた。
 高等部から聖華学園に編入してきた高丸は、今の理事長代理しか知らない。
 高丸が聖華学園に属した時には、既に学園は理事長代理――和泉田雄一郎の支配下にあった。
 それ以前の理事のことなど知らないし、興味もない。だから、学園の創始者である初代理事長の顔はおろか名前すらも知らずに今まで学園生活を営んできたのである。
「何だ。知らないのか、祇園寺」
 直杉が小馬鹿にしたような視線を投げてくる。
「おまえらは幼稚部からのエスカレーター組だから知ってて当然なんだろうけど、生憎オレは初代理事長なんかに興味はないね」
 直杉の視線をはね除けるような語調で言葉を放ち、高丸は写真を手に取った。
 写真には、二十代後半の聡明そうな青年と品の良さそうな老女が並んで写っている。
「ほう。興味はないのか。初代理事長と前理事長は、榊の血族だぞ」
「そうそう。茜くんのお祖母様が初代理事長で、お父様が先代理事長なのよ~」
「えっ? ホントか、茜っ!?」
 新たな真実を打ち明けられ、高丸は仰天した。そんな事実があったとは、これまで全く知らなかったのだ。
 驚いた表情を茜に向けると、彼は苦笑混じりに首肯した。
「……本当に知らなかったのか、高丸」
「だって、そんなこと今まで話題に上らなかっただろ?」
「聖華の生徒なら知ってて当然のことだから、敢えて言う必要はないと思ってたんだけどね。この学園は榊グループの直営だ」
「確かに……。編入前に貰った学園案内に、初代理事長の顔写真と名前が載っていたような……。でも、オレ、理事長なんて興味なかったしな」
 言い訳のように独り言ち、高丸は写真の老女に視線を馳せた。
 今、思い返してみると、この女性と学園案内のパンフレットに載っていた初代理事長の顔は、同じように見える。それに茜の父親だという男性の端正な顔は、茜と酷似していた。
「お祖母様は、この学園の創立者であり初代理事長――榊総子(さかき そうこ)。父は、前理事長の榊保(さかき たもつ)。二人とも既に他界してるけどね。三年前に父が他界した後、当時の副理事長だった和泉田雄一郎が理事長代理の座に就いたって訳だよ」
「へえ、そうなのか。茜って、理事長の系譜なんだ。いや、ビックリしたな」
 高丸は初めて知る事実に素直に感嘆した。茜が故意に隠していたわけではないことも判明して、幾らか安堵もした。
「あれ? って、ことは――後々、茜が聖華学園の理事長に就任するってことか? 和泉田の父親って『理事長代理』だもんな」
「そうなる可能性もあるね。父の遺言で、何故だか学園の経営権は葵じゃなくて俺にあるんだよ。面倒臭い。俺は別に理事長の座なんてどうでもいいんだけど……。お祖母様の学園を護っていきたい気持ちはあるけど、俺、大学に進学したいしね。理事に就任するとしても、それ以後のことだよ。それまでは理事長代理に任せておけばいいかな、と」
 茜が困惑気味の微笑を浮かべる。
 流石に、学生の間は理事長などという役職に就きたくないのだろう。
「理事長代理って、学園拡張&育成には結構精力的だもんな」
 和泉田に対する適当な感想を述べながら、高丸は『おや?』と首を傾げた。
 もしかしたら、白羽美麗の言っていた『茜の秘密』とは、彼が次期理事長候補だということなのかもしれない、と不意に思いついたのだ。これなら『榊先輩が意図的に隠している事柄じゃない』と述べた美麗の言葉にも大いに頷ける。
 ――彼女が言いたかったのは、このことに違いない。
 高丸は一人納得し、頷いた。
『茜の秘密』というものがさして大したことではないのを知り、一安心である。
「そうだな。理事長代理は小狡いが、頭は切れる。妙な悪心を起こさなければ、それなりに巧く学園を治めるだろう。まあ、私にとっては虫の好かぬ男だがな」
 揶揄するように冷ややかな声音で告げ、直杉が踵を返す。彼女は、そのまま教室から出て行ってしまった。おそらく昼練に向かったのだろう。
「オレも理事長代理なんて、別に好きじゃないけどな。まっ、そんなことどうでもいいや。とにかく、この写真はオレが貰った! いや、茜の写っている写真、全部オレが貰う! いいだろ、志緒?」
 高丸は和泉田ことのを念頭から追い払い、素早く意識を写真に集中させた。
 目前に積まれた写真が、宝の山のように思えてならない。
「うん。茜くんのは特別に高丸くんに譲ってあげる~!」
「……馬鹿馬鹿しい。呆れすぎて、怒る気にもならないね」
 茜は写真には全く興味がないらしく、軽く毒突くとソッポを向いてしまった。
「茜にはどうでもいいものでも、オレにとっては重大な写真だからな!」
 不貞腐れる茜を歯牙にもかけず、高丸は写真の選別に移った。
 自分の知らない茜が写されている――それだけで高丸の心は躍った。
 茜の写真だけを器用に選び出しながら、高丸は思い出したように茜を振り返った。
「あっ、そうだ! 明日の誕生日のことなんだけどさ――」
「まだ、プレゼントがどうのこうのって言うんじゃないだろうな?」
 高丸の言葉を茜が迅速に遮断する。
「プレゼントは諦めたけど――記念日なんだから、みんなでパーティーぐらいやろうぜ!」
 露骨に不機嫌そうな表情を湛える茜に向かって、高丸は明るく笑ってみせた。
 瞬時、茜の表情が更に厳しいものへと変化する。
「……プレゼントより最悪だな。この歳になってまで、お誕生日会なんてやってほしくないね。ホントに恥ずかしい男だな、高丸は」
 不愉快そうに言い放ち、茜は席を立つとスタスタと歩き始めてしまうのだ。
 高丸はそんな茜の態度を『照れてるんだ』と勝手に解釈した。
 何だかんだ言っても、茜が誕生パーティーに付き合ってくれるのは明白だ。意外と押しに弱いのだ、茜は。
 ――盛大なパーティーにしなきゃな!
 高丸の脳裏では明日のパーティーに対する妄想が果てしなく膨らみ、心は早くも有頂天に舞い上がっていた。


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2009.08.22 / Top↑
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