ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 昼練を終え、直杉は弓道場脇にある更衣室へと向かった。
 他の部員たちは既に着替えを済ませたらしく、室内には誰の姿もなかった。
「たかが毛利一人に心を乱されるとは、私も修行が足りぬな」
 自然と唇から溜息が滑り落ちる。
 昼練の時も朝同様、思うように的に集中できなかった。
 的を見据える度に、毛利さゆみの姿が脳裏をよぎるのだ。しかも、当の本人が練習に姿を現したので、尚更集中できなかった。気づくと――無意識に目がさゆみを追っていた。
『毛利と何かあったのか、徳川?』
 榊茜の一言が、殊に意識をさゆみへと向かわせたのかもしれない。
 茜に返答した通り、自分とさゆみの間には特別な諍いも確執もなかった。
 当時、さゆみの身には『父親の死』という一つの哀しい転機があったが、その裏で彼女の心にどんな歪みが生じたのかは知らない。それ以来、さゆみが自分を避け始めたことに間違いはないが、理由は明確ではない。
『毛利』という家柄と血筋が、さゆみの心に重くのしかかっているのは漠然と理解できる。己も非常に似たような境遇で育ってきたのだから……。
「これほどまでに毛利のことが気に懸かるのは、良心の呵責……。いや、やはり罪悪感か」
 ――あの時、私が親身に接していれば、現状は異なったのかもしれない。
 さゆみの様子が一転した時、直杉は彼女に対して特に行動は起こさなかった。
 さゆみが直杉を避ける理由を問い詰めもせず、流れに任せていた。今思えば、それは得策ではなかったのかもしれない。さゆみを見放し、切り捨て――今のような奇妙に歪んだ関係を構築してしまったのは、他ならぬ自分なのかもしれない。
 勝手な憶測だが、それを考えると少なからず胸に罪悪感が芽生える。
「まあ、今更言っても詮無いことだがな」
 低く呟き、直杉はロッカーに仕舞われた制服を取り出した。
 転瞬、制服の間から何かが零れ、ヒラヒラと床に舞い落ちる。
 白い和紙に包まれた手紙のようだ。
 誰かが昼練の間に直杉のロッカーに忍び込ませたのだろう。
 身を屈め、床に落ちた手紙を拾う。
 それを目にした瞬間、直杉は険しく眉根を寄せた。
「今時『果たし状』とは古風な奴だな」
 和紙の包みには『果たし状』という文字が達筆で綴られている。
 墨汁で綴られた表書きを目にして、直杉は無意識に苦笑いを浮かべていた。
 それだけで差出人が誰なのか予測がついたのだ。
 毛利さゆみ――彼女以外の人間など考えられない。
 包みの中の書簡には、直杉に対する呼び出し文が書かれていた。
「放課後、初等部裏庭にて待つ――か。なるほど、今朝の写真はやはり毛利だったのか」
 穴のあいた己の写真が脳裏をよぎる。
 あれは、さゆみ流の挑発だったのだろう。
「順当な展開だな」
 書状を折り畳み、唇に弧を描かせる。
 高丸、紀ノ國屋、志緒と続けば、当然、残る標的は直杉だけだろう。
 生徒会執行部のさゆみが直杉に何か仕掛けてくるのは推測できたし、必然の事柄のように思えた。
「生徒会の思惑も悉く潰えたと考えていたが、どうやら毛利は私怨を交えているらしいな。それほどまでに私を疎んじているということだろうが……。いい機会だ。生徒会の下らぬ謀略に終止符を打つとしうよ。それに――」
 ふと、直杉は口を噤んだ。
 制服のポケットから丸めた写真を取り出し、ゆっくりと広げる。
 皺だらけになった写真には、顔を打ち抜かれた己の姿が刻印されている。
 憂いを帯びた双眸でしばしそれを眺めた後、静かに瞼を閉ざす。
 暗闇に閉ざされた瞼の裏に、さゆみとの懐かしい日々が映画のワンシーンのように現れては――消えた。
「私と決闘することで毛利の裡で何かが払拭されるのならば、それもまたよし」
 静穏に言葉を紡ぎ、直杉は瞼を跳ね上げた。
 声とは裏腹に、切れ長の一重の双眸は鋭利な輝きを放っていた。


     *



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2009.08.22 / Top↑
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