ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 黄昏の色が徐々に深みを増してゆく。
 静まり返った学園の敷地内を、徳川直杉は緩やかな足取りで歩いていた。
 目指す場所は初等部裏庭。かつて直杉と毛利さゆみが、よく剣を交えた因縁の地である。
 中等部や高等部はまだ部活動を行っている生徒が数多といるので、それなりに活気づいている。だが初等部は、生徒の殆どか下校してしまってるのか妙に森閑としていた。
 裏庭に辿り着いた時、毛利さゆみの姿は既にそこに在った。
 目が合った瞬間、一陣の風が吹き、直杉とさゆみの制服を揺らした。
 風に靡く木々の梢や芝生が、不吉な音を立てる。
「遅かったね、徳川。待ちくたびれたよ」
 さゆみのきつい視線が直杉に注がれる。視線の苛烈さとは裏腹に彼女の唇は弧を描き、笑みを具現していた――直杉が現れたことを心から喜ぶように。
「わざわざ呼び出すとは、何の用だ?」
 さゆみから五メートルほどの距離をおいて、直杉は足を止めた。
 さゆみの鋭利な視線をはね除けるようにして、毅然と彼女を見返す。
「久しぶりに、君と手合わせしてみたくなっただけだよ」
 薄笑みを浮かべたまま、さゆみが軽く片手を挙げる。二本の木刀が彼女の手中にあった。
「生徒会が何を危惧しているのかは知らぬが、私は《力》を悪用した覚えもする気もない」
 木刀を一瞥してから、改めてさゆみに視線を合わせる。
 生徒会の思惑が《サイコプラズマ》を持つ者の調査であることを、直杉は疑ってはいなかった。それを裏付けるように、さゆみが更に唇に弧を描かせる。
「相変わらず聡いな。確かに、我々は理事長代理と学園長に、君たちの不思議な能力のことを調べるように命じられた。そして、それが危険なものならば君たちをこの学園から追放することもな。だがそれは、わたしにとってはどうでもいい些事だ。わたしは、ただ君に勝ちたいだけだからね」
 剣呑な口調で断言し、さゆみが木刀を一本放り投げる。
 放物線を描きながら飛来してきた木刀を、直杉は反射的に受け取っていた。
 さゆみの双眸は至極真摯だ。
「願わくば、君にはわたしの前から消えてほしい――」
 言い終えた直後、さゆみが俊敏に地を蹴った。
 片手に持った木刀が振り翳され、直杉目がけて襲い来る。
 咄嗟に直杉は後方に飛び去っていた。紙一重の差でさゆみの魔手から逃れる。
「生憎、私にはこの学園から去る意志はない。だが、毛利の気が済むなら、この決闘――承けて立とう」
 直杉は怜悧な眼差しでさゆみを見据え、木刀を青眼に構えた。
「そうこなくては面白くない。毛利の名にかけて、わたしは君を斃す!」
「未だに毛利とか徳川に拘っているのだな……」
「わたしは幼い頃から徳川を憎むように教育を受けてきた。武道を極め、徳川を憎むこと。それだけが、わたしに与えられた――いや、毛利の次期家督に課せられた使命だった」
 さゆみが憎悪を孕んだ声音で語る。
 双眸は、彼女の裡に秘められた闘志と心の昂揚を表すように、爛々と輝いていた。
「わたしが君を忌み嫌うのは、それゆえにだ。わたしは毛利の次期総主として、君に勝たなければならない! 君だけには負けるわけにはいかないんだっ!!」
 咆吼を放ち、さゆみが再び挑みかかってくる。
 木刀が突きの形で鋭く繰り出された。
「……下らぬ。徳川の栄華も毛利の栄光も全ては過去のもの。今の世に生きる私たちには関係のないものだ。おまえまで過去の亡霊に取り憑かれたのか、毛利」
 凄絶な速度で突き出された木刀を、直杉は瞬きもせずに見つめた。
 素早く木刀を両手に構え、下から上へと跳ね上げる。
 さゆみと直杉、双方の木刀が激しくぶつかり合った。
「黙れっ! わたしには、それしか選択肢がなかった。父が亡くなった、あの時から――わたしには毛利の棟梁として生きること以外の全ての道が閉ざされた。徳川の名に振り回されることなく、己が道をゆく君には、わたしの気持ちなど解るはずがないっ!」
「私とて、自由に己が道を進んでいるわけではない!」
 直杉は渾身の力を込めて、さゆみの木刀を跳ね返した。
 一瞬、さゆみが体勢を崩す。
 しかし、彼女は持ち前の敏捷さで素早く身体のバランスをとり、後ろへ跳躍した。
「毛利が私を憎むのは――単なる逆恨みだ」
 直杉は容赦なく冷徹な言葉を投げつけた。
 さゆみの思考は、どこか狂っている。
 毛利という家柄の重圧に心が押し潰され、精神が歪曲してしまっている。
 彼女が本当に憎んでいるのは、直杉ではない。彼女が心の底から赦せずにいるのは、血族に逆らえぬ自分自身と、そんな自分を形成させた毛利一族そのものだ。その鬱屈を吐き出すことさえも儘ならず、彼女はこんな暴挙に出たのだろう。
 似たような家柄、酷似した境遇に措かれた直杉に『もう一人の自分』を見出し、積もりに積もった怒りの矛先を向けてきたのだ。
「黙れっ……! 君さえいなければ、わたしは疾うに毛利の次期総主として、皆に認められているはずだった! 君さえ……君さえわたしの傍にいなければなっ!」
 さゆみの足が勢いよく地を駆ける。
 木刀が唸りを上げて、水平に薙ぎられた。
「それも逆恨みだ」
 直杉は冷静にさゆみの攻撃を木刀で受け流した。
 さゆみが敏捷に体勢を立て直し、新たな攻撃を仕掛けてくる。
「君が徳川の嫡子でなければ――同じ女でなければ、わたしはこれほどまでに苦悩し、君を憎むこともなかっただろう。わたしが毛利家のためにどれほど努力しようとも、相応しくあろうとしても、周りはそれを認めない! 必ず君と比較し、無言で『徳川に勝て』と重圧をかけてくる! 君に勝たなければ、わたしは毛利の総主として認めてはもらえない!」
 さゆみは血走った目で直杉が睨み、次々と木刀を打ち出してくる。
 直杉は猛烈な勢いで繰り出される攻撃を躱わしながら、眉を顰めた。
「それほどまでに苦しいのか、毛利? ならば何故、毛利であることに固執する? 昔、毛利も徳川も関係ないと言ったのは――他ならぬ毛利ではないか!」
 ガツッ! と鈍い音を響かせて、直杉とさゆみの木刀が交差する。
 木刀越しに二人は睨み合ったまま動かなくなった。
 拮抗する力が互いの動きを封じていた。
 熾烈な視線だけが絡まり合い、奇妙な空間を造り上げる。
「……昔と今とでは状況が違う。祖父はもう長くはないし、父は既に亡い。わたしは近いうちに否が応でも毛利家を継がなければならないんだよ!」
 沈黙を打ち破るように叫びを発し、さゆみが右足で蹴りを放った。
「くっ……!」
 転瞬、直杉の腹部を激痛が襲った。蹴りの余波で吹き飛ばされる。
 直杉は痛みを堪えて、木刀を持たぬ片手を地面に突きつけた。攻撃の反動を利用して、そのまま後方に一回転し、着地する。
 立ち上がり、木刀を構え直した瞬間、視界に跳躍するさゆみの姿が飛び込んできた。
 直ぐ様、さゆみの木刀が空を断つ勢いで振り下ろされる。
 小さく息を呑み、直杉は真横に飛び除けてそれを回避した。
「君など、消えてしまえばいいんだ!」
 狂気を孕んだ怒号を放ち、さゆみが直杉を振り返る。
 同時に、叩き斬るような一撃が直杉の肩を襲った。痛みに眉根を寄せながら、直杉は肩に食い込んだ木刀を一瞥した。
「……毛利には私の言葉など聞こえぬのだな」
 低く呟き、さゆみに視線を移す。
 さゆみは不審と驚愕の相俟った眼差しで、直杉を凝視していた。攻撃が成功したことに、さゆみの方が驚いているようである。
「私は毛利が憎いわけでも、嫌いなわけでもない。寧ろ――好感を抱いている。昔も今も変わらずに。だが、それは今の毛利には瑣末なことらしいな」
 静かに告げ、直杉は肩の木刀を片手で払い除けた。
 瞬時、さゆみの顔から驚愕の色が消え、瞳に憎悪の炎が灯る。
「そう。些細なことさ! 今のわたしには君を斃すこと以外、念頭にない!」
 叫びざま、さゆみの木刀が空を薙ぐ。
 直杉は木刀でさゆみの攻撃を防ぎ、鋭利な眼差しでさゆみを睨めつけた。
「ならば、私も邪念を払い、真剣に相手をするだけだ!」
 鬼気漲る眼差しで、さゆみに対して意思表明を行う。
 今のさゆみが望んでいるのは、直杉の優しい言葉でも甘い言葉でもない。同情や慰めではなく――純粋に闘うことだけだ。
 直杉と真摯に剣を交えることだけを、彼女は心の奥底から求めている。
「まるで、今まで力を出し惜しみしていたみたいじゃないか?」
「そういうことになるな」
 冷厳に言い捨て、直杉は一気にさゆみの木刀を跳ね上げた。



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2009.08.22 / Top↑
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