ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 徳川直杉は武道館へ向かうために、旧校舎の長い廊下を歩いていた。
 女生徒たちと擦れ違う度に彼女たちの熱い視線を感じるが、敢えてそれに気づかない振りをし、毅然と廊下を歩み続ける。
「おや、徳川君」
 予期せぬ相手に呼び止められたのは、体育館に辿り着く直前のことだった。
 普段は理事館に籠もりがちで、滅多に各学部を訪れることのない理事長代理――和泉田雄一郎が、にこやかな笑みを浮かべて声をかけてきたのである。
「何か用ですか、理事長代理」
 無意識に声音が硬質なものになってしまう。直杉は、学園長同様、理事長代理のことも好きではない。狡猾さが顔に滲み出ているようで、生理的嫌悪を感じてしまうのである。
「今、武道館を見学してきたのだけれど、徳川君の姿が見えないから心配していたんだよ」
「はぁ……」
「次の大会では毛利君と共にまた我が学園を優勝と栄光に導いてくれると、大いに期待してるよ」
 和泉田は『優勝』と『栄光』に強いアクセントをおき、直杉の肩に軽く叩いた。その顔には明かな営業用スマイルが張りついている。高額寄付者である徳川家に対して平身低頭を心懸けているのだろうが、はっきり言って不気味だ。気色が悪い。
「善戦するようには努力します」
 虫唾が走るのを必死に堪えながら、直杉は和泉田に引きつった笑みを返した。
「頼むよ、徳川君。君と毛利君は弓道部の二大柱だからね。片や徳川幕府を開いた家康公の流れを汲み、片や戦国時代に勇名を馳せ、長州藩祖となった毛利元就公の流れを汲む家柄の出自。それだけでも武道を推進する我が学園の誇りだ。更に、君たちはその家柄に相応しい資質の持ち主でもある。次の大会では、関ヶ原の因縁を忘れて、共に健闘してほしいものだな」
 饒舌に語る和泉田を、直杉は胡乱げに見つめた。
 和泉田の言葉に虚偽はない。直杉は徳川、さゆみは毛利の流れを汲む家の嫡子だ。だが、それは弓道にも次の大会にも何ら関係のないことだ。
 史実では、確かに一六〇〇年に勃発した関ヶ原の戦いに於いて、徳川家と毛利家は対立している。
 秀吉亡き後の豊臣家を潰し、天下統一を目指す家康率いる東軍。
 豊臣家を護るために家康と対立した石田三成を主格とする西軍――その総大将が毛利輝元だったのだ。
 関ヶ原の戦いで家康が勝利した結果、一二〇万石の太守だった毛利家は三七万石にまで領地を減封されてしまったのである。それゆえに、毛利家は徳川家に対して良い印象を持ち合わせてはおらず、幕末の倒幕運動にも長州藩は積極的に参加したのだとまで伝えられている。
 過去の栄光と血にしがみつく、頑迷な毛利の老人たちの中には、未だ徳川に敵愾心を抱いている者もいるかもしれない。
 だが、毛利と徳川が敵対していたのは遙か過去の話であり、現代に生きる直杉とさゆみには無関係の出来事だ。
「関ヶ原の因縁など、私には関係のないことです。今は群雄割拠の戦国時代でも、徳川が栄華を誇った江戸時代でもない。私と毛利は永い歴史があるだけの家に生まれ育った――ただの高校生に過ぎぬ」
 半ば独白のように言葉を紡ぎ、直杉は会釈すると和泉田の前を通り過ぎた。
 顔を上げて前を見据え、颯爽と歩を進める。
 切れ長の眼差しは微かに翳りを帯び、憂いを表していた。
 毛利さゆみの夢に写真……。
 そして理事長代理の不愉快な話。
 ――今日は芳しくない一日のようだ。
 胸中で呟き、直杉は冷美な顔に歪んだ笑みを刻ませた。



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2009.08.22 / Top↑
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